脱・温暖化その手法 第65回 ―電気自動車はほんとうに普及するのだろうかー

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Ellica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

中国の電気自動車普及大攻勢の背景

第64回までの内容で、太陽のエネルギーをもとに、広大な面積を確保してフレキシブル太陽電池を敷設することで、将来にわたって人類すべてに豊かなエネルギーを安価に供給できることを示した。

この前提としては、自動車も電動化することである。日本で発明され工業化されたリチウムイオン電池とモーター用磁石のおかげで電気自動車の高性能化は進んだ。

その恩恵を最も大きく受けているのは中国である。中国は2000年以降自動車について3つの大きな問題を抱えていた。

ひとつは長年先進国に内燃機関自動車技術で追い着こうとしたが、現実にはそれが叶わなかったということである。ふたつ目は、大気汚染の問題である。特に北京の汚染は激しく、この対策が喫緊の課題だった。そして3つ目は石油輸入の増加である。これは外貨が奪われるのみでなく、輸入ができなくなることも視野に入っている。

これらを総合して00年過ぎから電気自動車普及の政策を打ち出し、10年代の特に15年からは5000億元(約10兆円)の資金を投資して、自動車会社への補助、充電インフラの整備、購買の補助を行なった。これに加えて大都市圏で厳しく制限されてきた新車のナンバー取得について、電気自動車は即座に認可になるなどの電気自動車優遇策も取り入れた。その結果、電気自動車の販売台数が2022年には年間500万台に上り、新車販売の20%にまで及んでいる。

一方で日本での普及は、三菱i-MiEV(アイミーブ)と日産リーフの商品化で2010年には世界一だったものが14年にはテスラに抜かれ、22年にはわずか4万台の販売に止まっている。

これらの現況を見るに、これから電気自動車はもっと普及するのか、どこまで普及するのかの検討が必要である。

普及の原理を考えてみる

視点を変えて、20世紀末から最近までの技術の変革を例に挙げたい。

音楽を聴くのはレコードだった。それがCDに変わった。カメラはフィルム式だったものがデジカメに変わった。電話に携帯が使われるようになり、さらにスマホに変わった。ブラウン管テレビは次第に液晶に変わった。

これらの変化を年次別に統計を取ると、3つのことが分かる。

第一にひとつの時代、ひとつの社会でひとつの目的を持った技術で、生き残るのはひとつ。

第二に新しい技術に置き換わると、産業規模は大きくなること。

第三に一旦変化が始まるとわずか7年で以前の技術が新しい技術に置き換わる、ということである。

コストパフォーマンスで技術は選ばれる

これはなぜかといえば、消費者は常に商品に対してコストパフォーマンスを求めているということである。

より具体的にいうと、

①利用者にとって使い易いもの

②エネルギー消費が少ないもの

③作ることが容易なもの

である。

ひとつの例として液晶を挙げよう。ブラウン管テレビはスペースを取るため、これが普及を始めた頃から壁掛けテレビが理想とされてきた。

1970年代以降、液晶の研究が進められ、小さなサイズのものから徐々に商品化されてきた。そして2000年を越す頃からテレビでも液晶化されるものが出てきた。

これに対抗する技術として生まれたのは、プラズマディスプレイである。これは初期の段階から大型化がし易い技術だった。このため、一時は大型テレビはプラズマ、小型テレビは液晶という棲み分け論も出ていた。

しかし一旦液晶もテレビに使われると製造技術が進歩し、サイズとしてプラズマに肩を並べるようになった。

こうしてプラズマも液晶も、利用者にとって使い易いものになった。その上での両者の争いは経験してきた通りで、液晶のみが生き残った。理由は電力消費量が圧倒的に少なく、作り方が簡単だったため、価格も安くできたことである。

この変化を今になって振り返ってみれば、コストパフォーマンスで優位な技術が生き残ったことになる。その結果として、ひとつの技術しか生き残らないことになる。

技術が変わると産業規模が大きくなるのは、コストパフォーマンスが良くなれば利用者の購買意欲が大きくなることによることで解釈できる。

変化が始まってわずか7年で技術が置き換わるのは、その速度を決めるのは利用者であるということである。今、古い商品に比べて新しくコストパフォーマンスの良い商品が生まれたとして、早くそれに飛びつく人と考えてから購入する人の間に違いが生じるとしても、それは7年の範囲に収まることがこれまでの技術変化の経験則が示している。

1980年以降の各分野の技術の盛衰

電気自動車を「なくてはならない製品」へ

では、電気自動車の今後の普及をどう見るか

中国の普及速度を見る限り、7年間で置き換わるというこれまでの法則を当てはめると、もう7年のうちの2年目あたりに来ているように見える。するとあと5年程で、中国で生産されるのは電気自動車のみになるという予測が立てられる。

ただし、電気自動車も利用者の心を掴むのはコストパフォーマンスである。現在売られている電気自動車が利用者の心に浸透する程のコストパフォーマンスに達しているかというと、必ずしもそうとはいえない。

ここで「キャズム」という言葉も思いだす必要がある。これはそれまで順調に普及してきた商品が、突然売れなくなるという現象である。今は大きな補助金等に支えられている電気自動車であるが、中国での優遇策に見直しが成されようとしている。するとキャズムに落ち込む可能性は十分にある。

ここで現在の電気自動車が利用者の心を掴むものになっているかを冷静に考えると、否定的な答えが返ってくることが多い。これを脱皮することで、電気自動車はコストパフォーマンスの良い商品にすることはできる。それを一言でいえば、内燃機関自動車の伝統から外れて電気自動車の特徴を遺憾なく発揮する設計とそれに基づく生産を行ない、商品化することである。

この意味で素晴らしい生産技術を持つ日本には、逆転の機会は残されている。その結果、中国でここまで普及したことからもわかる通り、電気自動車は十分に利用者の心をつかむ商品として、これまでの車の置き換わるポテンシャルがある。

ここまでがカーボンニュートラルを実現するための方法を、主に技術的側面から述べてきた。

次回以降は、本連載のまとめとしてこれらの技術をいかに実現し、かつ30年低迷して来た日本の経済を活性化させる起爆剤にするためにはどうしたら良いか、について述べたい。

Eliicaの組み立て風景
完成に近づいた組立工程。フロントボンネットにはブレーキ、
ステアリング装置、エアコンが収納されている。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…