BYDジャパンのニュースリリースにはこう書かれている。
BYD Auto Japanは「BYD ATTO 3」を販売するにあたり、輸入自動車特別取扱制度(以下、PHP)を利用していました。PHPは、輸入自動車のために設けられた認証制度で、安全や環境などに関する基準への適合性を書類で審査し、その結果を、1台ごとに行う新規検査において活用するものです。 PHPの場合、新規検査において運輸支局などで現車提示が必要となるほか、一型式あたりの年間販売予定台数が5,000台以下であることが条件となっています。 一方、型式指定制度は、あらかじめ国土交通省へ申請・届出を行い、保安基準への適合性などについて審査を受けるものです。型式指定制度の場合、事前に現車による基準適合性審査と生産管理体制を含む品質管理審査を受け、承認を得ることで、新規検査における現車提示が省略されます。そのため、検査の合理化・迅速化が可能になるほか、販売予定台数に上限はありません。 BYD Auto Japanは、引き続き高品質なEVを、よりスピーディーにお届けするとともに、日本国内における販売活動を加速させるべく、昨年来「BYD ATTO 3」の型式指定認証取得に向け準備を進めてまいりました。その結果、2023年6月28日(水)付けで国土交通省より認可を取得いたしました。
自動車の審査行政を管轄するのは国土交通省自動車局の審査・リコール課である。ここに尋ねたところ以下のような回答だった。
「交通安全環境研究所でBYDからの型式指定申請書類を審査し、所定の試験を行った結果、日本独自の国内基準も含めて適合していると判断され、型式指定の交付を行った」
ここで言う日本独自の国内基準とは、「道路運送車両法施行規則」や「道路運送車両の保安基準」である。審査の実務を行なうのは交通安全環境研究所であり、ここは独立行政法人自動車技術総合機構の自動車認証審査部から実務を請け負う。もともとは1950年に発足した運輸省の研究組織であり、自動車審査独立行政法人を経て現在の組織になった。
型式認証制度については添付の資料をご覧いただきたい。実際の審査は、まず書類審査から始まり、現車の提出(少なくとも3台だったと記憶している)、製造工場への立ち入り検査(この場合は中国のBYDオートの工場)、必要な場合は衝突安全性、排ガス・燃費、制動装置、電磁両立性(外部に悪影響を与える恐れのある電磁波を自ら出さず、同時に外部からの襲来電磁波に対しても一定の防御機能を持つこと)の試験を行なう。
型式指定の書類を用意するだけなら数百万円で済むが、実車の提供や試験は申請者の費用負担であり、工場審査の旅費も申請者負担になる。少なくとも4000万円以上の負担になるだろう。審査・試験に必要な期間は最短でも7〜8カ月と言われている。
車両衝突実験は、1件1500万円はかかる。試験前に試験車両を室温一定の場所に放置し、各部の温度が一致した状態で試験を行ない、試験の模様は数台の高速度カメラで撮影し、試験後の車両には検分が行なわれ、破片などの後片付けを行ない……という項目すべての合計額だ。
BEVの場合、排ガス試験は不要だが電費試験は行なわれる。制動装置や電磁両立性の試験は通常のICE(内燃機関)車と変わらない。
おそらくBYDオートは、2022年7月に日本での販売開始を発表した時点から型式指定の申請準備を開始したのだろう。並行してPHP申請を行ない、これは22年12月までに資格取得している。そして、型式指定取得への業務を続けてきた。これは筆者の推測だが、最短でも7〜8カ月と言われる審査期間が必要である以上、申請業務は22年秋ごろには始まっていたはずだ。
いっぽう国交省は、中国の自動車認証基準である国家標準(GB=Guo jia Biao zhun)と日本の保安基準との「読み合わせ」作業は行なっていないという。日本はEU(欧州連合)のECE認証、アメリカのFMVSS(Federal Motor Vehicles Safety Standards)=連邦自動車安全基準)、カナダのCMVSS(Cはカナダ)だけを相互認証の基準として認めており、これらを取得している場合、型式指定作業は大幅に簡略化される。
これがECE(国連欧州経済委員会)の1958年協定であり、批准国は相互に相手方の基準を信頼し合う。中国のGBは、その内容のほとんどがECE基準に準じているが、中国は1958年協定批准国ではなく、1998年協定(1958年協定に基づく規則や各国法規への導入による基準の国際調和を目的とした協定)だけ批准している。
1998年協定では、完成車の2国間輸出入を行なう場合は、互いの基準項目について「我われのこの基準は貴国の基準のこの部分に当たる」と言うことを相互に確認すればいいことになっている。しかし、日本と中国の間ではこの作業は行なわれていない。
では、なぜBYDオートの「ATTO 3」は型式指定を取得できたのか。おそらく欧州向け輸出を本格化させる目的でECE基準を取得し、これに適合していることを日本側が確認したためと思われる。
型式指定を受ける最大のメリットは、登録時に自動車検査登録事務所への現車持ち込みが不要になり書類だけでナンバープレート交付を受けられることだ。また、継続車検も現車持ち込みは不要になる。自動車販売店や整備工場など「民間車検場」の資格を持つ場所で検査を受ければいい。
しかし、前述のように型式取得には費用がかかる。仮に4000万円だとして、年間1000台の販売台数なら1台当たり4万円の負担になる。これを登録手続きに必要な人件費と比べて、型式取得費用のほうが大きくなるとしたら、その取得は「どうしようか」になる。日本での「ATTO 3」新車登録台数は、22年からことし6月末までで577台である。
BYDオートの場合は、これが第一歩であり、このあと続々と日本にBEVを輸出して型式指定車として販売するための布石と見るべきだ。同時に「日本で型式指定を取得して販売している」というステータスの意味もあるはずだ。
まさか、中国車が型式指定を取得するなどとは、日本のOEM(自動車メーカー)は考えていなかっただろう。PHPですら、筆者の記憶ではまだ2例しかない。それが一足飛びに型式指定へ行なった。
いまの日本でBEVに乗ることが「環境に優しい」などとは言えない。BEVに供給される電力はほぼ間違いなく火力発電である。だから日産も「環境に優しい」とは言わなくなった。電力逼迫は続いている。それでもBYDオートは日本に出てきた。
そして、BEV充電器の設置ビジネスは一気に拡大しつつあり、ヤマダ電気は三菱自動車のBEVを売り始めた。残念ながら、もう「何が正義なのか」を論じても無駄な段階に入った。個人の工夫で世の中がうまくBEVを取り込み、日本の発電端CO2排出量を増やさないでBEVを受け入れられるかどうか、見守るばかりである。