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MEB=BEV専用プラットフォーム
電気自動車(BEV)のフォルクスワーゲン(VW)ID.4はBEV専用のプラットフォームを採用している。MEBアーキテクチャーと呼んでおり、ドイツ語の頭文字を組み合わせたMEBは、英語では(カタカナ表記すると)モジュラーエレクトリックドライブマトリクスを意味する。バリエーション豊富なBEVを早いタイミングで展開できるよう新たに開発したプラットフォームだ。
MEBを適用したBEVの第1号はID.3で、2019年にヨーロッパでデビュー。2020年にID.4が登場し(国内導入は2022年)、2021年にID.4をベースにクーペスタイルにしたID.5、同年に中国市場向けのID.6、2022年に多目的EVバンのID. BUZZが登場している。VWは2023年から2026年までの4年間に、さらにBEVを10モデル導入すると発表している。
そのうちのいくつかはすでに明らかになっており、2023年に航続距離700kmを誇るミディアムセダンのID.7を発表済み。ID.3のマイナーチェンジ版とID. BUZZのロングホイールベース版の登場が予告されている。また、ポロクラスのBEVとして、コンパクトハッチのID.2が2025年に導入予定だ(ID.2はMEBとは異なるコンパクトクラス向けのプラットフォームが適用される)。
VWはこの先も積極的にBEVと投入していくということだ。
MQBとMEBはどう違う?
MQB
MEB
ガソリンやディーゼルなどの内燃機関の搭載を前提にしたプラットフォームは、ゴルフなどに適用されているMQBが主力である。MQBはガソリンエンジンやディーゼルエンジン、PHEV(プラグインハイブリッド車)やBEVなど、さまざまな動力源に対応することが求められた。いっぽう、MEBはBEV専用プラットフォームなので、割り切った設計が可能。特徴的なのは、モーターをリヤに搭載することを前提に設計が進められたことだ。
リヤに搭載するモーターを小さくすることで、荷室スペースを確保。同時にホイールベースを長くすることで、走行用バッテリーの搭載スペースを広く確保した。MQBはプロペラシャフトや排気系との干渉を避けるため、苦労してバッテリー搭載スペースを確保していたが(後席乗員の足元もバッテリーの搭載を避けている)、BEV専用プラットフォームのMEBはバッテリーのための広く合理的なスペースが確保できている。
MEBの場合、エンジン車ならエンジンやトランスミッションが収まるフロントのスペースには、エアコン関連の機器や12Vバッテリーが搭載されている。ラゲッジスペースは設定していない。エアコン関連の機器を無理なく広いスペースに収めているので、室内への張り出しがなく、足元に広々したスペースを確保しているのが特徴。
車両サイズはVWのなかではティグアンと同等で、全長×全幅×全高は4585×1850×1640mm、ホイールベースは2770mmだ。前輪は操舵に徹することができるので大きな切れ角が確保できたこともあり、最小回転半径はホイールベースが95mm短いティグアンと同じ5.4mとなっている。
テストコースでID.4の実力を試す
こうした特徴を持つMEBアーキテクチャーの走りを体感するプログラムが「Volkswagen Tech Day 2023」と題され、GKNドライブラインジャパンのプルービンググラウンド(栃木市)で開催された。用意されたID.4は77kWhの総電力量を持つ仕様(一充電走行距離561km)で、リヤに搭載するモーターの最高出力は150kW、最大トルクは310Nmである。
車両重量は2140kgだ。前軸重は1010kg、後軸重は1130kgなので、前後重量配分はやや後ろ寄りの47:53ということになる。車両の中央にマス(重たい物)を集中させつつ、車軸より外側に重量物を搭載しない設計。その配慮が走りにどう現れるのか、水を撒いて意図的に路面抵抗を小さくしたコースを含めて確かめてほしい、という主旨である。
走行プログラムに移る前に、リフトアップしたID.4のモーター搭載部を見せてもらった。「モーターはリヤに搭載」との説明を受けると、モーター本体は後車軸より後ろにあるものと早合点しがちで、実際、他社にはハイブリッド車(HEV)も含めてそういうレイアウトの車両はある。だがID.4の場合は違って、モーター本体は後車軸より前にある。つまり、実質的にミッドシップレイアウトだ。
ハンドリング路にて
最初に臨んだのはドライのハンドリング路。低速域のハンドリングを確かめる主旨だが、低速といっても短い全開区間では車速が90km/hに達する。そこから曲率の小さなコーナーに進入し、少し加速してまたコーナーといった具合。アクセルを全開にして加速すると、「これで充分」と感じるくらい、俊敏にダッシュする。モーターで駆動するBEVに共通する特徴だが、アクセルペダルの踏み込みに対する反応が良く、その反応の良さが気持ちいい。踏み込み速度/量に対する加速の出具合が過敏ということはなく、コントロールしやすいのも特徴だ。急加速してもフロントが浮き上がるような素振りを見せず、安定した姿勢を保っているのもいい。
ID.4の場合、「D」レンジを選択しているときはアクセルペダルをオフにしても回生ブレーキは効かず、空走する。減速させたいならブレーキを踏め、ということだ。回生ブレーキ力を調節するパドルも付いていない。ちなみに、ブレーキを踏んでも減速度が-0.3G(そこそこの急減速である)までは油圧ブレーキを使わず、モーターの発電機能を使った回生ブレーキが働く。
好みはあるだろうが、曲率の小さな旋回が繰り返し訪れるようなハンドリング路では、アクセルオフ時に回生ブレーキが働く「B」レンジのほうが、車速と姿勢のコントロールがしやすい。Bレンジでは最大-0.15Gの減速度が発生する。コーナーからの立ち上がりで意図して、少し早めに、そして少し強めにアクセルペダルを踏み込むと、グッと腰を落としたいかいも後輪駆動車らしい姿勢をとり力強く立ち上がっていく。
ウエット旋回路にて
ウエット旋回路のμ(ミュー:路面抵抗)は0.3程度とのことだった。圧雪路相当だ。タイヤは標準で装着されているサマータイヤのままである(前235/50R20、後255/45R20)。微低速で走っている限り、トラクションは掛かるし、舵も効く。片方の後輪に565kg、片方の前輪に505kgもの静荷重が掛かっている(ドライバーと手荷物の重量などは除く)恩恵だろう。走り出しに不安はないし、微低速に限っては思ったようにきちんと曲がる。
ただし、旋回しながらアクセルペダルの踏み込みを強くしていくと、ズルズルとお尻が外に流れ始める。後輪駆動車ならではの動きだ(随時、ASR=いわゆるトラクションコントロールをオフにして走行)。前輪駆動車なら、外に流れていく局面だ。いってみれば姿勢が崩れた状態だが、ドリフトアングルを保ったまま姿勢をコントロールしやすいし、急激にヨーモーメントが大きくなってヒヤッとするようなこともない(ESC=横滑り制御装置が介入するので、スピンしてしまうこともない)。重量物が前後車軸間に集中的に配置されていることによる基本諸元の優秀さが、コントローラブルな動きと、不安定な挙動に移行する際の穏やかな動きを生む理由だろう。
ウエット登坂路にて
ウエット登坂路では登坂発進を体験した。両サイドのブロックはμ=0.3で圧雪路相当、中央はμ=0.1で氷結路相当である。全輪をμ=0.3のブロックに載せての発進は難なくクリアする。後輪駆動車は低ミュー路が苦手と思われがちだが、苦もなく走る(制御に助けられている部分もある)。左側輪をμ=0.1のブロック、右側輪をμ=0.3のブロックに載せたスプリットμの路面では、μの低い側に引きずられる格好にはなるものの、走り出しはする。立ち往生してどうにもならないということはない。
ウエットスラローム
最後に、ウエットでのスラロームとブレーキングを体験した。低中速域でのスラロームは意のままという感じだ。転舵をきっかけにアクセルペダルを強く踏み込み、お尻を振り出すような動きを作り込もうとしても、急にヨーが立ち上がって破綻に至るような素振りは見せない(適度なタイミングで制御が介入する)。自分の手の内にある領域での扱いやすさと、破綻しそうな領域でのコントロール性の高さはやはり、重心が低く、前後重量配分が適正で、重量物が前後車軸間に収まって重たい物がオーバーハングにない、基本諸元の優秀さが効いているのだろう(繰り返しになるが)。
ブレーキングでは、リヤモーターによる回生制御の利点を生かし、ノーズダイブを抑えているのが特徴だ。高速域から急減速する際はさすがに2tオーバーの重量を感じて「重いクルマを扱っている」ことを実感するが、それ以外はストレスがない。モーターだの電気だのという前に、基本に徹したクルマの“動きの質”づくりの大切さを実感した。
VW ID.4 全長×全幅×全高:4585mm×1850mm×1640mm ホイールベース:2770mm 車重:2140kg サスペンション:Fマクファーソンストラット式Rマルチリンク式 モーター型式:EBJ型交流同期モーター 定格出力:70kW 最高出力:150kW(204ps)/4621-8000rpm 最大トルク:310Nm/0-4621rpm 搭載電池:リチウムイオンバッテリー 総電圧:352V 総電力量:77.0kWh 駆動方式:RWD WLTCモード一充電走行距離:561km 交流電力量消費率:153Wh/km 市街地モード 135Wh/km 郊外モード 143Wh/km 高速道路モード 168Wh/km トランスミッション:1段固定式