ル・マン、WRC、NASCAR、スーパーGT……モータースポーツを支える鋳造技術【トヨタモノづくりワークショップ2023_13】

WECマシンのエンジン部品は明知工場で鋳造されている。
トヨタ自動車は「トヨタモノづくりワークショップ」を開き、6月の「トヨタ テクニカルワークショップ」で公開した将来技術を具現化する“モノづくり”の現場を公開した。ワークショップが開かれた3拠点のうち、明知工場(愛知県みよし市明知町)は鋳造技術・鋳造部品の開発・試作拠点として機能。モータースポーツ向けエンジン部品の鋳造も行なっている。
TEXT:世良耕太(SERA Kota) PHOTO & FIGURE:TOYOTA

複雑・軽量・高精度・高強度なエンジン部品

左はWECマシンのエンジン。TS050HYBRID(2018-2020)が搭載していた2.4L V6ツインターボエンジンだ。右はWRCマシンのエンジン。

明知工場では現在、WEC(FIA世界耐久選手権)、WRC(FIA世界ラリー選手権)、NASCAR、スーパーフォーミュラ、SUPER GT GT500クラスの各シリーズに参戦する車両が搭載するエンジンの主要鋳造部品を生産している。シリンダーヘッドやシリンダーブロックなどだ。モータースポーツで使うエンジン部品は信頼性が重要で、高い強度が必要。と同時に、軽量化を徹底するために高精度につくることが求められる。また、効率を限界まで追求するため、極めて複雑な形状に対応しなくてはならない。より高みを目指すため、設計変更は頻繁に行なわれる。

これが砂型の中子

高強度、高精度かつ複雑形状に対応するためと少量生産のため、モータースポーツのエンジンは量産エンジンで一般的な金属の金型を用いて鋳造するのではなく、砂型を用いて鋳造される。燃焼効率の向上には冷却が大きく影響するため、シリンダーヘッドの水通路の形状は複雑になりがち。その複雑形状に対応するため、複雑形状の中子(空洞にあたる部分に配置する砂型)が必要になり、量産部品比で2〜3倍の点数が必要になるという。

トヨタは北米で人気のレースシリーズ、NASCARに参戦している。

例えば、NASCARで使用しているV8エンジンのシリンダーヘッドは、30点もの中子を組むという。複雑な形状や寸法精度、鋳造精度を確保するため、4種類ほどの中子砂を使い分け、モータースポーツへのチャレンジで技能・技術の限界を伸ばしていくことに取り組んでいる。複雑形状ゆえに中子は非常に細く折れやすい。しかも組付は非常に複雑で、ここでも高度な技能が求められる。

砂型を作るためのマスターモデル(の形が最終的に鋳物製品になる)は木型で作る。この木型を作るのは技能五輪などでメダルを獲得した匠たちが行ない、後進を指導している。匠の知識と経験を生かしながら、工程設計から部品構成の検討、工具・治具の選定などを行ない、木型をつくっていく。「こういう形にしたら中子がつくれない」「こういう形にした湯(溶けたアルミ)が流れない」といった、CAE(コンピューターを利用した設計)ではわからないポイントを指摘できるのが匠の強みだ。

設計変更が頻繁に行なわれるのはモータースポーツのエンジンに限らない。量産のエンジンも開発フェーズでは何度も設計変更が行なわれる。その際に活躍するのが、匠の技能だ。金型を修正する場合は通常40〜50日かかるが、匠が木型を手加工で修正すれば5〜10日で済み、設計変更のリードタイムを圧倒的に短縮することができる。世はデジタル化の時代だが、匠の技能がそれを上回る領域もあるということだ。

モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくりの実例

カムリが搭載するA25A型エンジン

複雑な形状を実現するには中子の形状も複雑になり、型に配置するにも高度な技能が求められることは前述した。そのため量産には不向きだが、「モータースポーツの性能を量産にも」を合言葉に、複雑形状に取り組んだエンジンがある。「もっといいエンジン」をつくるためだ。TNGA第1弾のA25A系、2.5L直列4気筒自然吸気エンジンにモータスポーツの技術が投入されている。クラウンクロスオーバーの2.5Lハイブリッド車が搭載するエンジンはこのシリーズだ。

このエンジンはWECに投入していた自然吸気エンジンで採用していた二段ウォータージャケットをシリンダーヘッドに適用。従来の一段ウォータージャケットに対して冷却性能を向上させることができ、ノック限界が高くなってトルクを高めることができる。明知工場の匠が試作と量産の間に入り、知恵を絞ってモータースポーツのつくり方を量産に展開した成果だ。

「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」はエンジンの設計・生産にも生かされており、そこには匠の技能が密接に関わっている。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…