レジェンドデザイナーが語るバイクの魅力とは?「二輪はバランスを崩して動きを表現する!」

8月24〜25日、新潟県の長岡造形大学で『二輪デザイン公開講座』が開催された。オープニングを飾ったのが二輪界のレジェンドデザイナー、一條厚氏の基調講演。若い参加者に向けてバイクの魅力を説いたそのトークは、軽妙にして奥深い。ぜひ多くの人に知って欲しい内容だった。

TEXT&PHOTO:千葉 匠(CHIBA Takumi)

二輪デザイナーたちの呉越同舟

一條氏が手掛けた2011年のショーモデル「Y125 MOEGI」は、ヤマハのデザインフィロソフィと、自転車のような親しみやすさを両立したコンセプトモデル。

一條厚氏は78年にGKインダストリアルデザイン研究所に入社。GKは50年代にヤマハが創業した頃から、スクーター系以外のバイクやスノーモービルを手掛けてきたデザイン会社だ。生まれは岩手県盛岡市だが・・。

「小学校に入る頃は岡谷(長野県)にいたんです。そこは偶然にも天竜川の上流。ちょうどその頃に、下流でヤマハのオートバイが産声をあげていたんですね。何か縁があったのだな、と思います」

GKでは初代〜2代目VMAXやSRX、ドラッグスター・シリーズなど数多くのヤマハ車をデザインし、2007年のSAKURA、2011年のMOEGIや陵駆などのショーモデルも手掛けた。2019年に退職するまで40年余りの活躍。ライバルメーカーも認めるレジェンドデザイナーである。

「バイクのデザインをやっていると、走ります、人と会います。(二輪業界には)デザイナーツーリングというのがあって、各社が持ち回りで企画する。意外とみんな仲がいいんです。でもライバル意識があるから、ウチがやるときにはもっと面白いことをやろうぜ、と毎回趣向を凝らしてね」

『二輪デザイン公開講座』は自動車技術会のデザイン部門委員会が主催し、今年で11回目。一般公開の講演会と学生向けの実技講座で構成されている。実技講座は手描きスケッチ、デジタルスケッチ、クレイモデル、カラーリングの4課題。ホンダ、ヤマハ/GK、スズキ、カワサキのデザイナーが実技の講師だ。まだ進路を決めかねている学生にプロの世界を垣間見せ、二輪デザイナーを志望してもらおうというのが、この公開講座の大きな狙い。その背景に呉越同舟で楽しんできたデザイナーツーリングがあった。

実技講座の様子。24名の学生が6人ずつ4グループに分かれ、4つの課題を順繰りに受講した。

「数年前のデザイナーツーリングでは200人ぐらい集まりました。カワサキさんが企画して、目的地は天橋立。ホンダさんとGKとで一緒に行ったんだけど、台風で東名が通行止めになって遠回り。宴会に間に合うために、そうとう飛ばしました。ツーリングでは雨が降ったり、寒かったりするけど、それがいいんです。苦労して集まって、宴会して帰る。いい時間を過ごしてきました」

デザインは移動の生態観察から始まる

ASEAN地域ではバイクは人々の生活に欠かせない大切な乗り物だ。

「日本の産業、いろいろ大変です。でも、意外と気付かれていないのですが、二輪は世界で頑張っているんですよ。世界中の人に、日本のオートバイが愛されています」

二輪の世界シェアではホンダが圧倒的な1位。インドや中国のメーカーが伸びてきているが、日系4社の合計シェアは5割近くになる。

「ASEANに行くと、バイクがたくさん走っています。もしもこれがすべてクルマになったら大渋滞。二輪がなかったら、世界がパンクしてしまう。だから大事なんです。二輪なくして世界の人々の移動や生活は成り立たない」

「デザインとは人間の生態観察でもあります。人々がどういう状況で移動しているのか? 1台のバイクに3人も4人も乗っていたりね。移動の生態観察は面白い。好奇心と想像力が刺激されていろんなアイデアが出てくる。デザイナーになると、そんな楽しいことが会社のおカネで出来るんです。これはいいですよ」

一條氏はGKの米国デザイン拠点に出向していた若い頃、アメリカ大陸をバイクで往復するロングツーリングに出かけた。毎日12時間以上も走ったという。その体験が、初代VMAXのデザインにつながったそうだ。

初代VMAXは1985年から輸出用として販売開始。写真は90年式の国内向けモデル。

「かなり過酷だったけど、アメリカの開拓時代には地図もなしに幌馬車で西海岸まで来た。それは尊敬すべきことだなと思いました。今はインターネットで情報を何でも引っ張って来られるけど、それはしょせん借り物の情報。デザインするときに頼りになるのは、自分の体験なんです」

バイクに乗るのはほとんど修行

「最近、二輪の免許取得者が増えています。コロナ禍でバイクの安全性や利便性が認知されて、いい感じになってきた。人間は動きたい動物。どこかに行きたい、人に会いたい。二輪はそれに最適です」

「そもそもオートバイって、何がいいの? 乗らない人にはわからないよね。バイクは危ない。そもそも動くと危ないです。いちばん安全なのは、家にいることです」

「バイクは基本的に大変なんです。夏は暑いし、冬は寒い。雨に濡れるし、蒸れるし。ほとんど修行みたいなもの。でも、修行のない人生というのも、どうですかね? 寒いときに高級車で温泉に行ったら、ただの温泉。バイクで行って温泉に入ると、ジワーッっと来るわけ。寒ければ寒いほど、雨に濡れれば濡れるほど、温泉が最高になるんですよ」

「バイクに乗っていると、天候に敏感になる。野生動物はこんな大変ななかで生きている、その気持ちがわかる。生きていくのは大変だと学ぶ。バイクに乗っているだけで学ぶことが多い。二輪のデザインとは人生模様をカタチに反映するような、そんな仕事なんです」

バランスを崩して動きを表現する

「二輪のデザイナーはフレームやエンジンもデザインします。十二分の機能美のうちの二分。十分は設計にあげるから、二分だけやらせてね、と。美しいものにはすべて理屈がある。だけど理屈を知らなくても美しいと感じられる。だからデザイナーは頑張るんです」

「またいで乗り、両手両足で操る乗り物はオートバイしかない。自転車はペダルを漕ぐからちょっと違う。そういう二輪のデザインは、いかにバランスを崩すかなんです。二輪にはバランスを失うことで旋回するという特性がある。デザインもあえてバランスを崩すことで動きを表現します」

「運転というのは、、運が悪いと転ぶのが運転なんです。バランスをいかに崩して曲がっていくかを考えながら乗っている。たんなる移動ではなくて、考えている。それはアスリートに近い。だから面白いんですよ。何歳になってもアドレナリンが出ちゃったりして、非日常を感じられる。これがいいんです」

「作ると創るは似てるようで違う。だからぜひ、これからデザイナーになる人には、カブやベスパのようなオリジナルを創ってほしい。バイクもEVの時代になっていろいろ変わり、デザインが次のステップに進むはず。アレンジではなくオリジナルを創ることが、ブランドを創ることになると思います」

一條氏は会場の学生たちにこんな言葉を送り、講演を締め括った。

「あるとき少年が美しいバイクに出会った。今度は次の美しいものにバトンタッチしていく。そうやって世代が動いていく。次は皆さんの番ですから、頑張ってくださいね」

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著者プロフィール

千葉 匠 近影

千葉 匠

1954年東京生まれ。千葉大学工業意匠学科を卒業し、78〜83年は日産ディーゼル工業でトラック/バスのデザ…