中国製BEVだけを狙い撃ちするのは愚策
零跑汽車は中国・杭州に本拠を置く2015年12月設立の新興OEMだ。自動運転領域に力を入れており、中国最古参のOEMである国営第一汽車と2020年5月に提携、第一汽車は零跑汽車の自動運転技術を手に入れることを目論んだ。第一汽車はVWの提携先でもあり、合弁会社として一汽大衆(大衆とはドイツ語のフォルクスと同じ意味)を展開してきた。
いっぽう、ステランティスは零跑汽車に16億ドルを出資して同社の株式21%を取得し、同時にオランダに零跑汽車49%ステランティス51%の出資比率で合弁会社を設立する。この新会社は中国国外への零跑汽車製品の輸出・販売と、将来的には欧州での車両製造の独占的権利を得るという。
注目すべきは、この提携記者会見でステランティスのカルロス・タバレスCEOが「欧州に輸出される安価な中国製BEVが国家補助金の恩恵を受けているかどうかを調査するという欧州委員会の決定は、世界規模の問題に取り組む最良の方法ではない」と述べたことだ。
会見の要旨には、タバレスCEOが「我われはグローバルな考え方を身につけなければならない。我われは分断された世界を容認できない。我われは競争を好む。中国の補助金調査を開始することは最良の方法ではない」と記されている。遠回しな表現だが、ストレートに言えば「調査は意味がない」「中国製BEVだけを狙い撃ちするのは愚策」ということだ。
JMSを訪れた欧州メディアの記者や在欧OEMに太いパイプを持つ旧知のジャーナリスト諸氏に尋ねると「表立っては言わないが、EU委員会のやり方と、選挙のことしか考えていないEU議会の議員に対しては、ほとんどの在欧OEM経営陣が不満を持っている」との答えが返ってくる。さらに、こうも言った。
「緑の党/同盟90のような環境政党を支持している人たちがみなBEVに乗っているかというと、それは大きな間違いだ。BEVはなかなか買えない。クルマは持たないというのなら相当にマシで、多くの環境政党支持層が乗っているのは古いディーゼル車だろう」
EUでは2.5万ユーロ以下(現在のレート、1ユーロ=158円で計算して395万円)の安価なBEVを求める声が大きくなった。その値段なら「補助金を使って買える人が一気に増える」と。しかし、EU域内で生産すると2.5万ユーロに抑えることは難しい。だから在欧OEMは中国から完成車輸入する方法を探っている。
ステランティスによる零跑汽車への出資とEU内への合弁会社設立は、零跑汽車にステランティスが傘下ブランド名のBEVを製造委託し、欧州向けに出荷することが最大のねらいと思われる。「中国国外への」という部分は「中国以外のすべての国」と解釈できるが、仕向地はEUがメインだろう。
すでに零跑汽車はノルウェーなどEU非加盟国ではBEVを販売している。ドイツの大手サプライヤーであるZFとはインテリジェントシャシー領域で提携している。零跑汽車は「ソフトウェアに強みがある」とZFは提携理由を述べたが、提携の背景は「中国とのパイプを確保すること」「完成車輸入の理由付けになる事実を用意すること」と思われる。例によって欧州企業は絶対に本音を語らないが、筆者はそう見ている。
ステランティスも動いた。EU委員会は「EU内の産業振興」のためにBEVへのゲームチェンジを画策したが、BEVに必須の電池はそのサプライチェーン(供給網)を中国に大きく依存している。政策を決めるだけの議会や政治家とは違い、OEMは実際にクルマを作らなければならない。それはEU内だけでは不可能。ステランティスの行動は、この現実を物語った。