話は2019年3月1日にさかのぼる。マツダはこの日、メディアを対象に北海道の剣淵試験場で雪上取材会を実施。取材会のテーマは「SKYACTIV-Vehicle Architecture」と「SKYACTIV-Vehicle Dynamics」である。MAZDA3から始まった新世代車両に投入する車両構造技術と車両運動制御について、技術プレゼンテーションを受け、試乗体験する内容だ。
車両構造技術で重要なのは「人間のバランス保持能力を最大限に発揮させる」ことで、そのためには「骨盤を立てて座らせる」ことがポイント。MAZDA3は脊柱のS字カーブが維持できるシートが備わっているのに加え、ボディやシャシーにも人間のバランス保持能力を最大限に発揮させるための知恵と工夫が織り込まれている。だから、長時間のドライブでも疲れることなく運転を楽しめる──。
という技術についてはMAZDA3との付き合いを深めながらじっくり確かめていくことにして、ナンバープレートの「323」と関連するのは、車両運動制御のほうだ。マツダは2016年に「Gベクタリングコントロール(GVC)」を適用した。ドライバーの操舵に応じてエンジンのトルク制御を行ない、車両の応答性や安定性を高める技術だ。具体的には、ドライバーがハンドルを切り始めた瞬間にエンジンのトルクを落として前輪への荷重移動を促し、前輪のタイヤグリップを増加させ、車両の応答性を向上させる。その後、ドライバーがハンドルを一定舵角で保持したときは、エンジンの駆動トルクを復元して後輪への荷重移動を行ない、車両の安定性を向上させる。
2018年にはブレーキによる姿勢安定化制御を加え、「Gベクタリングコントロール・プラス(GVC Plus)」に進化させた。定常円旋回からハンドルを戻していく際、フロント外輪に少しブレーキをかけ、復元モーメントを与えて直進に戻りやすくする技術である。MAZDA3のAWD(FFベースの4輪駆動)はGVC/GVC Plusと協調制御しているのが特徴だ。マツダはGVC/GVC PlusとAWDを協調させて進化させた技術を「i-ACTIV AWD(アイ・アクティブ・エーダブリュディー)」と呼んでいる。
「今回発表するi-ACTIV AWDは、MAZDA3で初めて投入します」と説明したのは、車両開発本部 操安性能開発部の梅津大輔さんである。
「マツダの車両運動制御は、クルマ自体がきちんと走る、曲がる、のバランスをとって高度に安定化させるところを狙っています。AWDも同じ考えです。当初は安全機能のひとつとしてAWDを開発しました。ところが、GVCなどで車両運動の考え方を進めていくなかで、AWDもダイナミックな走りに寄与する技術として作っていく必要があるとの意識に変わりました」
コーナー進入時のターンインでは、GVCのエンジントルク制御によってピッチ前傾(クルマがおじぎをするような動き)を促進。コーナー脱出時のターンアウトではGVC Plusのブレーキ制御によって急激なピッチ後傾(のけぞるような動き)を抑制する。その間の領域(定常円旋回中)では、GVCとAWDを協調制御することにより、フロントはGVCのエンジントルク制御でアンチダイブ効果を出し、リヤはAWDの前後駆動力配分制御でアンチスクワットを出す。両者を上手に制御することにより、ピッチを安定化させる。おじぎしたり、のけぞったりするような動きが出ないようにするわけだ。
AWDの進化のひとつ目は、操縦安定性の向上である。ひとつ目と言ったからにはふたつ目もあり、「実用燃費の改善」だ。狙いは、「実用燃費で2WDを上回るAWD」である。AWDは2WDより燃費が悪いというのが一般的な認識だろう。だが、マツダ(というより梅津さん?)は、4輪の接地荷重を推定することで荷重が乗っている輪(前輪または後輪)に駆動力を適切に配分することにより、駆動力の伝達効率が向上。その結果、「ロスが減る」というわけだ。また、パワーテイクオフ(PTO)という、前輪側から後輪側へ駆動力を分配する機構に振動を抑制する対策を施したことにより、トルク制御の領域が拡大し、制御の精度が向上したのも燃費改善につながったと説明した。
GVCとAWDの協調制御の基本は、
- ターンイン:AWDは前後のトルク配分を維持。GVCによる前方への荷重移動を優先し、操舵応答性を向上
- 定常旋回:ドライバーの操舵に応じて、後輪トルクを増加
- ターンアウト:前輪へのトルクを戻し、旋回挙動を素早く収束
となる。
「エネルギー損失を最小化する制御ということで、荷重状態から前後配分しています」と、梅津さんは言う。どういうことかというと、定常走行では基本的にはFF(前輪駆動)に近い状態にあるが、エネルギー効率を上げるために後輪にもプリトルクを掛けて直進安定性を高めている。車速が上がれば上がるほどリヤにトルクを掛けていき、直進安定性を補助する緻密な制御を行なっている。
「アクセルオフしたら、フロントに配分を戻します。その狙いは、前荷重が増えるので、フロントでしっかりエンブレ(エンジンブレーキ)トルクを出すためです。加速時はリヤ荷重が増えるので、摩擦円の大きさに応じて(荷重に応じて摩擦円は大きくなる)リヤにトルクをしっかり掛けていく。タイヤの力を路面に伝える効率は上がっていくので、これによってエネルギー損失が最小化され、実用燃費の改善につながります」
「一番大事なのは」と梅津さんは強調した。
「ドライバーがアクセル操作をしたときの応答性が良くなっていること。タックイン挙動も安定して出せるし、踏んでいったらリヤにしっかりトルクがかかるので、旋回中にアクセルコントロールをすると、自然な挙動変化が出せる。そこを狙っています。FFベースのAWDなのですが、定常円ドリフトができるところまで実現したいと思っています。MAZDA3でそこまでできるようにしたい」
AWDとGVC系の制御の恩恵で安定して走れるから疲れないだろうし、4輪のタイヤの能力を上手に使うから実用燃費は従来イメージのAWDほど悪くないだろう。なにより、走らせて楽しそうだ。
「国産初の乗用フルタイム4WDのDNAを受け継ぎたいと個人的には思っています」と話して梅津さんがモニターに映し出したのは、マツダ323 4WDターボだった。日本ではファミリア4WDとして販売されたクルマだ。1985年からWRC(世界ラリー選手権)に投入されたマツダ323 4WDターボは、1987年のスウェディッシュ・ラリーで初優勝を飾った。「スノーハンドリングは良かったと聞いていますので、ここまでできればいいなと思っています」
323のナンバーを選んだのは、梅津さんが「DNAを受け継ぎたい」としてイメージしたマツダ323 4WDターボに由来する。いつか、MAZDA3を雪の上に持ち出し、定常円ドリフトができる日を夢見て。