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概要・自動車アセスメント
令和6年度自動車アセスメント大賞受賞については5月29日のニュース記事ですでにお伝えしているが、本稿ではもうちょい具体的に述べていきたい。
「自動車アセスメント」とは、自動車の安全機構やチャイルドシートの安全性を評価、その結果を公開し、顧客が安心して選択できる環境を作ると同時に、メーカーによる安全デバイスの開発や安全なクルマの普及を促進する事業で、国土交通省と自動車事故対策機構が手を組んで行なっている。
「自動車事故対策機構」の正式名称は「独立行政法人自動車事故対策機構」で、これを英語にした「National Agency for Automotive Safety & Victims’AID」の頭文字をとった「NASVA(ナスバ)」が通称だ。
よく話題に挙がる衝突試験は1995年にスタート。このときはフルラップ衝突だけだった。以降、ブレーキ性能試験や側面衝突テスト、オフセット衝突などが追加され、自動ブレーキ車が出始めれば被害軽減ブレーキのテストまでが加わるなど、順次テスト項目を増やしてきた。時代によって評価方法も少しずつ変化している。
以上が簡単な歴史だが、この表彰式では、最高評価「ファイブスター賞」を受けた10車種が受賞し、その中で最高得点を獲得したクルマの頭上、いや、ルーフ上に「ファイブスター大賞」の冠が輝く。
カタログなどの安全説明のページで「★」が並んでいるのを見たことがあると思うが、もし「★★★★★」とあったならそのクルマは自動車アセスメントに於ける数々の試験のうち、「衝突安全」「予防安全」「総合評価」の分野でファイブスター=★5つの評価を受けたことを意味する。
自動車アセスメントで定められている評価項目の中の衝突に関する評価は「予防安全性能」「衝突安全性能」のふたつに分けられ、衝突テスト結果をそれぞれをAからE、5つのランクに分けて各々得点を定める。これらの合計点で「総合評価」、すなわち星の数が決まり、その中にあっていちばん高い合計点のクルマが大賞に選ばれるという取り決めだ。
その算出基準は次のようになる。
【予防安全性能(89点満点)】
・Aランク:72.00点以上
・Bランク:52.12点以上~72.00点未満
・Cランク:34.48点以上~52.12点未満
・Dランク:17.16点以上~34.48点未満
・Eランク:17.16点未満
【衝突安全性能(100点満点)】
・Aランク:84.63点以上
・Bランク:71.89点以上~84.63点未満
・Cランク:59.07点以上~71.89点未満
・Dランク:46.33点以上~59.07点未満
・Eランク:46.33点未満
【総合評価=★の数】
・合計156.63点以上:★★★★★
・合計124.01点以上~156.63点未満:★★★★
・合計93.55点以上~124.01点未満:★★★
・合計63.49点以上~93.55点未満:★★
・合計63.49点未満:★
★5つの獲得基準は「156.63点以上」。つまり予防安全性能と衝突安全性能のAランク最低得点の合計・・・72.00以上 + 84.63以上 = 156.63点以上に由来しているが、これとて合計が156.63点以上でありさえすればいいというものでもない。
これでは予防安全性能がBランクの70点だったとしても、衝突安全性能がAランクトップの100点満点なら合計170点となり、★5つとなってしまう。
というわけで、★5つを獲得するには、「合計156.63点以上である」と同時に、「予防安全と衝突安全の両者がAランク以上であること」、そしてSOSコールなど、「事故自動緊急通報装置を搭載していること」が要求される。
前置きが長くなったが、ファイブスター賞受賞車のうち、最高得点を獲得してファイブスター大賞に輝いたのはこのクルマだ。
【令和6年度・自動車アセスメントファイブスター大賞受賞車】
・SUBARUクロストレック/インプレッサ(193.53点/197点)
・総合評価:★★★★★(193.53点/197点:98%)
・予防安全:Aランク(88.50点/89点:99%)
・衝突安全:Aランク(97.03点/100点:97%)
・事故自動緊急通報装置:有
5つ星が最も輝いたのは六連星の上だった。令和6年度だけは「シックススター大賞」にしてあげれば6揃いでよかったのに。
内訳を見ればわかるとおり、予防安全も衝突安全もAランク域のなかでも満点に近い。当然総合評価も197点満点のうちの193.53点となり、達成率は98%となる。何を加えるとマイナス2%が帳消しになるのか興味がわくが、あともうちょいで100%だ。がんばれ!
以下、ファイブスター賞受賞の9台だ。総合評価順に掲載する。
・トヨタクラウン クロスオーバー/クラウン スポーツ(188.39点/197点)
・総合評価:★★★★★(188.39点/197点:95%)
・予防安全:Aランク(89.00点/89点:100%)
・衝突安全:Aランク(91.39点/100点:91%)
・事故自動緊急通報装置:有
・マツダCX-60(186.77点/197点)
・総合評価:★★★★★(186.77点/197点:94%)
・予防安全:Aランク(88.21点/89点:100%)
・衝突安全:Aランク(90.57点/100点:90%)
・事故自動緊急通報装置:有
・ホンダZR-V(185.41点/197点)
・総合評価:★★★★★(185.41点/197点:94%)
・予防安全:Aランク(88.70点/89点:99%)
・衝突安全:Aランク(88.71点/100点:88%)
・事故自動緊急通報装置:有
・レクサスRX(184.52点/197点)
・総合評価:★★★★★(184.52点/197点:93%)
・予防安全:Aランク(88.82点/89点:99%)
・衝突安全:Aランク(87.70点/100点:87%)
・事故自動緊急通報装置:有
・日産セレナ(184.34点/197点)
・総合評価:★★★★★(184.34点/197点:93%)
・予防安全:Aランク(88.93点/89点:99%)
・衝突安全:Aランク(87.40点/100点:87%)
・事故自動緊急通報装置:有
・レクサスNX(183.28点/197点)
・総合評価:★★★★★(183.28点/197点:93%)
・予防安全:Aランク(89.00点/89点:100%)
・衝突安全:Aランク(86.28点/100点:86%)
・事故自動緊急通報装置:有
・ホンダN-BOX/N-BOXカスタム(181.20点/197点)
・総合評価:★★★★★(181.20点/197点:91%)
・予防安全:Aランク(85.58点/89点:96%)
・衝突安全:Aランク(87.62点/100点:87%)
・事故自動緊急通報装置:有
・トヨタプリウス(180.60点/197点)
・総合評価:★★★★★(180.60点/197点:91%)
・予防安全:Aランク(86.12点/89点:96%)
・衝突安全:Aランク(86.48点/100点:86%)
・事故自動緊急通報装置:有
・日産エクストレイル(180.34点/197点)
・総合評価:★★★★★(180.34点/197点:91%)
・予防安全:Aランク(85.77点/89点:96%)
・衝突安全:Aランク(86.57点/100点:86%)
・事故自動緊急通報装置:有
オフセット衝突試験後のクロストレックを眺めてみる
ファイブスター大賞を受賞したクロストレック/インプレッサだが、ステージ横には新車のクロストレックとオフセット衝突を受けた後のクロストレックの2台が展示されていた。
例外もあるが、不正なく公平に試験が行なえるよう、車両はNASVAが一般販社から購入したものが使われる。
このクロストレック(だけではなく、テストを受けたクルマすべてだが)にしてみれば、生産ラインを流れていた自分の前後のクロストレックと同様、どこか一般のひとに買われ、その家族といっしょに何年にも渡ってあちらこちらにドライブするはずだったのが、自分だけはNASVAに買われたがために衝突試験に駆り出されたという不運な道をたどったわけだ。
その犠牲と引き換えにクロストレック(とインプレッサも)の安全性が証明され、みんなが納得できるようになるとはいえ、生まれたばかりなのに衝突試験に身を捧げたことで短い一生を終えたことを思うと、このボディをじっくり見ているうち、敬礼しなければいけない衝動にかられてくる。
その哀悼の意を込めて詳しく解説すると・・・
クルマの事故形態でいちばん多いのはオフセット衝突だ。対向車が斜め前方からこちらに向かってきた、あるいは正面衝突する直前にいくらかでもドライバーが本能的に回避操作するさなかでぶつかるといったことが多いからだろう。
オフセット衝突の試験方法は、壁に相当するアルミハニカムに対し、運転席側を車両外側から40%の位置までラップさせ、64km/hの速度で前面衝突させるというものだ。
いっぽうのフルラップ衝突試験は試験車を55km/hでコンクリート壁に真正面かぶち当てる。
ついでにいうと、オフセットは運転席と後席に、フルラップは運転席と助手席にダミー人形を乗せ、衝突後に受けた傷害の度合いを解析する。
衝突をフルラップで受けたときの対策も楽ではなかろうが、フロント幅の半分以下・・・たった40%のエリアだけで、しかもフルラップ試験の55km/hより9km/hも高い64km/hで速度でぶつけてキャビン変形を抑えようというのだからボディ設計者はキツイ。
試験車両をサイドから見て、衝撃エネルギーを顔幅の40%だけで受けるとなると、変形は前後方向のフレーム(クラッシャブルゾーン)全体におよんでいることがわかる。当然、前輪のホイールアーチもフードも原型をとどめておらず、Youtube の「自動車アセスメント公式チャンネル【ナスバ】」にあるクロストレックの試験映像のフルラップ衝突シーン(2:35から)の車両と比べると、あちらはホイールアーチの損傷はバンパーにとどまっていて、フードもキャビン側は元の形を保っているところがまるで違う(どのみちもう使いものにはならないが)。
車速が9km/hも異なるから壊れ方の単純比較はできないものの、ラップ量40%ならなおのこと、いかにクラッシャブルゾーンをギリギリまでフルに使ってキャビンを守ろうとしたかがわかるというものだ。
キャビンを形成するフロントピラーやサイドシルは、パッと見では原型を保っていてもいくらか変形しているはずだ。なのに説明員の方がやって見せてくれたドアの開け閉めが、新車と同じようにできていたことに何よりも驚いた。
前歯で下唇を嚙んでベンツのドアロックの音まねをする柳沢慎吾風にいうと、ドアハンドルを引いた瞬間の「ドフッ!」に閉めるときの「ヴォフッ!」・・・音だけ聞いても動きを見ても、つぶれたフロント部に目を向けなければそのままドライブに行けそうなほど新車とまったく変わらない。逆にクルマがこれだけ変形していながらヒンジからギコギコきしむような音が一切しなかったのにも恐れ入った。やはりキャビン変形は最小限に抑えられているのである。
視界向上策はほかにないのか?
ところで筆者は最近のクルマの対衝突性能のおかげでピラーが太くなっていることに「何とかならんものか」といい続けている。SUBARUのほか、最近では他社でもフロントピラーの断面形状に工夫を与え、ドライバーから見える面は極力細く、見えない部分をフロントガラス側に向けることで死角を極力抑えているが、まだまだ太いままのクルマはあるし、SUBARU車とてセンターピラーやリヤピラーは太い。
国産車からピラーレスハードトップがなくなって久しいが、その間に進歩したボディの設計手法をフルに活かし、現在の対衝突性能をクリアする最新版ピラーレスハードトップがいまあらためてできないかとたずねたところ、「特にセンターピラーはサイドからの衝撃に対する役割が大きいのでなくすことはできない」とのことだった。おおよその答えはわかっていながら聞いたことだったが、やはり2024年の技術をもってしても無理か。
ならば負けじと、せめてサッシュレスドアはできないかとしつこく聞いてみた。
同じ開口面積なら、柱は残るにしても、サッシュレスならいくらかでもサイド視界が開けるのではないか。ついでにいうと、車庫サイズは昨日と同じでもいまのクルマは幅広になっているから相対的に狭くなっている。外からのリモコン操作でガラス昇降できるようにしておけば、窓枠がないぶん狭い場所でも乗り降りがしやすくなる道理だ。
1971年のレオーネ時代から21世紀の4代目レガシィ&2代目インプレッサまで、「セダン」といいながら他社でいうピラードハードトップを長らく続けてきたSUBARUが相手だからこその質問だったが、安全性の問題というよりは、ガラスの保持性、高速走行時の外側への吸い出しが問題なのだそうで、その対策に苦労しながらSUBARUは長くサッシュレスを続けてきたのだと。
ドア内部にいろいろと手当てを施さなければならないぶん、サッシュレスドアのほうがサッシュ付きドアよりもやはり重くなるという。もしこのクロストレックのドアをサッシュサレスにすると重量もかさむことになる勘定だ。これもダメかッ!
やはり聞かなければわからない。試験後のクロストレックに敬礼し、会場をすごすごと後にした。
少しはクロストレックオフセット試験車の供養になったかな?
NASVAにお願したいふたつのこと
試験はトランスミッションがN(ニュートラル)、エンジンはかかっていない=イグニッションだけがONのエンジン停止状態で行なわれる。しかし事故は普通、一般路上で起こるものだ(あたり前だ)。自分から何かの間違いで相手に向かってぶつかる、信号待ちのときに向こうから突っ込んできた・・・このとき、エンジンは始動中であると考えてまちがいない。
ならば衝突試験もエンジン始動状態で行なうべきではないだろうか。
事故の形態は千差万別だが、現在の試験方法は、キャビン変形量や乗員の傷害値を解析することはできても、エンジンがかかっていないから本当の意味での事故再現にはなっていないと思う。
テレビの交通事故のニュース映像で、クルマが景気よく燃え盛る光景を目にすることが少なくない。いまのクルマは衝撃を受けると燃料ポンプが止まって燃料カットが行なわれる機能を有しているにもかかわらず、だ。事故形態によってはやはり何らかの理由で炎上するのである。もしエンジン始動状態で衝突試験を実施すれば、車両火災に至るプロセスをも解析することができるのではないか。
55km/hや64km/hなら、マニュアル車なら4速か5速、CVTも含むAT車ならシフトはDで、エンジン回転は2000~2500回転あたりだろう。この状態でクルマをぶつけるのが本当だと思う。衝突試験後にクルマがうまく火を起こしてくれればの話だが、どのような理由で発火ないし引火し、どのような経路で火が伝わって炎上に至ったかの道すじがわかればそれが車両開発に活かされ、事故後の車両火災の可能性を減らすことができる。
いろいろとご都合があるだろうし、もしかしたらエンジン始動時のフルラップ、オフセット、側突試験用と、車両を倍の数だけ買わなければいけなくなるかも知れないが、検討してもらえたらと思う。
もうひとつは、後ろから追突されたときの後席乗員の保護性能の公開だ。
ビッグキャビンを誇るハイト型や3列シートのミニバンor SUVが全盛のおり、私が心配しているのは2列車なり3列車なり、最後列シート位置と車両最後部が極めて近いクルマの、後部からの衝突安全性だ。後席を最後部までスライドさせるとヘッドレストがリヤガラスに接触せんばかりのクルマだってある。軽自動車のハイト型が信号待ちのとき、大型トラックが後ろからぶつかってきたときのことを思うとゾッとする。その意味でリヤオーバーハングが荷室になっているセダンやステーションワゴン型が後席の安全度は高いと思っているし、いま売られているクルマだってそれなりの設計はなされているのだろうが、クルマは前に進み、後ろに下がると同時に、停まっていても否応なしに前からぶつけられるだけでなく、後ろから追突される可能性だってあるのだ。
前方向の試験公開だけでなく、フロントと異なり、エンジンルームのようなクラッシャブルゾーンが僅少のハイト型やミニバンの、後ろ方向の衝突試験&公開も実施してもらえれば自動車アセスメントの存在意義はより高まると思う。
以上、NASVAへのお願いを添えながら、令和6年度自動車アセスメント・ファイブスター大賞受賞式の様子をお届けしました。