800より600が好き! 憧れのホンダS600に乗り続けて28年! 【ヒストリックカーヘリテイジカーミーティングTTCM in 足利】

多肉植物と古いクルマのコラボイベント会場で、黄色いボディが目に眩しいホンダS600を見つけた。ホンダ初の4輪乗用車でありホンダのスポーツイメージを決定づけた存在だ。60年近くも前の国産オープンカーに乗る70歳のオーナーは幾多の困難を乗り越えてきた。

PHOTO&REPORT●増田 満(MASUDA Mitsuru)
1965年式ホンダS600。

ホンダの設計思想にM・M思想というものがある。M・Mとはマン・マキシマム/メカ・ミニマムの頭文字で「人のためのスペースは最大に、メカニズムのためのスペースは最小に」を意味している。だからホンダ車にはサイズやクラスを超えた室内スペースを実現したものが多く、また世界で初めてアメリカのマスキー法に適合したCVCCエンジンに代表される環境性能の高さが特徴だ。それでもマニアはホンダ車にスポーティさを求める。F1グランプリに参戦してきた歴史や、高性能エンジンを搭載する数多くの市販車がスポーツイメージを牽引してきたからだ。ホンダのスポーツイメージを最初に印象付けたのがホンダ初の市販乗用車であるSシリーズ。当初S500でスタートするも、半年も経たないうちに排気量を拡大したS600へ進化。すでに60年前のことで、少数しか生産されなかったオープン2シーターを栃木県で開催されたイベントで見つけた。

2024年10月13日に開催されたヒストリックカーヘリテイジカーミーティングTTMC。

クラシックカーヘリテイジカーミーティングTTCM in 足利というイベント会場でのことで、このイベントは2022年に初開催された比較的若いイベント。初回時を取材して「サボテンと旧車がコラボレーション!」という記事を紹介した。その後は春秋と年2回のペースで開催を続け、参加車も来場者も増え盛況だと聞いた。初開催時は参加車が多いとは言えず、まだまだこれからといった印象だったから2年振りの訪問が楽しみだった。会場には初回時にみられなかった車種が散見された。なからでもイエローのボディカラーが一際目立っていたホンダS600のオーナーにまずはお話を聞いてみた。

S600までは丸いテールランプが特徴だった。

オーナーの藤村明伸さんは70歳になる方。ホンダS500が発売されたのが1963年のことであり、61年前だから当時の藤村さんは9歳だったことになる。ホンダS500は市販されなかったS360とともに1962年の全日本自動車ショウ(現在のJAPAN MOBILITY SHOW)に展示され大いに話題となった。60年代初頭でもクルマは大いに人気があり、この時は2週間の開催で100万人以上が来場していた。それほど注目されたショーの目玉の1台でもあったS500は、翌年に発売され大変な人気モデルとなった。

純正ホイールの内側にはホンダの他車用ディスクブレーキが移植されている。

とはいえ、その当時オープン2シーターの純粋なスポーツカーを買える人が多かったわけではない。しかも63年10月に発売されたものの実際にデリバリーが開始されたのは翌年になってから。さらには翌年の64年3月には排気量の小ささによるパワー・トルク不足から排気量を600ccに引き上げたS600へ切り替わっている。そのため初期S500の残存数はごく僅か。やはりSシリーズで実際に流通しているものはS600と次期型であるS800がほとんど。

耐候性の高いハードトップはガレージクーペ製。

ただS800になるとスタイルが手直しされたことから、初期モデルに憧れたマニアはパワーもトルクも少ないS600をあえて選ぶという人がいる。たかだか200ccの差だが、少しでも速く走りたいという欲求は昔も今も変わらない。多くの人がS800やフロントディスクブレーキを装備する最終モデルのS800Mを選ぶ。ところがS600を選ぶのは、やはりスタイル優先だからだろう。当時9歳だった藤村さんもまさにそんな一人で、Sを買うなら600と決めていた。特に丸いテールランプはS600までの特徴であり、Sらしさを感じられる部分だ。

時計のように精密に回ると評された4気筒DOHCエンジン。

藤村さんがこのS600を手に入れたのは42歳の時のこと。今から28年前のことであり当然、現在のように旧車価格が高騰した時代ではない。ただ、30年ほど前に旧車専門雑誌が創刊され、70年代の排ガス規制時に人気だった規制前のモデルたちが再注目された頃。そんな時代背景もあり、藤村さんも「昔から好きだったんです」という思いを再燃させた。そこで専門店の門をくぐることとなる。

シルバーのメーターパネルがスポーツカーらしいインテリア。

ところが訪れた専門店で買うことはなかった。個人売買もそうだが、個性の強い国産スポーツカーだと店主の個性も強いことが多い。人と人のやり取りなので折り合いが大事なわけだが、藤村さんはその店主と話が合わずクルマを見ることもなく後にする。だが、S600が欲しいという気持ちが折れることはなく別の専門店を訪れることになる。それが伊豆にあるガレージクーペだった。

タコメーターは1万1000rpmまで目盛られている!

こちらの店主とは話があい、無事にオーナーとなることができた。購入時にエンジンのオーバーホールを依頼していたため、納車時はエンジンが仕上がった状態だった。そのため小さな排気量ながら超高回転まで回るエンジンに惚れ惚れ。「4速5000rpm(80km/h時)のエンジン音は最高です」とのこと。また珍しいハードトップを装着してあるが、これも購入時にガレージクーペで製作した数少ないうちの残りを手に入れている。

バックミラーの固定方法に注目。

こうして精密機械のようなエンジンを楽しんでこられたが、やはり28年も乗っているとトラブルと無縁ではいられない。クランクのメインベアリングを交換することになったほか、キャブレターのオーバーホールやワンウェイクラッチの修理など、数多くの整備や修理を繰り返してきた。作業はガレージクーペだけでなく近所の整備工場に依頼することも多いそうで、やはり近くに主治医がいなければ旧車を維持するのは難しいことだろう。

全幅が狭いため室内もタイト。シートはホールド性が高い。

興味深いのがフロントブレーキ。S600は全輪ドラムブレーキの仕様であり、ホンダSでフロントディスクブレーキを装備するのは最終型のS800Mだけ。それなのに藤村さんのS600はフロントがディスクになっている。聞けばホンダの軽自動車用ディスクキャリパー&ローターがブラケットを介することで装着可能なんだとか。他車流用も国産旧車を維持するうえで大事な情報となり、性能向上にもつながるケースも多い。ちなみに購入先であるガレージクーペは店主が高齢のため新規の取り引きはせず、以前から付き合いのある人としかやりとりをしていない模様。今度、国産旧車の購入や維持は難しい時代になりそうだ。

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著者プロフィール

増田満 近影

増田満

小学生時代にスーパーカーブームが巻き起こり後楽園球場へ足を運んだ世代。大学卒業後は自動車雑誌編集部…