WRCでも22BでもWRXですらない…… “じゃない”方のインプレッサ・クーペ「リトナ」を覚えてる?

Photo by NAGAYAMA
スバル・インプレッサといえば日本メーカー初のWRCマニュファクチャラーズタイトル三連覇を成し遂げたWRXがそのイメージの筆頭であることは疑いない。しかし、スバルがカローラクラスの市場に投入するために開発したインプレッサは、WRX以外に様々な派生モデルを展開している。中でもクーペはWRCにおけるワールドラリーカー(WRカー)の活躍と相まって、WRXのイメージをさらに強くし、22B STiバージョンというWRカーレプリカも限定ながら市販されたほど。しかし、その大元になんの変哲もないクーペ「リトナ」の存在があったことを忘れてはならない。今回、そんな影の薄いインプレッサ「リトナ」をスバル大好き自動車ライター・井元貴幸が掘り下げる。
REPORT:井元貴幸(IMOTO Takayuki) PHOTO:MotorFan.jp/SUBARU/TOYOTA/NISSAN/MITSUBISHI 取材協力:@BOXER_GrA_GC8

今なお人気の初代インプレッサ

GC/GF型という形式で呼称される初代インプレッサは、登場から30年以上が経過した現在でも人気が衰えることのない名車として知られる。

1992年にブランニューモデルとして登場した初代インプレッサ。セダンがGC型、ワゴンがGF型。写真はWRX。
WRC投入を念頭に置いたWRXは当初セダンのみだったが、1993年にはスポーツワゴンにも設定。

中古車市場でも状態の良いモデルは新車価格を超えるものも数多いことも人気の高さを裏付けている。初期モデルから最終型まで、2.0L水平対向4気筒DOHCインタークーラー付きターボエンジンにフルタイムAWDを組み合わせた高い戦闘力をもつWRXシリーズが人気の中心だが、インプレッサは、歴代を通しスポーツモデルという側面の他に、実用車としての一面もあり、経済性に優れた低排気量の自然吸気モデルもラインアップされていた。

WRXはある意味イレギュラーな存在。トップモデルはセダン、ワゴンともに1.8L自然吸気エンジンを搭載するHX系だった。

特に95年から追加された水平対向4気筒1.5L自然吸気エンジンを搭載するスポーツワゴンC’zは新車価格が130万円台~(97年の改良時には120万円台に!)と、当時の軽自動車並みの価格設定により爆発的な人気モデルとなった。

インプレッサ・スポーツワゴンC’z

スポーツモデルの最高峰であるWRXシリーズから、リーズナブルなプライスで若年層にも新車を手に入れる喜びを与えた実用重視のスポーツワゴンまで幅広くモデル展開をしていた初代インプレッサだが、WRCでも活躍した2ドアクーペモデルの存在も忘れてはならない。

インプレッサWRXはWRCと共にあり

WRCデビュー時は改造範囲が市販車に近いグループAカテゴリーにWRXセダンで参戦していたが、マニュファクチャラーチャンピオンとドライバーズチャンピオンのWタイトルを獲得した1995年に続き、1997年からはより改造範囲の広いWRカークラスでの参戦となったインプレッサは、戦闘力の高い2ドアクーペボディにスイッチした。

1997年からスタートしたWRカー規定によりクーペボディとなったインプレッサWRC97。

グラマラスなフェンダーなどは、のちにデビューする限定車インプレッサ22B STiバージョンでも忠実に再現された。また、22Bがデビューする前年に発売を開始したインプレッサWRX タイプR STiバージョンも不動の人気モデルとして現在の中古車市場でも高値で取引されている。

インプレッサ22B STiバージョン
インプレッサWRX タイプR STiバージョン

しかし、この2台のロードゴーイングモデルとWRカーというGC型インプレッサを象徴するクーペの陰に「リトナ」と呼ばれるモデルが存在したことをご存じだろうか?

インプレッサ・リトナ。写真は1.5Lモデルで、バンパーにフォグランプが無く、スチールホイール+ホイールカバー。

ハイパワーターボ+4WDという高い戦闘力をもつWRXとは対極の1.5L SOHC自然吸気エンジン(FF)と1.6L SOHC自然吸気エンジン(AWD)の実に地味な実用エンジンが搭載されていたモデルだ。元々輸出仕様として2ドアクーペは存在しており、リトナは国内仕様としてアレンジしたもの。ちなみに輸出仕様は1.8L、2.2L、2.5Lが設定されており、いずれも自然吸気のSOHC仕様が搭載されていた。

1990年代に各社がラインナップした「セクレタリーカー」とは?

海外ではセクレタリーカー(秘書のクルマ)というジャンルが、働く女性が通勤に使用するクルマとして人気が高まり、スポーツモデルではないおしゃれなクーペが一時ブームとなった。国内でも同様のコンセプトであるトヨタ・サイノスや日産NXクーペなどが続々とリリースされていた。

1990年に発売された日産NXクーペ。サニーRZ-1やパルサーエクサの後継となるモデルで、日産デザインセンターインターナショナルによるスタイルが特徴的。1995年に1世代限りで終了。
ターセル/コルサ/カローラIIベースのクーペがサイノス。1991年に登場し、1995年に2代目(写真)にモデルチェンジ。コンバーチブルも設定して1999年まで販売された。

この2台はベース車こそあるものの純然たるオリジナルのクーペとしてデザインされているが、一方で往年の2ドアセダンとも言える、セダンを2ドア化したモデルもセクレタリーカー市場に投入されている。リトナはそんなモデルの1台だった。

1993年に登場した8代目サニー(B14)には、1994年にNXクーペの後継となるクーペモデル「ルキノ」を追加。1997年のマイナーチェンジでハイパフォーマンスモデルVZ-Rが設定された。
ホンダも1991年デビューの5代目シビック(EG)で、アメリカで開発・生産したクーペ(EJ)を1993年に追加。SOHC+4速ATのみで、ハッチバックやフェリオ(セダン)のように走り志向のSiRは設定されなかった(マイナーチェンジで5速MTは追加)。
三菱は4代目ミラージュにクーペモデル「アスティ」を設定(写真)。5代目にも受け継がれた。ハイパフォーマンスモデルに加え、競技ベースグレードを設定しており、ハッチバックと合わせて各種競技で活躍している。

軽く安くシンプルがリトナの魅力

取材車のリトナは1.6LのMT。

■メカニズム
リトナは1.5LのMTモデルでは車重がわずか1020kg!1.6Lの4ATでも1120kgという軽さが特徴だ。
1.5LエンジンのEJ15は97ps、1.6LのEJ16でも100psというお世辞にも十分とは言えないアンダーパワーのエンジンでも、軽さを武器にMTであれば意外と軽快に走ることが可能だ。

1.6L水平対向4気筒SOHC16バルブエンジンは100ps/6000rpm・14.1kgm/4500rpmというスペック。

また、1.6Lモデルは全車AWDとなるが、MT車ではインプレッサシリーズ唯一のパートタイム式という点も面白い(AT車はフルタイムAWD)。そして、1.5LのMT車では車両本体価格がインプレッサシリーズで最もリーズナブルな110万円台という点も見逃せない。

シフトレバー頭頂部に4WD切り替えスイッチがある。
リヤデフが4WDの証。

■エクステリア
エクステリアはセダンやスポーツワゴンのNAグレードと同一のオーソドックスなバンパーに控えめな形状のリヤスポイラー(ディーラー装着オプション)という出で立ちで、WRX系と比べるとシンプルな佇まいだ。

インプレッサ・リトナ1.6(MT)。
バンパーにはフォグランプが備わる。
純正アルミホイールを装着。
リヤスポイラーはディーラーオプション。

■インテリア
インテリアはWRX系とインパネやダッシュボード形状こそ同一ながら、マニュアル式のエアコンや白色指針のメーターパネルなど、廉価モデルっぽさも随所に見受けられる。

インプレッサ・リトナのインテリア。取材車のシートはWRX系に交換されているが、それ以外はノーマルを維持している。
上からエアコン吹き出し口、操作パネル、格納式ドリンクホルダー、オーディオ(2DINスペース)、シガーソケット&灰皿、収納スペースと並ぶセンターコンソール。ダイヤル式のエアコンは操作性に定評があった。
シンプルで視認性の良いメーターパネル。左から燃料計、速度計、回転計、水温計の4眼。タコメーターは6250rpmあたりからレッドゾーンとなっており、あまり回すタイプのエンジンではない。

価格帯を考えると致し方ないとは思うが、女性向けというコンセプトでありながら、サンバイザーのバニティミラーがなかったり、センターコンソールボックスが省略されていたりするなど惜しい点も散見される。

ドアポケットは無くネットが設置される。取材車は経年によりすっかり垂れ下がっていた。
センターコンソールボックスは無く、コインホルダーと浅めの収納スペースがあるのみ。

前述のスポーツワゴンC’zが120万円台であったことを考えると、若い世代にもっと売れていてもよかったのでは?と思わせる価格設定だ。それでも当時はステーションワゴンをはじめとしたRVブームであったこともあり、積載性や利便性を兼ね備えるスポーツワゴンを+10万円で買えるならそちらを選んでしまう心理もうなずける。

ショーモデルで消えた幻のオープンカー

そして、こうしたセクレタリークーペは、リトナに限らず他社のモデルでも、あまりに凡庸なパワートレーンであったことが災いし、クーペ=スポーツモデルという定番の形態から外れたパッケージングは国内では大ヒットとはならず、リトナも登場からわずか1年で姿を消してしまった。

トランク左端に貼られるリトナのステッカー

ただ、唯一惜しむらくは、1995年の第31回東京モーターショーでリトナをベースとしたオペレッタという2ドアオープンモデルが参考出品され、電動ソフトトップや真っ赤なボディにアイボリー内装というセンスの良さなど、その完成度の高さに発売を期待したものの、ベースモデルの販売不振もあってか市販化には至らなかった。

インプレッサ・カブリオレ「オペレッタ」

それでも、インプレッサシリーズにクーペボディを設定したことで、WRカーやWRXタイプR、22Bといった名車たちを生み出すきっかけとなった功績は大きい。

車名・グレードインプレッサ・リトナ
(1.5)
インプレッサ・リトナ
(1.6)
インプレッサWRXセダン
(参考)
型式GC1GC4GC8
全長4350mm4350mm4340mm
全幅1690mm1690mm1690mm
全高1405mm1415mm1405mm
ホイールベース2520mm2520mm2520mm
車両重量MT:1020kg
AT:1060kg
MT:1080kg
AT:1120kg
1220kg
エンジンEJ15型
水平対向4気筒SOHC16バルブ
EJ16型
水平対向4気筒SOHC16バルブ
EJ20型
水平対向4気筒DOHC16バルブ
インタークーラーターボ
排気量1493cc1597cc1994cc
最大出力97ps/6000rpm100ps/6000rpm240ps/6000rpm
最大トルク13.2kgm/4500rpm14.1kgm/4500rpm31.0kgm/5000rpm
タンク容量(燃料)50L(レギュラー)50L(レギュラー)60L(ハイオク)
トランスミッション5速MT/4速AT5速MT/4速AT5速MT
駆動方式FFMT :パートタイム4WD
AT:フルタイム4WD
フルタイム4WD
サスペンション前:マクファーソンストラット
後:デュアルリンクストラット
前:マクファーソンストラット
後:デュアルリンクストラット
前:マクファーソンストラット
後:デュアルリンクストラット
ブレーキ前:ベンチレーテッドディスク
後:ドラム
前:ベンチレーテッドディスク
後:ドラム
前後:ベンチレーテッドディスク
タイヤサイズ165SR13165SR13205/55R15
最小回転半径5.1m5.1m5.2m
価格MT:119万8000円
AT:129万1000円
MT:136万円
AT:148万3000円
229万8000円
リトナは1995年モデル、WRXは1992年モデルの諸元

キーワードで検索する

著者プロフィール

井元 貴幸 近影

井元 貴幸

母親いわくママと発した次の言葉はパパではなくブーブだったという生まれながらのクルマ好き。中学生の時…