WRCを走ったインプレッサWRXを運転した! カルロス・サインツがドライブした本物のプロドライブ製グループAマシンです!!

MotorFan.jp恒例の年末年始企画『2023年、今年のクルマこの1台』! 今年もモータージャーナリストやライターなど、MotorFan.jpで活躍する執筆陣が、それぞれ「これだ!」という1台を選びます。自他ともに認めるスバオタ、"いもっち"こと井元貴幸氏が選んだのは、なんとホンモノのグループAラリーカー!
PHOTO:MotorFan.jp/STI/SUBARU

往年のWRCマシンで1990年代の世界を感じる
prodrive Gr.A GC8 PRO94.014 L555RE

今年の1台といえば、10月にスバル車の世界的コレクターとして界隈で有名な@BOXER_GrA_GC8さんのご好意で、ステアリングを握らせていただいた「prodrive Gr.A GC8 PRO94.014 L555REP」
これまで職業柄様々な競技車両に乗せていただいたことがあるが、このインパクトはとにかく強烈だった。

prodrive Gr.A GC8 PRO94.014 L555REのゼッケンは1994年WRC第7戦ニュージーランドラリーのゼッケン6はカルロス・サインツ/ルイス・モヤ車だが、足回りは17インチのターマック仕様になっている。

WRCのグループAは、1986年まで過度なパワー競争を繰り広げてきたグループBの廃止に伴い、1987年からトップカテゴリーへ昇格した。マシンとしては、WRC史上でも最後の市販車に近いレギュレーションで、ボディ形状やサスペンション形式、エンジン内部の変更が禁止されている。ゆえにそのエクステリアは、カラーリングを除けば街中を走るクルマとほとんど変わらない装いだ。そこが魅力の一つといえる。

『ジャパンモビリティショー2023』で開催されたレプリカカーの祭典『コンソルソ・ディ・レプリカカー』にも多数のグループAラリーカーのレプリカが集まった。外観がほとんど市販車のままのグループAマシンはレプリカしやすい。

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今回紹介するprodrive Gr.A GC8 PRO94.014 L555REPは、初代インプレッサ(GC8型)をベースに、スバルワークスマシンとしてプロドライブが製作した1台だ。実戦では1994年に使用された個体で、カルロス・サインツがドライブした車両と言われている。この貴重なマシンを目にするだけではなく、なんと運転までさせていただけるのはオーナーのBOXERさんと長きにわたり好意にさせていただいているおかげだ。

1994年のWRC(世界ラリー選手権)第7戦ニュージーランドラリーのカルロス・サインツ車。グラベルラリー用の15インチを履いているのがわかる。同ラリーでは同じマシンに乗るコリン・マクレー/デレック・リンガーが前年の初優勝に続き勝利を飾る一方、サインツはエンジントラブルで早々にリタイヤしている。

いもっち、思春期にスバル愛をこじらせる

筆者はスバルに目覚めたきっかけが中学生時代にテレビのドキュメンタリー番組で目にした初代レガシィの10万キロ世界速度記録によるものだが、それがきっかけでスバルにのめり込み、WRCにハマるまでさほど時間はかからなかった。

レガシィのデビューに華を添えた10万キロ世界速度記録への挑戦。1989年1月21日に記録は達成された。

特に憧れのレガシィツーリングワゴン(BG型)を手に入れた1995年は、スバル初のマニュファクチャラーチャンピオンと、ドライバーであるコリンマクレーのドライバーズチャンピオンというWタイトルに歓喜。それまで陰ながら応援してきたスバルが世界一になったことはとてつもない大きな喜びだったった。

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筆者がWRCに興味を持ち始めたころは初代レガシィ(BC型)がワークスマシンとして活躍。1993年には初優勝という輝かしい成績を残し、インプレッサへとバトンタッチ。レガシィよりもコンパクトなインプレッサは1993年の1000湖ラリーでセンセーショナルにデビュー。1995年、1996年と連続マニュファクチャラーズタイトルを獲得した。ちなみに1997年もスバルはマニュファクチャラータイトルを獲得しているが、この年から導入されたワールドラリーカー規定による2ドアモデルであった。

1993年のニュージーランドラリーで、スバル、レガシィ、マクレーはそれぞれ悲願のWRC初優勝を成し遂げた。
熟成成ったインプレッサWRXは1995年と1996年のWRCマニュファクチャラーズタイトルを連覇。1995年はマクレーがドライバーズタイトルも獲りダブルタイトル。
ワールドラリーカー規定で開発されたインプレッサWRCを投入した1997年もマニュファクチャラーズタイトルを守り、日本メーカー初の三連覇を達成した。

まずは現役ラリードライバーの同乗走行を体験

さて、当時はブラウン管の向こう側で世界一を競っていたインプレッサのグループAマシンに、まさか自分がステアリングを握ることができるなど、思いもよらない経験だったのだが、目の前で見るラリーカーはとても20年近く前のマシンとは思えないほど強烈なオーラを放っていた。まずは、ラリージャパンや全日本ラリーでも活躍中の新井大輝選手にドライブしてもらい、助手席に同乗することとした。

prodrive Gr.A GC8 PRO94.014 L555REの助手席に収まるいもっち。奥はドライブした新井大輝選手。

走行会が開催された群馬サイクルスポーツセンター(以下群サイ)は、タイトなコーナーが連続する舗装路。さながらツールドコルスを思わせるオールターマックのコースだ。
実際、大輝選手は群サイでの走行経験も多く、ラリーイベントなどが開催された実績もある場所柄、かなりのハイスピードでの走行は、当時のオンボード映像を彷彿とさせた。

ナビシートに座って真っ先に感じたのは、強烈な加速Gと減速Gは現代の競技車両に同乗した際に感じたことのない強烈な物だった。
真っ先に感じたのは、この状況下でペースノートを読むことができるコ・ドライバーのすごさ! 競技用のフルバケットシートとハーネスでがっちり固定されていても、ノートを読むどころか両足を踏ん張っていることが精いっぱいの筆者には超人技としか思えない。

現役ラリードライバー・新井大輝選手にる同乗走行は異次元の体験。

しかも、大輝選手の表情を見ると、笑顔で話しながらドライブしているではないか!ということは全開走行ではなく、マージンを取った”遊覧走行”なのである。世界選手権を戦うマシンと、現役プロドライバーの組み合わせ恐るべしである。

マージン十分のデモランとはいえなかなかのスピードで駆け抜けていく新井大輝選手。

いよいよ自分でステアリングを握る! グループAマシンを動かせるか?

数周の周回の後、大輝選手と交代。恥ずかしながらエンジンのかけ方がわからず、助手席からレクチャーを受けるも、航空機のコックピットかと思うほどの膨大なスイッチ類を前に、これ押して、次にこれ押して、ここを押せばかかりますと言われても、どこを押したのか分からなくなるほど(笑)

prodrive Gr.A GC8 PRO94.014 L555REのコックピット。なんとなく面影を残すダッシュボードやメーターナセル以外は市販車とは全く異なるレイアウト。

何とか始動して、ギアを1速に入れる。Hパターンのドグミッションは”ガチャン”というラリーで聞きなれた音と共に、軽い振動が伝わる。恐る恐るクラッチをミートすると、驚くほど簡単にマシンが動き出す。WRCマシンだからと身構えていたが、拍子抜けするほど乗りやすく、マニュアル車を運転してことがある人であれば誰でも動かせるのではないか?と思うほどイージーだ。

いよいよprodrive Gr.A GC8 PRO94.014 L555REの運転席へ。助手席には新井大輝選手が座り、いもっちにグループAマシンのドライビングを伝授。

走り出してからの変速も一般的なマニュアル車と何ら変わらないのだが、唯一、シフトストロークが恐ろしく短く、3速に入れたつもりが5速だったという痛恨のミスをしてしまう。それでも気を取り直して、軽いブリッピングをしてから2速に入れると、ハーフスロットルでも恐ろしいほどの加速をする。

prodrive Gr.A GC8 PRO94.014 L555REを操りコースインするいもっち。

パワー感的には200ps後半くらいのフィーリングだが、とにかく車体が恐ろしく軽く感じるため、市販車のGC型インプレッサよりもさらに荒々しい加速をする。それでも貴重な借り物のクルマなので、極力セーブした走行は、傍から見たら大輝選手の走りの後だと止まっているように見えたかもしれない。

群サイを駆け抜けるいもっちがドライブするprodrive Gr.A GC8 PRO94.014 L555RE。

コーナーが迫ってくると、大きめのブレーキペダルを思い切り踏むが、市販車と違い倍力装置のついていないラリーカーでは、初期制動は穏やかだが踏み込んだ分だけ制動力が立ち上がり、慣れていれば非常にコントロールしやすい。プロドライバーはこれを左足で繊細にコントロールする。

いもっちのドライブ。サイドターンを使わないとタイトターンは厳しいか。
一方、新井大輝選手はサイドターンを使って小さくまわっている。タイヤもカウンターを当てている角度に。

きっちり減速してステアリングを切り込むと、まるでコマのようにくるりと向きを変える。タイヤのグリップ力によるものも大きいが、クイックなステアリングはタイトなコーナーほど気持ちよい!大輝選手のように、サイドターンをすることはなかったが、それでも旋回性能の高さは体感できた。

試乗を終えたいもっち。

パッと見た感じは市販車両と大きく変わらないグループAマシンだが、実際にドライブしてみると、軽さが際立つ気持ちの良いクルマだった。何より、世界選手権のモータースポーツといえばF1とWRCくらいしか存在しなかった時代に、スバルが名だたるライバルと切磋琢磨して戦ったマシンに乗れたことだけで感無量であった。

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著者プロフィール

井元 貴幸 近影

井元 貴幸

母親いわくママと発した次の言葉はパパではなくブーブだったという生まれながらのクルマ好き。中学生の時…