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ドイツ自動車産業の苦境の原因は中国
ドイツOEMが発表した2024年決算(年間)から営業利益の前年比増減を見ると、VW(フォルクスワーゲン)グループ全体で15%減、そのなかでアウディは38%減、ポルシェは23%減、BMWは35%減である。メルセデス・ベンツは最終利益が28%減。どこも厳しい。
OEMの営業利益とは、本業である自動車の生産・販売によって得た利益を指す。金融取引や土地・資産の売却益は含まれない。営業利益の減少は、言い換えれば「自動車を造って売るためのコストが上昇した」ということだ。
ドイツOEM各社は昨年、中国での販売台数が減った。その理由は中国製BEV(バッテリー電気自動車)が売れたこと、中国の景気後退によって割高なドイツ車が敬遠されたこと、低価格モデルは中国車との激しい競争にさらされて値引きが蔓延したこと、だ。製造コストが上昇し小売価格が値上がりしたことも当然、影響しているが、そのコスト上昇分に値引きが重なり、さらに販売台数の苦戦も加わって利益率が下がった。
中国では「ドイツ車は憧れのクルマ」である。その地位は現在も変わらない。しかし、中国の景気が悪化し高額モデルが売れなくなった。同時に中国OEMが「そこそこ」の商品をひっさげて台頭してきた。
電池メーカーである比亜迪(BYD)の子会社、比亜迪汽車(BYDオート)やボルボを買収して子会社化しメルセデス・ベンツの筆頭株主でもある浙江吉利集団、人民解放軍がバックの長城汽車(GWM)、もとはセアト(VWのスペイン子会社)のライセンス生産をしていた奇瑞汽車(Chery)などに加え、家電・スマホ系シャオミ(小米)やソフトウェア会社だったシャオペン(小鵬)など、中国では民営系OEMが勢力を広げ新規参入も相次いだ。その結果、同クラスの外資系モデルよりも安いBEVとPHEVが出揃った。
筆者はこれら中国OEMの市販車を1990年代末からずっと見てきた。中国OEMの製造品質はこの25年で驚くほど良くなった。匂いのキツい接着剤や樹脂は、もうどこも使っていない。ボディパネルは歪んでいない。ドア開口部は見切り(隙間)が上から下まで揃っている。これは2000年ごろにはあり得ないことだった。

2001年の上海車展(上海モーターショー)に吉利が出品した豪情。天津夏利製「シャレード」のコピーで、エンジンはトヨタにライセンス料を支払って5A系を搭載していた。この取材の日に初めて会った吉利の李書福董事長は「自動車を作る」ことに対する情熱がものすごく高かった。

電池メーカーの比亜迪が既存のOEMを買収し、BYDオートとして2005年の上海車展に出品した概念車(コンセプトカー)は、よくもまあこんなものをショーに展示できるな、というレベルだった。BYDオートもこのころはコピー車専門だった。
デザインはもっとも進化した部分だ。欧米OEMやカロッツェリア(イタリアのデザイン工房)に在籍していたデザイナーと日本のデザイン会社を使い始めたのは2002年ごろだったが、BEV時代になり「斬新さ」「いままでのICV(ICE=内燃機関を積むクルマ)との違い」をアピールするデザインが増えた。2000年ごろはまだ海外ブランドの「ものまね」ばかりだったが、現在はITコンシャスな若年層を惹き付けるオリジナリティも見せる。デザインにコストをかけることを中国OEMの経営者が認めた結果だ。
そして、走りの性能も「まあまあ」のレベルに育った。2000年ごろは「真っ直ぐ走らない」中国車は珍しくなかった。しかし、国営OEMは提携先の外資から、民営系OEMは海外商品を分解して図面を起こすリバースエンジニアリング会社から、それぞれ図面と知識を手に入れた。

日本が50年かかった進歩を中国は20年で成し遂げた。そんな印象だ。
一方、中国の自動車ユーザーにとってドイツ車は、「目と耳で情報を仕入れ続けた憧れ」である。中国のサーキットで中国メディアの記者や中国の研究者、大学教授などと一緒に試乗しても、観察している内容は筆者とかなり違うし、彼らが求めている「クルマ像」は欧州とはかなり違うと認識する。
理由はどこにあるのだろうかと考えると、まずは中国モータリゼーションの歴史の浅さだ。日本は国内OEMの勃興より早い時期に裕福な好事家が自動車文化を輸入した。一方、中国では一般人民の個人所有自動車は認められず、国営企業が国産化を進めるために国家が「国内生産ありき」で自動車産業を輸入した。ここが大きく違う。
いま、中国OEMは中国人ユーザーの好みをよく知っている。だから「売れる」商品を作る。外資の手を借りなくても自動車を作れるようになった。同時に、自動車購入層が拡大すればするほど、ドイツ車に憧れている人は減る。
「クルマはアクセルペダルを踏んで前に走れば何でもいい」という層が買う中国国産車は、2003年ごろは7万人民元程度だったが、現在は4万元以下で手に入る。中国で「A00級」と呼ばれる小さなクルマ、日本の軽自動車に相当するクルマであり、この中に日本でも有名になった格安BEV「宏光MINI」がある。現在、A00級はすべてBEVである。
自動車が身近になり、自分の収入で買えるモデルの中にもそこそこ魅力的な商品が出てきた。この事実が内陸部の農村や中小都市にクルマを広めた原動力である。もちろん外国の有名ブランドに憧れている人は依然として多い。しかし、20年ほど前に中国のモーターショーで見られた「BMWのカタログを奪い合って来場者同士が喧嘩する」場面などは、もう見なくなった。シャオミや吉利「ZEEKR」のブースに人だかりができるのが、現在の中国だ。


BEVが売れなくなった結果、ドイツはどうなったか?
ドイツ車が全般的に中国で苦戦している一方で、欧州内(EU+EFTA+英国)での販売台数は昨年、VWグループのアウディ、BMWグループのミニ、メルセデスベンツグループのスマートの3ブランドが前年比マイナスだったものの、VW、ポルシェ、BMW、メルセデスベンツなどは前年比プラスだった。それでも営業利益率が下がった。最大の理由はR&D費(研究開発費)の負担増である。
各社ともBEV開発と生産設備に投じた資金が莫大だったうえ、昨年春以降はICV開発を再度テコ入れしなければならなくなり、しかしBEVは思ったほど売れず……という状況である。欧州でもHEVとPHEVが売れているため、この分野に商品を追加しBEVの赤字を埋めなければならないのだ。
ドイツは2023年12月17日でBEV購入者への補助金給付を終了した。車両価格4万ユーロ以下のBEVには4500ユーロ(当時の為替レート、1ユーロ=155.7円で約70万円)、車両価格4〜6.5万ユーロのBEVには3000ユーロ(同約47万円)の補助金が支給されたが、これがゼロになった。本来なら2024年末まで補助金を続けるはずだったが、打ち切った。
補助金がなくなり、ICVより割高なBEVを買う人が激減し、OEMの業績が悪化する。これはドイツだけの現象ではない。かつて中国がNEV(新エネルギー車=BEV/PHEV/FCEV)補助金を終了したときもまったく同じだった。

中国政府はあまりにNEVが売れなくなったことに驚き、補助金を復活させ、税金の減免はずっと続け、昨年はICVからNEVへの買い替え促進のために政府が「NEVだけは頭金ゼロでローンを組んでもいい」と指導した。共産党政権が自らセールスマンになったのだ。しかし、ドイツはそれができなかった。
ドイツでBEVが売れなくなった結果、ドイツのOEMはサプライヤーに対し「すでに発注していた部品開発」の中止や発注部品数の削減、新型車プロジェクトそのものの中止を伝え、これがサプライヤーでの人員削減につながった。
ドイツ最大であり世界最大でもあるロベルト・ボッシュは、昨年02月の段階では「2027年末までに3500人程度の従業員削減」だったが、11月にはこれが「最大5500人」になり、ことし1月の発表では「2024年12月末時点での従業員数は1万1000人減」だった。そして経営トップは「BEV技術はしばらくの間停滞が続くだろう」と語った。
ドイツでも世界でもボッシュに次ぐ2位のZFフリードリヒスハーフェンは「BEV駆動系部門を中心に2028年までに1万4000人削減」と発表、3位のコンチネンタルは「2026年ごろまでに1750人削減」と言い、シェフラーは「4700人を削減」と発表した。

もちろん、OEMでも人員整理はすでに始まっている。VWは昨年12月の労使交渉で工場閉鎖だけは撤回したものの、今後数年で3万5000人を削減することで労組と合意した。アウディはすでに「e-tron」シリーズを生産していたベルギー工場を閉鎖し、英国とドイツで4500人の削減に乗り出した。テスラはドイツの電池工場で3000人を削減すると発表した。
OEMがBEV計画を縮小すればサプライヤーが打撃を受けるのは当たり前のことだ。現在は2030年モデルのための部品開発が始まっているはずの時期だが、計画そのものが中断された例は少なくない。同時に、現行モデルの生産台数縮小のあおりでティア2(2次下請け)やティア3(3次下請け)、さらにその下流の中小企業へと発注減の影響が及んでいる。
ドイツにとって自動車産業は基幹産業でありGDPの約5%を担う。そこにはVWグループ、メルセデスベンツ・グループといった老舗OEMのほかボッシュ、ZF、コンチネンタルといった世界的にも大手のメガサプライヤーがいる。しかし、絶対的な企業数と従業員数で見ればティア3以下の中小企業が圧倒的に多い。「クルマが売れない」となると、中小企業へのダメージが大きくなる。これは日本も同じだ。
自動車が「約3万点の部品で構成される」と言われたのは20年前であり、現在はもっと多い。とくに電子部品が増えた。電気回路内の抵抗やコンデンサー、ICまで含めれば5万点以上になるだろう。
OEMはボッシュやZFのようなティア1から部品・ユニットを買う。その点数だけを見れば減っている。「部品の一体化とユニット化」が進んだ結果だ。同時にICVに比べればBEVはさらに部品点数が少ない。しかし、OEMが「1」と数えるユニットには数十あるいは1000個以上の部品が内蔵されている。ドイツでは、性急すぎたEUのBEV推進計画とICVへの投資削減で、これら「小さな部品」の製造元が打撃を喰らった。
ピラミッドの底辺が少しずつ崩れれば、そのうち全体が傾きかねない。そうした危険領域にドイツの自動車産業は近付きつつある。2020年から2023年までのコロナ禍で、ドイツ自動車産業ではすでに5万人の雇用が失われた。OEMとティア1以上に、ティア2以下が疲弊した。これが現実である。