中国製BEVの国際競争力・3 中国の格安EVの実力は?

中国の格安ベスセラーEV「宏光MINI」の中身 中国自動車産業の実力は?

上海通用五菱汽車製の「宏光MINI」
昨年(2021年)の中国自動車市場でもっとも販売台数が多かったBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル=バッテリー充電式電気自動車)は、日本円で50万円を切る格安グレードを持つ上海通用五菱汽車製の「宏光MINI」だった。乗用車市場信息聯席会(乗聯会)まとめの販売台数は39.5万台で、2位テスラ「モデルY」の16.9万台を大きく上回った。一体どんなクルマなのか。バラバラに分解された「宏光MINI」を観察した。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

全バラにして見てわかる中身

全バラ状態の「宏光MINI」。この話題のBEVは横浜税関だけでもすでに約100台の通関記録があるが、ナンバーを取得した例はない。筆者の印象は「思い切りやすく作った三菱i-MiEV」だ。三菱「i」も、かつてのスバル・オリジナルのRR「サンバー」も、とても良くできた軽自動車だった。RRには再考の余地があると思う。

合理的というか割り切っているというか、「「宏光MINI(発音はホンガンに近い)」日本車では見られない設計だった。エンジニアリング会社による同車の分解レポートはいろいろと見てきたが、今回、三洋貿易の協力を得て「部品」になった姿を取材させてもらった。三洋貿易は設計データの可視化などベンチマーキング・ビジネスを行なう米・Caresoft(ケアソフト)の日本代理店である。「宏光MINI」を構成する部品ひとつひとつの「出来具合い」は、非常に興味深かった。

2000年代前半は、中国の地方都市を取材で訪れると3輪または4輪の簡素なBEVをたまに見かけた。通常のICE(内燃機関)を積むクルマからICEの駆動系を下ろし、電気モーターと鉛酸電池を積んでBEVに改造したものだった。モノや人を運べればいいという出来だったので、中国政府は「みすぼらしいクルマ」として一掃しようとしていたが、ガソリンスタンドというインフラのない場所では重宝された。電気インフラの網の目のほうがガソリンスタンドよりも広く、かなり細かかった。

当時の中国国産乗用車の多くは、国営メーカーが外資メーカーから設計を「タダでもらった」ものだった。販売現場を取材すると「7万元以下のモデルは、クルマへのこだわりや興味のない人が選ぶ、どうでもいい商品」と呼ばれていた。あれから約20年。中国の自動車市場は規模で10倍になった。同時に「どうでもいい商品」は、すでに生産設備の償却を終えた4万元以下の旧車種、国営勢がいまだに作り続けている化石化した「元日本車」「元ドイツ車」と地方メーカーの廉価車になった。

最安グレードの「宏光MINI」は頒価3万元(1人民元=19.8円換算で59.4万円)を下回る。しかし、必ずしも「どうでもいい商品」という扱いは受けていない。NEV(ニュー・エナジー・ビークル=中国では新能源車と呼ぶ)に分類されるカテゴリーはBEV、PHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)、FCEV(フューエル・セル・エレクトリック・ビークル=燃料電池電気自動車)であり、大都市ではナンバーを取得しやすかったり都市中心部への乗り入れ規制対象外だったりという恩典のため、必要に駆られて買っている人たちがいた。上海通用五菱は宝駿(バオジュン)ブランドから安価な小型BEV「E100」を2017年に発売、その宏光(ホンガン)版が「宏光MINI」である。

「NEVのナンバー取得優遇の旨味は徐々に減っている」と、筆者と旧知の中国メディア記者は言う。同時に、中国政府がNEVメーカーに支払う補助金(中国では購入者に対してではなく製造者に対して補助金が交付される)も減った。NEV購入者は「補助金のおかげで安くなっているという感覚はほとんどない」という。また、購入動向調査の結果からは「BEVに乗りたい」のではなく、予算と中身から選んだクルマが「たまたまBEVだった」という点も読み取れる。

一方、中国の自動車メーカーは「見様見真似」ながら技術力を身につけた。設計委託していたエンジニアリング会社、部品メーカー、製造現場で指導していた日本人技術者などが「言っていたこと」を理解できるようになり、商品は技術的に洗練されてきた。新しい部品や機能に対する興味を経営陣が積極的に抱き、他社よりも先に新しいものを使うという意欲は極めて高い。ここがいまの日本との最大の違いである。日本の経営陣は「コストをかけることは悪」という思考に凝り固まってしまった。

上海通用五菱は、米・GM(通用と書いてゼネラルの意味)、GMと合弁を展開する上海汽車集団、広西汽車集団による3者合弁である。もともと「宏光」は、元は韓国のGMコリア、その後GMから独立したのちに経営破綻し、ふたたびGMが買収したGM大宇自動車技術の設計を使ったモデルへの命名だった。BEVになって生まれた名前ではない。すでに商用車ブランドしての信頼を中国市場で得ている。

大宇自動車は一時期、ホンダとスズキから技術供与を受けていた。90年にホンダと業務提携し2代目ホンダ・レジェンドを大宇「アルカディア(表記はArcadiaだが韓国ではアカディアと発音された)」としてライセンス生産し、同じ大宇財閥内の大宇造船は91年にスズキから3代目アルトの設計提供を受け大宇「ティコ」として生産していた。

このホンダ、スズキとの業務提携は、1983年にGMコリアから大宇自動車へと社名変更して以降もGMとの提携は続いたため、GM仲介で決まったものだった。最盛期の大宇自動車は、グループを率いた金宇中会長が「必要な技術はお金を払って買ってくる」と豪語し、英国のデザイン会社IADなども買収した。破綻後の大宇自動車を買収したGMはホンダやスズキの製造図面を手にした。スズキはGMグループだったが、製造図面(設計図面を生産現場が手直ししたもの)まではGMも持っていなかった。現在の「宏光MINI」は、こうした過去の流れと無縁ではないだろう。

アルトやi-MiEVを参考に開発された

フロントバルクヘッド周辺。横方向の補強材はバルクヘッドと接合して四角い閉断面になるクロスメンバーだけ。黒いステアリングハンガーはパイプ材で、左右Aピラー根元にブラケットを介して「メガネ留め」されている。インナーパネルはなるべく面積を大きくし、面強度はほぼ凹凸の成型だけで得ている印象だ。

「宏光MINI」は全長2920mm×全幅1493mm×全高1621mm、ホイールベース1940mm。三洋貿易が購入し分解した「マカロン」仕様は電池搭載量の多い上級仕様なので車両重量は約700kg。このサイズのクルマだと、日本のメーカーならFF(フロントエンジン・フロント)を選ぶだろう。しかし「宏光MINI」は後軸と平行に電動モーターを置き、同社の商用車シリーズ同様のリジッド(固定)アクスル式後輪駆動、RR(リヤエンジン・リヤドライブ)だ。

しかも、モーター出力を90度ひねって車両中心線と平行に出力軸を後方に出し、その先のデファレンシャルギヤに入れ、デフ一体の最終減速ギヤでもう一度90度ひねって後軸を駆動している。90度直交の方向転換ギヤを使うと、この部分だけで動力伝達ロスは約3〜4%と言われる。2個使えば6〜8%のロスになる。モーターを縦置きにして90度方向転換1回にするレイアウトにしなかった理由は何だろうか。

単純に「空きスペース」にモーターを収容するなら、縦置きでも大丈夫なくらいの空間がボディ下にはある。ただし、後軸と平行にモーターを置き、後軸と一緒に吊り下げるほうが駆動系マウンティングとしては楽だろう。あるいは、駆動軸をリジッドにしたかったのか。宏光ブランドの商用車はリヤサスペンションがリジッドである。

RRという駆動系配置のため車体前方に重たいICE+変速機がなく、衝突時にICE+変速機が車室方向に突進してくることがないため、ボディ側の前面衝突対策は楽になる。「宏光MINI」では、バルクヘッド(車室隔壁)の乗員ひざの高さ付近に横方向の補強材(クロスメンバー)が1本入っているだけだ。ボディはほとんどの部位が軟鋼製であり、せいぜい引っ張り強度590MPa級ではないだろうか。

分解されたシートを見ると、座席フレームは小さい。ただし、想像したよりは丈夫に作られている。座ってみると、座面の横幅寸法はとても大人の体型を保持できるものではなく、「シートフレームの上に座っている」ような感じだ。しかし、短時間なら不愉快ではない。いっぽう後部座席は「駅まで乗せて行って」と声をかけるのもためらう狭さだ。筆者が前席で運転姿勢を取れる位置にシートスライドを合わせ、そのまま後席に移動すると(これが大変だった)、ヒザは完全に前席の背もたれに当たる。「10分ガマン」がせいぜいだ。

フロントストラット、ハブ、ハブキャリア、ロワーアーム、コラムアシスト式電動パワーステアリング、ステアリングラックなどのパーツ。重量とコストの削り方は日本の軽自動車に似ている。ただし小型化できないパーツも多いという印象だ。
リヤアクスル、デフ、最終減ギヤ、出力90度方向転換用のパーツ(手前)など。機能に徹したシンプルな作りである。この仕様の電費は9.3kWh/100kmとの表示。つまり10.75km/kWh。モーター出力は20kW、公称航続距離は170km(NEDCに近い中国モード)。燃費換算だと90km/Lになる。(これらは車両付属書類への記載事項)

運転した印象は?

運転した印象は、思いのほか素直だった。筆者が以前試乗した「宝駿E100」よりずっと素直だった。時期を前後して、異なるグレードの「宏光MINI」2台に乗る機会があったが、印象はほとんど同じだった。前後軸間(ホイールベース)が短いクルマは発進・加速・ブレーキ時に前後方向の揺れ(ピッチング挙動)が出やすいと言われる。サスペンションのエキスパート諸氏は「そんなものはただの言い訳であり、ホイールベースとトレッドの比率はピッチング挙動には関係ない。ピッチングセンターをホイールベースの外に追いやればいいだけの話」とおっしゃる。「宏光MINI」はタイヤが直径12インチと小さいことも手伝ってだろうか、思ったほどピッチングは出ない。

前述のように駆動軸である後軸は左右独立懸架ではないリジッドアクスルであり、横方向のタイヤの位置決めが動かない。後ろのタイヤがしっかり踏ん張っている印象は、リジッドの軽トラックを思い出す。サスペンションのエキスパート諸氏は「サスは上下にだけ動けばいい」とおっしゃる。

全体の印象で言えば、安く作る勘所を押さえた「宏光NIMI」である。以前、上海通用五菱は日本の軽自動車を詳細に調査した。この会社に「スズキ・アルトを分解してみなさい」とアドバイスしたのは、日本のサプライヤーだった。聞くところでは、三菱「i-MiEV」も調査したらしい。「頒価なり」にコストを抑えながらも安さのボロが出にくい「宏光MINI」の設計は、どんな人が中心だったのか。

ただし、一般公道へ出て50km/hで走るのは少々ためらう。エアバッグなし。衝突時に潰れて衝撃吸収してくれるコラプシブルステアリングなし。ボディの耐衝撃性能は未知数。中国にも国としての衝突安全基準はあるが、実際の試験現場が試験要領を守っているかどうかが不透明だ。「試験温度バラバラ」「測定器とダミーのキャリブレーションもいい加減」といった試験現場についての話を筆者はいくつも聞いている。最初に中国での衝突実験を指導したのはJARIなど日本のスタッフだったが……

日本では、軽トラックといえどもきちんと設計され、メーカー各社が定めるさまざまな内規を満たさなければならない。しかし、最廉価版が3万元を切る「宏光MINI」は、端折るところは大胆に端折っている。そして、内外装にコストをかけた上級仕様を女性向けに9万元で売り始めた。この販売拡大手法も大胆だ。

1人民元=19.8円だと14万元は59.4万円。生活感では1人民元=16円代半ばだろうから、16.5円で計算して49.5万円程度。大都市中心部への乗り入れ規制に引っかからないBEVを、この値段で買えればありがたい。ただし、前回お伝えしたように、日本に中国製の共用車を輸入する手段は、現状では手続きが簡素な並行輸入しかない。

それと、果たして衝突安全性が確保されているのかという不安がある。ルノーの小型BEV「ゾエ」は、ユーロNCAPの衝突試験では「星ゼロ」、つまり「評価に値しない」だった。車両重量1563kgの「ゾエ」と700kgの「宏光NIMI」では、軽い「宏光MINI」のほうが圧倒的に衝突試験では有利だが、実際の道路上での衝突は、試験ほど単純ではない。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…