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■角型ヘッドライトのボクシーなセダンに変貌したランサーEX

1979年(昭和54)年3月27日、三菱自動車は小型大衆車として人気を獲得した「ランサー」の2代目となる「ランサーEX」を発表(発売は4月2日)。初代よりも大きく、ボクシーな3ボックスセダンへと変貌したが、後のランエボに繋がるランタボと呼ばれた走り自慢のターボ搭載モデルも追加されて人気を獲得した。

初代ランサーは走りを極めて、WRCで活躍
三菱は、1960年代後半から大衆車市場を席巻していたトヨタ「カローラ」と日産「サニー」に対抗するため、1973年に「ギャラン」よりワンランク下に位置する小型大衆車「ランサー」を投入した。

ランサーは、ロングノーズにショートデッキの落ち着いた雰囲気で、パワートレインは1.2L/1.4L/1.6Lの3種のエンジンと4速および5速MTの組み合わせ、駆動方式はFRだった。

注目を集めたのは、ベースのランサーから8ヶ月遅れで投入された、ラリー参戦を前提に開発された高性能なスポーツグレード「ランサー1600GSR」。エンジンは、1.6L直4 SOHCにストロンバーグツインキャブレターを装着して、最高出力110ps/最大トルク14.2kgmを発揮。車重が825kgと軽量なので、ラリーマシンのベースモデルとして優れた動力性能を発揮した。

WRC(世界ラリー選手権)に参戦したランサーGSRは、すぐにその実力を発揮。発売されたその年の10月、サザンクロスラリーで初参戦ながら1位から4位まで独占して総合優勝。さらに、翌年1974年にはWRCサファリラリーで総合優勝、サザンクロスラリーも連覇。その後、1976年にかけてサザンクロスラリー4連覇、サファリラリー3連覇の偉業を成し遂げた。

WRCを席巻したランサーの名前は世界に轟き、“ラリーの三菱”という称号を獲得したのだ。
サブネームEXを付けた2代目ランサー登場

ランサーは、1979年3月のこの日、初のモデルチェンジで2代目となる「ランサーEX」に移行。EXのサブネームが付いたが、これはEXCEED(卓越した)の略称である。

ランサーEXは、初代よりボディサイズを拡大、好評だったギャランΣを小型化したような角型ライトと角張ったスタイリングが採用された。基本的なデザインは、イタリア人デザイナーのアルド・セッサーノと共同で手掛けたとされている。

パワートレインは、排ガス浄化システムMCA-Jet搭載の最高出力80psを発揮する1.4L直4 SOHC、86psの1.6L直4 SOHCの2種エンジンと4速/5速MTおよび3速ATの組み合わせ、駆動方式は先代同様FRが踏襲された。

車両価格は、標準グレードで85.8万円(1.4L)/98.5万円(1.6L)に設定。当時の大卒初任給は、11万円程度(現在は約23万円)だったので、現在の価値では179万円/206万円に相当する。
ランサーEXは、比較的地味なスタイリングだったが、ボクシーならではの広い室内空間や扱いやすいハンドリング性能が、ファミリーカーとして評価され、大ヒットとはいかないまでも堅調な販売を続けた。
ランエボのご先祖様、ランタボ登場
オーソドックスで地味なイメージのランサーEXだったが、それを覆すスポーツモデル「ランサーEX1800GSRターボ」が1981年に登場した。最高出力135ps/最大トルク20.0kgmを発揮する1.8L直4 SOHCターボエンジンを搭載したモデルだ。

ハイパワーエンジンに専用セッティングの5速MTを組み合わせ、足回りも強化されたEX1800GSRターボは、0-400m加速16.0秒を誇った。ランタボの愛称で呼ばれて、たちまち走り屋たちの絶大な支持を集めるようになった。

そして、1981年には欧州仕様のランサーEX2000ターボをベースにした車両でWRCの舞台に復帰。1982年のアクロポリスでは総合3位に食い込むなど、FRながらアウディ・クアトロなど4WD勢に匹敵する健闘を見せた。しかし、FRで勝利することは難しいことから1983年にWRC参戦を中止した。
1983年には、空冷インタークーラーを装備したターボエンジンが登場し、160ps/22.0kgmまでパワーアップ、これらのハイパワーモデルが後の「ランエボ」のルーツ、ご先祖様的存在となったのだ。

その後1991年に登場した4代目ランサーでランエボが設定され、WRCへの復帰を果たした。そこからのランエボの大活躍は、いうまでもない。

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ラリーで大活躍していた当時の三菱は、エンジンの耐久信頼性の高さから「エンジンの三菱」とも呼ばれていた。ランエボやパジェロが消えて時代は変わり、現在はEVやPHEVといった電動車の開発に大きく舵を取っている。
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