ハンドスロットルとかスロープとかウインチとか、キャンパー系とか、キライじゃないでしょ? 福祉車両の話なんですが……。

「日々、自家用車として福祉車両を使う私」が選ぶ。2021年、印象的だった福祉車両3台

「日々、自家用車として福祉車両を使う私」が選ぶ。2021年、印象的だった福祉車両3台
Motor-Fan.jpのMotor-Fan/Motor-Fan TECH./Motor-Fan Bikes/Web Option/SW DressUp Navi/GENROQ webの各チャンネルを担当する編集者たちが、「個人的な想い」で推す、いまお勧めのクルマ3台をお届けする。第三回となる今朝の担当は、スタイルワゴン・ドレスアップナビのアンカー担当で、トヨタの福祉車両、エスクァイア 車いす仕様車 スロープタイプ1がマイカーの古川。

はじめましての方、お初にお目にかかります、家族に医療ケアが必要な重度障がい児がおり、日々、車いすスロープ車を自家用で使っている古川です。以前の執筆の記事をあたられるならば、ショッピングモールの巨大車いす駐車スペース(https://car.motor-fan.jp/article/10005328)の話などがご覧いただけるかと。

「あ〜、読んだよ」という方、ご無沙汰しております。

執筆当時からちょうど1年前までは、いわゆるフツーのローダウンしたミニバンに、装具としてワンオフカスタムで制作してもらったチャイルドシート(ベッド?)を載せたり、可搬できるスロープ使って子ども用車いす(通称バギー)を乗せ降ろしをする日々。しかしその後、メーカー純正の車いすスロープ車に乗り換えることに。

便利。とても便利。

以前なら、5分かかった乗せ降ろしが、1分台で済む。
乗降時、スロープを出して、バギーを降ろした場所まで含めて、1.5台分くらいの長さ。
使うスペースも短くなって、駐車できる場所が増えた幸せを噛みしめております。

何が嬉しいかといえば、それによって、乗降できる場所やチャンスが増えたこと。近所を2箇所3箇所回るのがラク。

そのあたりの話はいずれどこかでさせていただこうと思っていますが、とにかく福祉車両って便利でありがたい! というのが基本スタンスです。

閑話休題。

さて、今回のお題は「日々、自家用車として福祉車両を使う私」が選ぶ。2021年、印象的だった福祉車両3台
としました。

前置きが長くなりましたが、はじまりはじまり。


走る歓びはバリアなくどんなドライバーも味わえる(ようになる)

国際福祉機器展 H.C.R.2021dで

マツダ MX-30 Self-empowerment Driving Vehicle

1台目は、マツダ MX-30 Self-empowerment Driving Vehicle (以下、MX-30 SeDV)。

今年11月に東京ビッグサイトにて開催された「国際福祉機器展 H.C.R.2021」。その唯一の自動車メーカーリアル出展だった、マツダの1台。現地の展示は、このMX-30のほか、ロードスター、コンパクトな車椅子、そしてシミュレーターなど。

さて、MX-30 SeDV。
そのコンセプトは、「手動運転とペダルによる運転を選択できる、自由な移動をサポートする新たな選択肢」。
足を運転に使いにくいドライバー向けの運転装置を装備し、かつペダルでも操作できるようになっている1台。

といっても、2016年に登場した手動運転装置付きロードスターなど、今までだってそういったクルマはマツダにだって存在していた。

今回のMX-30 SeDVが大きく違うのは、その手動運転のインターフェースを自社製品としたこと。
それは、手動運転装置が大切なドライビングを司るインターフェースとみなしたからで、その操作性を含めた仕上がりが自社の車両の完成形となるため。
大きな変革の時期だからこそ、あえて専門メーカーの手によらず内製とすることで、その開発時にチューニングを密に行なえる環境を作ったということだろう。

なかでも、アクセルペダルの代わりとなるアクセルリング式のスロットルコントローラーは、秀逸な出来だと思えるものだった。

理由は3つ。

その1つ目は、アクセルリングの位置。
ステアリングホイールの内側にステアリングより内径が小さいリングがレイアウトされていて、その位置が良い。ステアリングを握って斜め30度〜45度位に親指を伸ばすと、指の腹がアクセルリングに触れるくらいの感じ。

そこから押し込んでいくと、その2つ目、リングが適度な反力を持ってストロークする良さが感じられる。
それなりに押し込むのに力が要る。だから停止から加速を始める時に、アクセルペダルの操作でいうところのパカッと踏み込んで、急発進気味になってしまうような状況になりにくい。そして、そこから定速での巡行に移ってアクセル一定で走りたいときにも、その反力と押し込んでおく力がほど良いところでバランスするので、一定で走りやすい。そして、それを越えてリングをさらに戻し減速に入るときも、リングの戻りスピードに落ち着きがあるので、急減速になることがなく、速度の微調整が行いやすい。

そして3つ目は走行中、ブレーキング時以外は両手でステアリングを保持できること。手動運転装置の多くが、引いてスロットル、押してブレーキというような、アクセル&ブレーキを一体化させたレバー(既存の社外品でもリングタイプはある)を持っているコトが多く、この場合、巡行時でも片手はレバーを操作していることになる。流れの良い高速道路などでは、ブレーキを使うことも少なく、スロットル操作のみとなるため、ステアリングを両手で握った状態で運転できるということだ。ハンドリングに集中できるということもあるし、上半身を落ち着けて運転できるということもある。

ちなみにレバーを押して操作する仕組みとなっているブレーキも、押すという動作の反力を、肘を支えるような当て板をつけることによって、より正確に力を有効に使えるようになっている。これも制動時のGに耐えるという要素もあるだろうが、肘から腕先、そして肘から肩、その双方の固定をサポートすることで、制動量をコンロールしやすくする意図が感じられる。

無駄なところに力を入れて操作する可能性を減らすということは、リラックスして運転できる、ひいては集中力がアップするということだけに、まさに人馬一体を、クルマにできるだけ正対で向き合って、コントロールさせたいというマツダの意図を感じるもの。

その仕上がりは、展示会場のシミュレーターで実際に体感できた。
初めて使っても、かなり精度よく車速や車両の姿勢をコントロールできるインターフェースの仕上がりだとわかり、この装置が車両に標準装備されていれば、普段、アクセルやブレーキを踏めるドライバーでも、その時の体調や気分で選択し疲労を軽減できる可能性もあるのではないか? と思ったほど(実際に、普段はペダルを踏むドライバーがロングツーリング時の万が一に備えて、後付けの手動ブレーキ・システムを装着したケースを知っている)。
追従クルコンも備えているので、さらにドライビングの仕方の選択肢も増える。

ちなみに、この装置を付けていてもアクセル&ブレーキペダルを使ったドライブも可能。
ロングドライブなどで運転を代わるというのはもちろん、年末にありがちな、行きは自分で運転し、帰りはパートナーに運転をお願いするケース……飲み会への参加。のようなシチュエーションでも威力を発揮しそうだ。

そして、ステアリングに装着したリングによるスロットルコントロールもレバーによるブレーキも、どちらかだけを自車に装備するだけで、「踏み間違い」の原因ともいえる足だけでアクセルとブレーキをコントロールするという操作様式から離れることもできる。実は新しいドライビングスタイルの発芽を見たのでは、とも。そして指先でリニアに速度コントロールできるって、結構快感。

そんなバリアフリー(開放)を広い意味で感じさせる1台だった。

マツダ MX-30 Self-empowerment Driving Vehicle。フリースタイルドアを使って、リアスペースに車いすを収納するという想定もあるとのこと。

しかもこのMX-30 SeDV、12月9日からすでに市販モデルとして予約受注ができるようになった。
マツダのWEBサイトにある特設ページ( https://www.mazda.co.jp/cars/mx-30/grade/sedv/ )にてオンラインで商談ができ、車両とのマッチングなどの相談も行えるというので、ここでもハードルを下げる仕組みができているといえるかもしれない(モノを買うときは対面のほうが安心するという性格は、障がいとは関係なくあるので良し悪し)。


とにかく車内に乗り込め、あとはそれからだ

フジオート ホンダ N-VAN 自操式運転補助装置デモカーの外観。乗降時にはならないレアな全開シーン。

フジオート ホンダ N-VAN 自操式運転補助装置デモカー

次の1台も、「国際福祉機器展 H.C.R.2021」で初展示となったクルマ。
実は出展車両のなかでは、フジオートのこのクルマが一番のトピックだった。

このデモカーも、車いすドライバー向け。
室内で車いすから運転席へ移乗できるクルマというのが開発のスタートラインとのこと。

この車内での移乗というのは、移乗に時間をかけられる、そして雨の日の乗り降りがラクになるというのがいちばん大きなメリット。そして、乗降時の安全性の高さも特筆すべき要素。

さらに、このベース車の場合、全長の短い軽自動車規格のボディと後方からリフトでの乗車の組み合わせとなり、通常の駐車枠プラスアルファでの乗降を可能とするので、駐車場所の選択肢も広がる。
実は大半のケースで、スロープを用いるよりリフトのほうが、乗降時に必要なスペース(主に長さ)が要らないことが多い。
つまり、それだけ市中で乗降できる可能性が増えるということ。

そして、乗り込んでしまえばこっちのもの。このデモカー仕様なら、何しろサッと乗ってしまえば、あとは車内のことなので、周りに気を使うことなく移乗できる。これは、気楽だと思う。そしていちばん大事なことかも。

実際、車いすドライバーは、運転のために運転席に座らないとならない(世の中には、車いすに座ったまま運転ができる福祉車両もあるが、極まれ)。

この運転席に移ることを含め、乗り換えることを移乗というのだが、車いすドライバーは運転するために、基本的に移乗が伴うものとして認識して欲しい。

そこで移乗の際にドアを大きく開けて、車いすを運転席に寄せて腕の力を主に利用して乗り換え動作をすることになる。
これが車いす駐車枠が幅広く取られている大きな理由。車両の幅にプラスして車いすと開けたドア分の幅がないと、物理的に乗降ができない。

余談だが、たまに一般的な駐車枠の真ん中にクルマを停めた写真がSNSでマナーがないと晒されていることがあるけれど、あのうちいくらかは車いす駐車枠に停めることのできなかった、車いすドライバーの苦渋の選択の可能性があると思っている。だって、一般的な駐車枠の幅、250センチでは、駐車はできても乗降するスペースがない。それってのは用をなさないわけで、そこに来た用事はこなさないと来た意味がないと考えると、そうならざるを得ないところは理解できる。

モア駐車枠プリーズ。一般駐車枠プラス100センチ。350センチ幅の車いす使用車駐車枠プリーズ。
あ、この話はもっと書きたいことがあるので、この辺りで。

さて、ひるがえって今回のデモカー。

このデモカーの場合、リアゲートから乗って車内を走り、運転席の脇まで車いすのまま進んで、車内で運転席に乗り換えるという寸法。つまり、一般的な車いすドライバー向け車両とは手順が違う。車外で車いすを降りるのではなく、とりあえず車内に入ってそこから運転席への移乗を行なうというスタイル。

そのメリットは移乗が完了するまで、ひたすらドアを大きく開けた車両のそばで作業をしなくて済むということ。スペースの問題もあるけれど、たとえば雨天強風なんて時には、ドライバーも車いすも濡れるのはもちろん、クルマの中も濡れるし、良いことがない。まあその場から離れられるのが良いことか。屋根がある車いす駐車枠ばかりではないので。

デメリットは、運転席までの車内スペースが主に移動用の廊下(通路)になってしまうので、シートも物を置くスペースにもしにくいこと。この辺りは用途次第、アレンジ次第というところもあるので、一長一短、秤にかけて決めるところかと。

とはいえ、車内移乗のほうに計り知れないメリットを感じるユーザーも多そう。

フジオートによると、いままでもそういう趣旨のクルマはあったそうだが、ホンダN-VANだとクルマがコンパクトな上、室内高もあり、かつ床もフラットで乗り込みがしやすいので、今回ベースとなったとのこと。

電動リフトは軽の車幅の中でできるだけ広いものを入れるためにユニットを別体にしたりする工夫もしているそう。
またリフトの車いすを乗せるプラットフォーム長も1000mmとがんばっている。

そして移乗の仕方の話。そもそも車内移乗だと、車いすと運転席は座面の高さが違う(運転席のほうが低いことが多い)ので、車内助手席位置に横付けで移乗というよりは、シートバックを寝かせておいて、少し後方から滑り降りてもらう想定だったそう。運転席自体をリフトさせる手もあるが、きょうびシートレールを加工する改造は車検が大変な部類に入ることもあり未実施。デモカーは試作的な要素もあり、できることからやってみたということもあるようだ。

なにしろ、時間をかけた移乗が必要なケースでも、車内に乗ってさえしまえば、天候関係なくじっくり移乗が可能。これがありがたいドライバーもいるのでは、とも。まあ事前精算のコインパーキングのレギュレーションによっては事前連絡が必要かもしれませんが。

でも、この仕組みで移乗ができる障がいであるなら、そもそも運転席ドアを全開する! というような話にすらならないので、駐車できる場所も増え、行動範囲も広がるかと(あとは運転席後ろあたりに幅が規定ギリギリでも、補助シートが着けられると、誰かと一緒に移動できて良いかもとも。この辺りはあくまでもデモカーなので着いていなくて、リクエストがあればやれないことではないのだと思うが)。

さらに、この車両にはもうひとつ大切なコンセプトがあって、それが災害時の避難場所としての機能をもたせるということ。そこで、ベース車両にオプションで1500Wのインバーターと外部電源がある車両を選んでいる。そして、フジオートによる追加装備として水回り(キャンピングカーでいうところのギャレー、家庭で言うところのキッチン)などをリア・ホイールハウスの上にレイアウト。

つまり、見方を変えると、キャンピングカーとまではいかない(車両規定もあります)が、作ってみたら車中泊ができるライトキャンパーというジャンルにも入ってしまったという結末になっている。

そもそもN-VAN自体がひとりキャンパーが車中泊用のベース車両にする側面もあり、デモカーを見た来場者のなかには、このユニットだけを買えないか? という問い合わせもあったという。実際、移乗は抜きにキャンプ車両や釣り仕様車としても、夢を膨らませてくれる来場者も多かったそう。自転車やバイクも積める広さがあるし、リフトが便利な道具になる趣味を持っていれば、まるごと魅力的に見えても不思議ではない。誰もが楽しめる可能性が、福祉車両にはある。

やっぱり福祉車両って、真の意味でバリアフリーかも。

2台目の紹介、最後だが、フジオートは今回のデモカーのようなコンプリートカー的な要素が多い車両を製作するというより、障がいを持つドライバーに向けた自操式運転補助装置の開発、設計、製造、取り付けを行ってメーカー。カーディーラーに手動運転装置のディスプレイなどがあったら、そこにFUJICONというロゴを見かけるかもしれない。


ここでもライバル! であり仲間!? ミニバン激戦区の福祉車両

ホンダ ステップワゴン 車いす仕様車のスロープ展開写真。オフセットしたスロープ位置、車いすの幅によっては車いす利用と同時に使える右側サードシートなどがわかる。

ホンダ ステップワゴン 車いす仕様車
https://www.honda.co.jp/welfare/stepwgn/wheelchair/

3台目は新型登場の噂もあるホンダ・ステップワゴン。その現行車に設定されている車いす仕様車。

この車いす仕様車とは、車いすドライバー向けではなく、車いす利用者が同乗するためのクルマ。リヤゲート下にスロープやリフトが付いていて、セカンドまたはサードシート位置を主として車いすのまま乗車し、車いすをタイダウンなどをして固定できるというスロープタイプ車というカテゴリーに入るクルマだ。5ナンバーフルサイズを基本としたボディ・サイズで、現行モデルではこのホンダ・ステップワゴンのほか、トヨタ・ノア/ヴォクシー/エスクァイア、日産・セレナにラインアップがあった。あったと書いたのは、うちトヨタはすでに新型への切り替えでオーダーがストップしているから。ホンダはWEBサイトでは車両紹介しているが、おそらくこちらもそろそろ入れ替えのアナウンスがされるはず。

そんな新車ではないクルマ(たち)をあえてピックアップしたのは、同じ車いすスロープ車でも、メーカーごとの個性が見られるから。スロープ上って固定するだけだから同じかと思ったら差にあらずなのだ。なかでもステップワゴン 車いす仕様車は個性的に見える部分が多い。

その特徴を上げる前に、従来、標準的だった仕様のスロープ車での乗降をステップを追って紹介してみよう。

従来から一般的だった仕様は、リヤゲートを開くと、その真ん前、中心にスロープがそそり立ってレイアウトされている。エアサスや油圧サスとなっているリヤサスペンションを下げ、スロープを引き出して車内に入り、セーフティベルトをフロア前方から持ってきて車いす前方に引っ掛け、電動ならウインチでベルトを巻き上げ、手動ならベルトを自動で巻き込みながら手押しで、乗車位置まで上がる。乗車場所は3列目ならセンター。2列目なら左か右にオフセットした場所になるので、車内を斜めに移動する。そして所定の位置に着いたら、車いすの後ろ側に固定用のフックをかけ、前方のベルトを引き込んで固定。車いすのブレーキをかけ、シートベルトを着けて乗車完了となる。各々の動作をするにあたりボタン操作がある場合もあるが、これがおおよそオーソドックスなスタイルとなっている。

ステップワゴン 車いす仕様車ではどうか? まずリヤゲート(残念ながら、ヨコにもタテにも開くわくわくゲートではない)を開くと現れるスロープ。それが左にオフセットされている。そしてリアの車高は下がらない(代わりに斜度を抑えるためスロープが少し長い)。そしてオフセットした延長線上にほぼ固定位置があるため、車内を斜めに横断する必要はない。

乗り込む入り口、まさにアプローチから考え方を変えてきたのがわかる。

一つひとつに理由があって、オフセットしたスロープはもちろん、乗り込み後のルートのこともあるが、スロープを立てたままでもリヤゲートから荷物の出し入れがしやすいようにという配慮もある。実はスロープが前倒しできるトヨタ系以外、リヤゲートを開けてもそこにはスロープが立ち上がっていて、持ち上げてその上から物を出し入れするしかない。普段遣いでリヤゲートを使っていた世帯では、せっかくのミニバンの利点がスポイルされてしまう状況。それを少しでも緩和したいというところもあるようだ。

そして車高を下げないリヤサス。元々、一般的なスロープ車が装備している後輪のみの車高昇降機能は、バンパーレベルから開く開口部とあいまって乗車開始のフロア高を低くし、スロープの角度を抑えるためのもの。ある程度の重さをもち、重量バランスが悪いこともある車いすを車両に引き上げるにあたって、スロープの角度は浅い方が安全性は高まる。そしてフロア高が低くなれば、スロープの長さ自体も短くすることができるので、結果取り回しに有利になるのだ。

しかし現状、そのスロープと引き換えにエアサス車や油圧サス車の乗り心地はお世辞にも良いと言える部類には入らない。そこでホンダでは長いスロープ長(ノア系・セレナは1450ミリのところ1755ミリ)とする代わりに、車高昇降機能を廃している。そして車いすの引き上げも電動ウインチを標準として、乗降のしやすさを担保。標準車と同様の乗り心地を車いす仕様車にも与えることを重視したのだ。

加えて他メーカーではバンパー手前までサブトランクを潰してフロアを低くしているところ、ステップワゴンではその場所にフロア格納タイプのサードシートがあるため、フロア高を下げる加工もしていない。これもスロープ長に影響する部分。しかし、これによって得られる利点がいくつかある。

1つ目はサードシート位置で車いすを固定しても、クオーターウインドウからの視界が得られること。そもそもフロア下にシートを格納するステップワゴンでは、サードシートが表出していないので、視界を遮られることはない。跳ね上げ式のサードシートを使うノア系とセレナはどうかというと、それでもセレナでは跳ね上げ位置を下げることによってクオーターウインドウの上半分ほどが遮られない仕様となっているが、ノア系はほぼガラス全面がシートに覆われることになる。

2つ目は、サードシート位置で車いすを固定した際にも、右側サードシートが使える場合があるということ。他車ではそもそもスロープがセンターにあることもあり、サードシート位置での車いす固定はセンターになる。必然的にサードシートは使えない。しかし、左にオフセットしたスロープの延長にあるステップワゴンの車いす固定位置もオフセットしているため、車いすのサイズによっては、サードシートを併用することができる。最近は、車内で近くに乗ることができるとコミュニケーションが取りやすいことや、介助がしやすいことからか、セカンドシート位置での車いす固定がデフォルトになってきている。医療ケアが必要な場合に介助者が隣に座れることの利点も多い。同様の使い方をサードシートでも行なえるのは、3車の中でステップワゴンだけとなるのだ。

そして3つ目としては、これも車いすの幅によっては右側のサードシートを出しっぱなしにして、セカンドシート位置まで車いすが移動できること。オフセットしたスロープと、フロア下収納のサードシートによって左側めいっぱいを通行ルートにできるため、右側サードシートの横を通過できる可能性ができたというわけだ。そのメリットは車両トータルの積載量という点で意外に大きいものがある。先般のフジオートのN-VANの稿でも触れたが、車いすが通過する場所はおしなべて通路になってしまう。物を置きたくても、車いすを通すために一旦下ろすか移動させる必要がある。乗車数が少ない時は、助手席やもう片方のセカンドシートなどを荷物置き場にできるが、サードシート位置は基本、積み下ろしをする荷物のみが対象となる。しかしステップワゴンのようにサードシートが使えるならば、そこはちょっとした荷物スペースになる。もし使えるほど幅をキープできなくても、しっかり固定したカゴなどを設置すれば、トランクスペースとして活用できる。他車ではミニバンのサイズがありながら、セカンドシート位置で車いす乗車する場合、ほぼサードシート部分がまるごと空洞に近いというケースも多い(やらないとならないシチュエーションは除いて、乗降のたびにまず荷物を出し入れするというのは現実的ではない)。それが半分でも恒常的な荷物スペースになるのは大きい。

と、3台目として紹介した5ナンバーフルサイズの車いす仕様車は、まるでステップワゴンしか選択肢がないのではないかというようなノリで書いてきたが、それはメリットを強調しているからで、スロープが前倒しできて荷物が積みやすいのはノアだけだったり、セカンドシートでの車いす固定位置が寄り前方になり、ドライバーとコミュニケーションがとりやすく医療ケアがしやすい上に、サードシートに乗り降りしやすくなるのはセレナだけだったりと、シートベルトが一筆書きで止められるのはステップワゴンだけだったりと、3車3様の個性がある。

まさにメーカーのバリアを超えたバリアフリー

車いすに乗る理由となった障がいにも多様性があるように、それを受け止めようとしている福祉車両にも多様性がある。

ホンダの開発担当者にうかがった話のなかで出てきた言葉が印象的だった。それは要約すると「商売としての判断はどうか難しいところだが……。そもそも標準車と違い需要自体が少ない福祉車両のカテゴリー。そこで似たような仕様のクルマをつくってメーカーが違うということで競い合っても仕方がない部分もある。それならば、各社がメーカーごとの考え方を反映しつつお互いを補うような仕様をつくり、利用者へバリエーション豊かな選択肢を提示できるほうが良いのではないか」という言葉だ。

まさにメーカーのバリアを超えたバリアフリー。そんな方向に、世の中行って欲しいものだとおもったところで、今年の3台、シメさせていただこう。

そしてさらに言うと、福祉機器として開発されたものは実は障がい有無を問わず、日常を便利にしてくれるものも多い。「障がいがないのに、障がいをクリアするために作られたそれらを使うのははばかられる」というようなことはないはず。便利なものはどんどん皆で使って進化させていくのも文明なんじゃないかと思う。MX-30 SeDVのステアリングスロットルよかった。そしてスロープ車、キャンプ道具をカートのまま積むのもラクだし、家族がパンクさせた自転車を回収しにいくのにも便利。

というわけで、来年はそのホンダが年末に実施した「福祉車両試乗・体験会」のレポートや、きっと新型となるステップワゴンの福祉車両、そしてトヨタ・ノア系のそれなど、福祉車両系のレポートを上げていけたらと思っているので、このカテゴリーが気になっている読者の皆さん、モーターファンをチェックしてくださると幸いです。

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著者プロフィール

古川 教夫 近影

古川 教夫

クルマとバリアフリー研究家。基本は自動車雑誌編集&ライター&DTP/WEBレイアウター。かつてはいわ…