ヒューマンエラーゼロを目指せ! 脳活動を理解して最適な運転支援を提供【ホンダの先進安全技術大公開・その4】

交通事故の主な要因は、ドライバーの認知エラー。それを防ぐために、ホンダは運転中の脳の活動に注目。AIと組み合わせ、交通シーンにおけるリスクを先読みしてドライバーに伝えることで、ヒューマンエラーをゼロにすることを目指している。

TEXT●安藤 眞(ANDO Makoto)

運転行動、体調変化、心理状態までを理解してAIが運転をサポート

交通事故の主要因が“ドライバーの認知エラー”であることから、ホンダでは「人を理解する」という取り組みも行っている。ヒューマンエラーは何が原因で起きているかを解明し、その原因が生じたときに適切なアシストを行うことで、リスクから遠ざけることができる、という考えに基づくものだ。

具体的には、MRIで脳の活動状態を把握しながら使用できるドライビングシミュレータを開発し、ドライバーの視線と運転行動、脳活動の因果関係を把握。初心者ドライバーは前方を注視する傾向にあり、脳の活動領域も限定的で、結果として反射的に行動を起こすため、ニアミスや急ブレーキを生じることになる。これが熟練ドライバーになると、左右のドアミラーやルームミラーなども見る頻度が高くなり、脳も幅広い領域が活動。その結果、リスクの少ない運転が可能になることなどを解明している。

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視線・脳・行動。この三つの因果関係を研究すべく、MRIの中で運転ができるシミューレーターが開発された。

このように、目から入った情報をもとに、物体を認識したり、空間をイメージしたり、将来を予測したり、セルフコントロールしたりといった能力がトータルで備わっているのが、リスクの少ないドライバーの特徴であることがわかっており、こうした脳科学の知見を、今後の運転支援システムに生かしていく研究を進めている。

たとえば、ドライバーモニタリングカメラで視線の動きを捉えれば、注視時間や視線の動きの特徴から、ドライバーは何を見て、何を見落としているか、物体を認識したか、速度まで把握したか、将来の動きまで予測しているかを推定することができるという。この認識レベルに応じ、将来起こりうるリスクをドライバーに提示することで、リスクを最小化することを狙っている。

ヒューマンエラーを予防する運転能力拡張シミュレーター

そして、これを進めるために、専用のドライビングシミュレータを開発。前方と側方にはモニターがあり、ここに交通環境映像が表示される。ドライバーは視線の動きを監視されており、AIが生成した規範運転モデルから外れることが予想される行動をした場合、リスクから遠ざかるように、認知支援(ディスプレイ表示や警報)や運転支援(減速アシストや操舵介入)が行われる。今回はこれを体験させていただいた。

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ドライバーの視線を監視し、「何を見たか」「何を見ていないか」「どのように見たか」を判別。ドライバーの推定認識に不足があると判断した場合は、EPSやペダルの反力を用いて、リスク対象に近づかせない・見落とさせないような運転に導く。

体験コースには、首都高速環状線の事故が多い場所や、市街地で事故が多い場所が用意されており、トラックの幅寄せやふらつく車両、割り込み車両も設定。そこでどのような支援が行われるのかが体験できる…はずだったのだが、わかったのは「僕にはシミュレータ耐性がまったく無い」ということだけだった。

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実際の商品化に向けては、ステアリングアシスト、ペダルアシスト、シートベルト引き込みによる操作ミスを防ぐHMIと、ヘッドアップディスプレイを用いた認知ミスを防ぐHMIを検討するという。

ディスプレイには、3次元的に見えるリアルな画像が表示されるのだが、目の焦点を合わせるべき位置は、仮想距離に関わらず、ディスプレイまでと変わらない。ところが、リアルワールドの運転経験しかない僕の脳は、遠くにあるはずのものに視線を移動するときには焦点も同時に遠くに動かそうとし、近くのときは、まったく逆の動きにするということを無意識に行っているようで、その齟齬を埋めようとして脳が大混乱を起こし、開始から1分経たないうちにクルマ酔いしてしまい、コースどおりに走らせることさえできなくなってしまったのだ。

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AIがリアルタイムで理想的な運転を計算。実際の運転と比較し、リスクがあると判断した場合にアシストを行う。

おかげで運転支援は頻繁に介入したのだが、そのタイミングや強度が適切であったかどうかなどは、まともに評価することができなかった(申し訳ない)。

人とAIが知能化運転支援技術(次世代HMI)

実車で体験できれば結果は違ったはずだが、開発中の車両で公道を走るというわけには行かない。代わりに、というわけではないが、リスク認知をサポートする新たなHMI(Human Machine Interface)を搭載した“知能化運転支援車”が用意されていた。脳研究の結果からリスクを先読みし、HMIを使用してリスクを告知するようにした車両だが、以下、そちらについてレポートする。

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試乗車として、ルーフトップに4基の外界認識カメラを搭載したシャトルが用意されていた。

試乗する前に、まず手首に心拍計を装着する。これは心拍数を把握するだけでなく、シートバックに内蔵したバイブレータを使用し、運転に理想的な心拍数に誘導するためのもの。シートバックに特定周期の振動を与えることで、ドライバーの心拍数がコントロールできるのだそうだ(低すぎても漫然運転になるらしい)。

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手首に心拍センサーを装着。

モニタリングカメラでドライバーの顔の向きと視線が監視されているのは、シミュレータ同様。メーターバイザーの上にはリスクインジケータがあり、リスクのある方向のランプが点灯する。

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ダッシュ上部に搭載されているのはドライバー認識カメラ。ディスプレイにはドライバーの心拍が表示される。
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メーターバイザー上部にはリスクインジケーターを装備。

シートの肩口にはスピーカーが内蔵されており、リスクが存在する方向から警報音を出す。リスクの告知にシートベルトの引き込みも利用しているのがホンダらしいところ。リスクが小さければ弱い引き込み、リスクが高まると強い引き込みが行われ、体感として警報が伝わる。覚醒度が低下している場合はもとより、耳の不自由な人にも確実にリスク告知ができる良いアイデアだ。

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シートの肩口にはスピーカーを搭載、立体音響を出力する。
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シートには、ドライバーの心拍を誘導するバイブレーターを内蔵。漫然運転をしていると判断された場合はバイブレーターを振動させることで、心拍数を上げて適切な集中状態に導く。シートベルトはモーターの引き込み量によってリスクの大小をドライバーに伝える。

体験メニューとしては、駐車車両の影にいる歩行車の告知、交差点右折時の自転車見落とし防止告知、駐車車両に接近した際に後方の安全確認が遅れた際の後方接近車両告知、の3種類だ。

AIがリスクを先読みしてドライバーに認知し、運転ミスを防ぐ

最初のシーンは、駐車車両の間で横断待ちしている歩行者を設定。4基の外界認識カメラで歩行者を認識すると、シートベルトの引き込みでリスクの存在を告知する。2番目のシーンは、交差点右折時に歩行者に続いて自転車が横断する設定。先に歩行者が横断し始め、それを目で追っているときに自転車が横断を開始すると、シートベルトの引き込みでリスクの存在を告知する。3番目のシーンは、左車線を走行中に駐車車両に接近し、車線変更の必要が生じた設定。右車線の後方から接近してくる車両があると、ドライバーの視線が右ドアミラーに向くまで、右側のシートスピーカーから警報音が発せられる。

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【シーン1】路肩に駐車している車両の間から歩行者が飛び出してくるかもしれないことをカメラからの情報でAIが認知。歩行者飛び出しのリスクをリスクインジケーターとシートベルト張力でドライバーに知らせる。
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【シーン2】交差点の右折時、歩行者に続いて横断する自転車を見落としミスしないよう、ドライバーが何を認知してて何を認知していないかをAIが判断。リスクインジケーターとシートベルト制御でドライバーに伝える。
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【シーン3】車線変更が必要となるシーンをAIが理解し、ドライバーが後ろを見ていない場合は右後方から接近する二輪車の存在を立体音響でドライバーに伝える。

正直に言えば、シートベルト引き込みの警報を感じてからリスクインジケータの方向を確認し、実際のリスクを認知してから回避行動を起こしたのでは間に合わないこともありそうだし、この程度の安全確認ができないドライバーのためにコストを割くのは、アプローチ方法として正しいのか?という気がしないでもない。むしろ教習車に搭載しておき、安全運転教育に使用したほうが、真価を発揮できるのではないか。

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著者プロフィール

安藤 眞 近影

安藤 眞

大学卒業後、国産自動車メーカーのシャシー設計部門に勤務。英国スポーツカーメーカーとの共同プロジェク…