溝呂木 陽の水彩カースケッチ帳 連載・第15回 ル・マンのジャガーたち

溝呂木 陽の水彩カースケッチ帳/連載・第15回 ル・マンのジャガーたち

クルマ大好きイラストレーター・溝呂木 陽(みぞろぎ あきら)さんによる、素敵な水彩画をまじえた連載カー・コラム。今回は10年ほど前に訪れた、フランス、ル・マンで開催されている偉大なクラシックカー・イベントで見たイギリスの誇る名車、ジャガーの一族をご紹介します。
1954年のル・マン24時間レースで、ゴンザレスのフェラーリに続いて総合で2位に入ったジャガーDタイプOKV1。(水彩画)

2010年に訪ねたル・マン市のサルテ・サーキットで開催されたヒストリック・イベント、『ル・マン クラシック』。夢にまでみた車たちと過ごした3日間。その宝石箱のようなパドックとコース出会った車たちをご紹介していきたいと思います。まずは、かのル・マン24時間レースでCタイプ、Dタイプ、XJR9、XJR12と何度も優勝を築いてきたイギリスの名門、ジャガーの車たちからお話していきましょう。

『ル・マン クラシック』では、たくさんのジャガーを見ることができました。ル・マンで2勝を挙げたCタイプに続き投入されたジャガーDタイプは、4輪ディスクブレーキ、マルコム・セイヤーによる航空機の構造に学んだ空力的な、フロント サブフレームを持つモノコックボディ、ダンロップ製の軽量アロイホイールといった先進技術が惜しみなく投入され、54年にハミルトンやモス、ウォーカー、ホワイトヘッドら強力なジャガー使いの手でエントリー、レースではゴンザレスのフェラーリにこそ敗れはしましたが、この絵に描いたロルト/ハミルトン組のOKV1は総合で2位に入賞しています。そして、続く55年(“メルセデスの悲劇”の年ですね)から57年までの3連勝は歴史に残る偉業だと思います。

こちらはパドックで線画をスケッチしたジャガーDタイプのショートノーズ。中学生の頃に描いて『オートクラブ』という自動車雑誌に投稿、イラストレーターの佐原輝夫さんに褒められた思い出のある、昔から好きなジャガーです。伝説のジャガーDタイプ ワークスカーをパドックでスケッチして舞い上がっている時に、横に並んだおじいさんが褒めてくれました。そして彼は慣れない英語で「1954年のここで、私はジャガーを見たんだよ。スターリング・モスが乗っていた。そのジャガーDタイプだよ」と話してくれました。

「ボクは今、その場所にいるんだ……」

あらためてドキドキしながら周りを見回しました。かつてこの場所にモスやハミルトンがいて、ジャガーやアストンマーティン、フェラーリが轟音を響かせていたんだ……。ボクは鳥肌立つのを覚えながらスケッチを終え、この絵は日本に帰ってからすぐに写真を見ながら色付けして仕上げたのでした。

OKV1がまとったブリティッシュグリーンは、むしろ黒に近かったという新たな発見。

会場にはたくさんのジャガーDタイプがいました。もちろん大好きなジャガーDタイプのロングノーズも。会場で見たこちらはなんと774RW。マイク・ホーソーンの因縁の55年優勝車です。ホーソーンがヒーレーを抜いた直後にディスクブレーキで急減速してピットイン、行き場を失ったヒーレーが車線を変更し、そこにルヴェーのメルセデスベンツ300SLRが乗り上げて宙を舞い、多数の観客を巻き込んだ大火災を起こしてしまうのです。ジャガーとしては苦いDタイプの初勝利でしたが、世界の歴史に残る優勝車に違いはありません。

ボクはこちらもドキドキしながら会場でスケッチ。55年の悲劇に思いを馳せながら、美しいボディラインを観察して記録していきました。白いテントを通した強い7月の光が美しく、ボディに渦巻きのような模様を描いている……。こちらも日本に帰ってきてからすぐに写真を見て彩色しました。

1955年のホーソーンのル・マン優勝車。ワークスカラーでは唯一、ル・マン優勝のDタイプ。この後の2連勝はエキュリー エコス チームのブルーメタリックのDタイプが遂げている。(水彩画)
深海魚のようなユーモラスな姿、ロングノーズジャガーDタイプ。

伝説のジャガーDタイプは素晴らしく、この後二日めの土曜日の夜、ボクたちは夜中までサーキットに残って夜更かしをすることを決意しました。『ル・マン クラシック』はクラスごとに約1時間の走行レースがあり、それは3日間、昼も夜も朝まで続いています。その日、I君は家族を一旦ホテルに送り、暗闇に染まるサーキットでレースを観戦しました。折りしもちょうど走行しているクラスは1949年から1956年までの“グリッド2”クラス。 夏時間のフランスは午後10時まで明るさが残るので、しっぽりと暮れてきたのは夜11時を回ったころ。夜風に吹かれながら、カクテル光線に照らされたサーキットをライトオンで轟音を響かせて通り過ぎるたくさんのジャガーCタイプやDタイプ、ポルシェ356やマセラティ、ランチア アウレリア、ロータス マーク9……。ボクは夢心地で神様とI君に感謝していました。もちろん日本に残してきた、ボクのわがままを聞いてくれた家族にも。

まさに桃源郷のような深夜のサルテ サーキット。

会場では大好きな、特別なジャガーEタイプも見ることができました。一台はジャガーE2A。それはまだEタイプが出来上がる前のDタイプとの橋渡し的な存在。実験的なプロトタイプで、もちろんただ一台の車です。魅力的なカニンガム カラーで、オーラ漂う存在感が素晴らしく、こちらも会場でスケッチしていきました。

ジャガーE2A この絵ではわかりづらいですが、後ろ半分はDタイプのようなボディ形状をしています。(水彩画)
ちなみに絵では隠れてしまっているジャガーE2Aのボディ後半はこんな感じです。

そしてもう一台のスペシャルは、大好きなロー・ドラッグ クーペ、49FXN。流麗なボディの特別な一台で、もちろんル・マンにも参戦。シルバーの4868WKのリンドナー クーペとともに極め付けの一台で、低く長く伸びたノーズにはNACAダクトがあり、滑らかなフロント ウィンドウと小さな屋根から続くファストバック スタイル、筋肉質のフェンダー ラインとリヤに開けられたスリットなど魅力的なディテールに溢れていて、ボクはうっとりとみほれながらシャッターを切り続けました。

こちらがジャガーEタイプ ロー・ドラッグ クーペ49FXN。深いグリーンと滑らかなボディラインが美しい。大好きな1台です。(水彩画)
こちらが日本での水彩画の色付けの元にした49FXNの写真です。
もちろん49FXNは、走る姿も最高に魅力的な車でした。

ル・マンのジャガーにぞっこんになったボクは、たくさんのジャガーの絵を描くと共に模型も作り続けています。つい先日もジャガーEタイプの中でも極め付けのロー・ドラッグのもう一台の雄、シルバーの4868WK、リンドナー クーペの模型を完成させました。イタリアの友人、ピンタレッリさんが作っているガレージキット-――レジン樹脂で作られた、個人が製造販売する小さな規模の模型キット――を輸入して完成させた一台。キットのホイールを実車に忠実な、数年前に自分で3Dモデリングした角穴のダンロップホイールに履き替え、ライトもより正確なアルミ製のライトにレンズを組み合わせたものに交換しています。この一台がボクのジャガー・コレクションの中でもお気に入りの一台となりました。49FXNのレジンキットは絶版なので今でも探している一台です。

手前のシルバーのものがイタリア製のレジンキット。1/24スケールのジャガーEタイプ ロー・ドラッグ リンドナー クーペ。後ろは昔作ったジャガーEタイプ ライトウェイトと1956年にホーソーンが駆ったジャガーDタイプです。

『ル・マン クラシック』では怒涛のように大好きなメイクスの車たちが目に飛び込んできて、ボクはすっかり舞い上がっていました。そんなパドックやコースでの出来事を、次回もお話したいと思います。

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著者プロフィール

溝呂木 陽 近影

溝呂木 陽

溝呂木 陽 (みぞろぎ あきら)
1967年生まれ。武蔵野美術大学卒。
中学生時代から毎月雑誌投稿、高校生の…