中国製BEVの国際競争力 評価は過大か、それとも正当か「中国は欧米向け輸出に自信がない」

欧州で展開するMGブランド
世界はいま、安価なBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル=電気自動車)を求めている——これは間違いない。そのため中国製品への注目度が高まった。果たして中国製BEVは使えるのか。それ以前に、本当に世界各地に向けて輸出できるのか。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
MGのZS EV

車両電動化で中国勢の先頭を切った比亜迪汽車(BYDオート)は5~6年前から欧州に完成車輸出を行なっており、乗用車だけでなくバスでも輸出実績がある。上海汽車集団はイギリスから買収したMGブランドのBEVを出荷しているほか傘下の上汽大通は昨年(2021年)から商用BEVの出荷を開始した。中国企業の発表と、それを報じる記事の表面だけを追えば「安価な中国製BEVへの注目度高まる」となるが、販売台数を追いかけると、1車種ごとの台数はそれほど増えず車種数が増えていることがわかる。これが意味するところは「正式な車両認証手続きを経た輸出ではない」ということだ。果たして中国製BEVは使えるのか。それ以前に、本当に世界各地に向けて輸出できるのか。この点を追った。

中国製乗用車がECE基準の認証を取得した例はいまだにない

この2年間、世界はCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)蔓延の影響を受け、自動車分野では国際格式モーターショーの開催が軒並み中止になった。その代わり、企業はウェブで新型車や事業計画を盛んに発表するようになった。中国勢も海外メディア向けの発表を行なうようになった。半面、現物を目の前で見ることのできない発表では情報の送り手は情報操作も自由自在だ。メディアが中国製BEVに注目する理由のひとつはここある。

2020年5月、上海汽車はMGブランド車のショールームをパリに開設し、ウェブ上でオープン式典を開催した。もともとMGはローバー・グループが持っていたブランドでありイギリスでは老舗だ。BMWがランドローバーとミニを買収し、その後にフォードがランドローバーの商標権などを買い取り、残ったMG部門とローバー部門がMGローバーとして再出発したものの、あっという間に経営破綻し、最終的に上海汽車が知的財産を買収した。

欧州でのMGは年輩者を中心に知名度が高く、中国ブランドよりずっとビジネスはやりやすい。上海汽車はイギリス国内の開発拠点とスタッフをそのまま買収したため、必要な資金を投じて新型車の開発を行なってきた。現在はBEV商品群の拡充を進めており、欧州でのBEV台数は「遠くない将来に年間10万台レベルにする」という。

しかし、欧州での中国車の評価といえば、ドイツのADAC(ドイツ自動車連盟=日本のJAFに相当する団体)が2005年に江鈴陸風汽車のSUVを衝突試験にかけ、前代未聞の「評価点ゼロ」を与えたという前例がある。ADACはわざわざ「最低品質」と罵倒した。陸風汽車はスポット輸出だったが、これ以降、中国メーカーによるEU圏への完成車輸出はすべて、国ごとの輸入特例である個別認証を使ったスポット輸出で行なわれている。

中国製乗用車がECE基準の認証を取得した例はいまだにない。一時期、欧州のエンジニアリング会社やカロッツェリア(デザイン工房)に認証を取得できるだけの衝突安全性を備えた乗用車の開発を委託したが、実際に商品化され、欧州にまとまった台数の輸出が行なわれたことはなかった。

EU委員会の基準認証関係取りまとめを行なう部署に訊くと「中国は彼らの基準であるGBとEUのUN(国連)またはECE(欧州経済委員会)規定のすり合わせ作業を嫌っているように感じる」と言う。また、筆者と旧知のドイツ人ジャーナリストは「ADACの衝突試験は中国側の面子丸つぶれだったらしく、中国政府はECE基準未認証での対EU輸出について自動車メーカーを指導したと、中国メーカーの欧州出先事務所では言っている」と言う。「16年前の出来事なのに、ある意味でトラウマになっている」と。

中国はGB(Guo jia Biao zhun=国家標準)という日本のJISに相当する規格を制定しており、そのなかに自動車の基準が含まれている。GBは中国国内で販売されるあらゆる商品について「これを守りなさい」と規定している。その対象は中国企業だけではなく、中国でビジネスを行なう海外企業も含まれる。自動車については、中国政府が国内でのNEV(新エネルギー車)普及に取り組み始めた2015年ごろからGBの整備が始まった。

自動車の基準認証は、アメリカが商品発売後に当局が市場から抜き取り調査を行なうという「事後認証」である以外は、日本、EU、インドなどほぼすべての国が事前認証制を敷く。当局に書類または現物車両を提出し、製造・販売の認可を得るという方法だ。中国も事前認証制である。

たとえば、自動車の重要な基準である衝突安全基準について中国は、正面衝突基準はGB11551-2014、側面衝突基準は車両対車両を想定した自走台車直角衝突試験がGB20071-2006、電柱や木立を想定した斜めポール衝突試験がGB/T37337-2019を定めている。ハイフン以降の末尾4桁は施行年を表す。そして、この3つの規定はすべて日本とEUが基準統一を行なった内容に準拠している。

この点で言えば、中国で製造される車両はすべてGBに定められた試験をパスし、日欧の基準も満たしていることになる。しかし、実際は「怪しい部分がある」と、中国のある研究者は言う。筆者はその根拠となるデータを見せてもらったが、衝突試験の実施では必須のはずの「一定温度下での試験車保管」や「測定器の校正(キャリブレーション)」はすべて報告だけであり「確認が取れているかどうかは疑わしい」とのことだった。

中国は欧米向け輸出に自信がない

BYDのEV、TANG

中国政府が自動車の衝突安全性試験の実施準備を進めたのは2000年ごろ、WTO加盟の前後だった。協力したのは日本であり、日本自動車研究所や自動車事故対策センターなどが試験設備の作り方、測定機材の購入、試験実施の方法や留意点などを指導した。経験豊富な日本人OBも協力した。そのころの話は、筆者も実際に担当者から聞いている。中国側からは、排出ガス規制と衝突安全基準をすべて欧州式にすること、日本が率先して進めていた基準認証の国際統一運動を中国も支持することが日本側に伝えられた。

しかし中国は、EUが採用するECE基準に準拠したGB基準を策定したにもかかわらず、いわゆる基準の「相互読み替え」には応じていない。「読み替え」とは、欧州のこの基準は中国のこの基準に相当し、内容は同一であることを相互に確認し合う作業である。現在、世界のおもな認証基準にはEUのECE、日本の「道路運送車両の保安基準」、アメリカのFMVSS(連邦自動車安全基準)、カナダのCMVSS、韓国のKMVSS、オーストラリアのADRなどがあるが、アメリカとカナダ以外は大同小異である。中国が世界各国に完成車輸出を行なうためには、最低限これらの基準と中国GBの「読み替え」作業だけ行なえばいいのだが、まだ行なっていない。

中国GBとアメリカFMVSSの読み替えは、米中貿易摩擦に突入する以前から手が着けられる様子がなかった。その理由のひとつについて、中国の業界関係者は「DOT(運輸省)とその機関であるNHTSAの排他的姿勢」だと指摘していた。じつは日本と韓国の自動車メーカーも、対米進出してから長年にわたりNHTSAへの事情説明では苦労していた。

事後認証制度を敷くアメリカは、市場から抜き取ったサンプル(車両は販売店で購入し、政府の試験に供することは伝えない)車両をさまざまな試験に供する際、製造元に詳細な説明を求める。筆者が日本の自動車メーカーから聞いているのは「絶対に反論できない」「海外メーカー、とくに日韓に対しては厳しい」などだ。また、市場で何か問題が起きた際は議会の公聴会にもメーカー責任者が出席しなければならず、中国政府は中国国営企業のトップが米議会の公聴会で吊し上げられる様子は見たくない。つまりビビっているのだ。

それと、車両欠陥の放置が「故意である」と断定されたときの社会的制裁である。独・VW(フォルクスワーゲン)はアメリカで発覚した排ガス不正への制裁として約1兆5000億円を支払った。こうした莫大な制裁金を中国企業が被りかねない国には自動車を輸出する必要はない、という判断もあるようだ。これは筆者が以前、中国政府の関係者に取材したときに得た印象である。

ある欧州自動車メーカーの幹部は「中国は欧米向け輸出に自信がない。ビビっている。同時に国内需要が旺盛だから輸出の必要もない」という。また、別の自動車メーカーの中国担当は「アメリカでの韓国製LiB(リチウムイオン2次電池)の発火事故がBEV輸出をためらわせた理由だ」と言う。

現時点で中国からの対EU完成車輸出は、国営系では上海汽車のMGブランド、民営系ではBYDが中心だ。2018年ごろは東風汽車、力帆汽車、福田汽車などが国別認証を使って輸出していたが、1年限りで中止した例や、契約した販売店が「もう売りたくない」と通告してきた例は少なくない。その一方でEU認証を取得したうえでの本格的な輸出はまだ始まっていない。

筆者は、日本国内での中国製BEVの報道は過大評価だと感じる。この2年間は中国取材に出ていないが、エンジニアリング会社が行なった分解や動的テストのデータを見たりサンプル輸入された中国製BEVに触れてみたりしたかぎりでは、欧州で競争力があるようにはとても思えない。安さを武器に売るとしても、信頼性やアフターサービス体制の面での不安は残る。それと認証問題である。次回は日本と中国の相互認証の実情も含めてお伝えする。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…