トヨタ2000GT、トヨタ社内デザイナー野崎喩が描いた美しいフォルム【TOYOTA 2000GT物語 VOL.9】

かつて日本の自動車メーカーのデザイナーは、その名を明かされることが少なかった。その中でもTOYOTA 2000GTをデザインしたことでマニアに知られる野崎喩(のざき・さとる)は稀有な存在だ。新車時から「TOYOTA 2000GTはトヨタ社内の野崎デザイナーがデザインした」と明かされていた。
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リトラクタブルヘッドライト採用は対米輸出のため

ほぼ形が決まった後期のデザインスケッチ。Tをモチーフにしたフロントグリルや鼻筋の通ったボンネットは市販車に転写された。リトラクタブルヘッドライトの形状が市販車と異なることに注目。

トヨタのデザイナー・野崎喩は、デザイン線画を作成する前に、まず室内の配置と車体の基本レイアウトなどの主要な配置を、エンジン担当、サスペン担当、ボディ&デザイン担当の3人が1枚の図面に交代で描き込んでいく「タッグマッチ方式」で計画をスタートさせた。

フロントエンジン、リアドライでのオーソドックスな構造ながら、空気抵抗を削減するためにできる限り車高を抑えたことで、ドライバーの着座位置は極端に低くなった。室内とエンジンルームを仕切るバルクヘッドと前輪の車軸位置は通常よりも前進し、そのため必然的にロングノーズ&ショートデッキのファストバックスタイルとなった。

通常、セダンのエンジンルームはエアクリーナー&キャブレター、エンジン、ステアリング機構と3階建て構造にするところを、TOYOTA 2000GTは低いボンネットの下で平屋建て構造にして主要な部品をパズルのように収めていった。

本来、エンジンの下に収まるはずのラック&ピニオン式のステアリング機構がエンジン前方に進出。直列6気筒DOHCエンジンは、その直後の前輪の車軸より後ろの位置、今でいうフロント・ミッドシップに搭載された。その副産物として、前後の重量バランスはスポーツカーの理想であるほぼ50:50となり、コーナリングでの運動性能に大いに貢献することとなった。

「空気抵抗を低減するため、前面投影面積を小さくし、ボディ表面の空気の流れを乱さずリフトが発生しないよう、ボディは慎重にデザインした」と後に野崎が語ったように、さまざまな箇所で空力を意識してデザインされた。

国産初のリトラクタブルヘッドライトを採用したフロント部は、フロントオーバーハング部分をモノコック構造とし、X型フレームから独立している。


リトラクタブルヘッドライトを採用した理由は、対米輸出の際にヘッドライト地上高約600mm以上というカリフォルニア州法規に適合させるためだった。TOYOTA 2000GTの極端に低いボンネットでは、600mm以上の地上高でヘッドライトを固定するとボディから飛び出してしまい、前方視界を損なうばかりか空気抵抗を増大させることになる。

当初、リトラクタブルヘッドライトをオプション装備とし、市販車ではフォグランプとなったフロントグリル脇のサブヘッドライトをメインのヘッドライトさすねことが考えられていた。そのため、2灯式ヘッドライトが入るように面積を大きくしていたという。

フロントノーズ先端を尖らせ、ボディ両端部を丸めたのは、最小回転半径を小さくして操縦安定性を向上させるとともに空力特性を高めるためだった。それと引き換えに実用的なバンパーを装着できなかったわけだが、当時の国産車としては思い切ったデザインだった。

低いノーズからつながるフロントフェンダーの盛り上がりは、走行中のドライバーの視線を安定させる働きがあるという。そりフロントフェンダーのラインをフロントピラーの位置に着地させることにより、サイドビューにおけるフロントホイールの回転と力強さを強調した。

リアフェンダー上部のラインがリアに回り込むデザインが美しい。最初から通常の形状をしたバンパーを装着するつもりがなかったのがわかる。

リアスポイラーを必要としなかった空力特性

キャビン周りも当時の国産車にない造形が凝らされている。フロントウインドウを傾斜させ、左右を絞り込み空気抵抗を低減。サイドウインドウを開けても渦になった外気の流れが室内に入り込まないことと、フロントピラーで発生しやすい風切り音を極力抑え込むことにも成功している。ルーフ中央のくぼみは、剛性を上げると同時に強い横風でもボディが浮き上がらないようにつけられたものだ。

ボディサイドのラインは、フロントフェンダーの盛り上がりがフロントウインドウ前でフラットに沈み込み、リアサイドウインドウ下のラインに従って再び浮上するように仕組まれている。

キャビン周りが絞り込まれ、ルーフにくぼみをつけることでも空力性能を向上させた。1960年代のクルマらしく、デザインスケッチでもトレッドが狭く感じる。

リアフェンダー上部につけられたラインは、後ろに行くに従って次第にシャープになって現れ、リアエンドに回り込んでいる。野崎は空気抵抗に影響の少ないボディ後半部にスタイリング要素の強い意図的な造形を意識して行っていたのだ。

しかし、TOYOTA 2000GTは、その開発期間中に模型による綿密な風洞実験が行われなかったため、高速時に空力特性の問題が発生する恐れがあった。野崎自身が「この車両の持つ全体形状がいわゆるロングノーズのファストバックタイプになっているため、ボディ上面における揚力の発生が懸念された」と社に社内報に書いている。

実際、試作1、2号車が完成し谷田部の高速周回路で200km/hの高速試験を行うまで、デザイナーのセンスと勘を頼りに作られたTOYOTA 2000GTの空力性能はまったくの未知のものだった。

しかしながら、実車実験では非常に良好な空力性能を示した。高速走行で懸念されたリアのリフトは起きず、美しい走行姿勢を保った。野崎は密かにダックテールタイプのリアスポイラーを用意していたというが、「空気力学上の興味から、実車実験を繰り返して対策を進める作業を期待さえしていたのだが、幸か不幸か、この期待はまったく裏切られた」と書き残すほど、デザイナーの予想を上回る空力性能を備えていたのだ。 

TOYOTA 2000GTはリアスポイラーなどという雑味を加えることなく、野崎のデザインスケッチがそのまま市販車となった。その絶妙な線と面の構成が、55年を経過した今も色あせないデザインを作りだしたのだ。(文中敬称略)

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