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DRS=Dynamic Rear Steering 違和感なしの完成度
トヨタの新型クラウンクロスオーバーが搭載する技術のうち、本稿ではDRSに着目する。F1でDRSといえば、リヤウイングのフラップを開いてドラッグ(空気抵抗)を減らし、最高速の伸びを実現するDrag Reduction System(ドラッグ削減システム)のことだが、新型トヨタ・クラウンに適用されたDRSはDynamic Rear Steeringの略で、後輪操舵のことだ。低速域では逆相(前輪と逆の向き)に切れて小回り性を確保し、中速域でもやはり逆相に切れて軽快なハンドリングに貢献。高速域では同相(前輪と同じ向き)に切れて高いスタビリティを実現する機構だ。
なぜ着目したかというと、自然な仕上がりぶりに驚いたからである。後輪操舵機構を搭載したクルマではこれまで、違和感を覚えることがあった。とくに低速域では、切り始めてクルマが公転を始めたところで、自分より前が中心となって自転する動きが介入して「おや?」っとなるケースがある。いわゆる、コーヒーカップフィーリングというやつだ。いったん気になりだしたら困ったもので、「これなら、ないほうがすっきりしていいのでは」と思うこともある。
新型クラウンのDRSにはそれがない。「違和感が出ないように効果を薄くしている?」と冗談めかして質問すると、「効果を出しつつ、違和感をなくしたのが最大のポイントです」と、開発にあたった技術者から答えが返ってきた。クラウン(ホイールベース2850mm)のDRSは逆相に最大4度切れる。これがどれだけの大きさかというと、例えば、レクサスLS(ホイールベース3125mm)の逆相切れ角は最大2度だ。一般論としては、切れ角が大きいほうが効果は大きいが、違和感につながりやすい。
「逆相に4度切ると、最小回転半径は0.4m縮まります」。クラウンクロスオーバーの最小回転半径は5.4mだ。「DRSはチューニングでなんとでもなります。早めに効かせることもできるし、きつく効かせることもできる。いろんなことができるのですが、今回は違和感をなくすことにこだわりました」
専門的に言えば、「ヨーレートの微分項の二次成分を一定にする」というような解説になるらしいが、結果的にどうなったかというと、最新のエレベーターと同じような制御に行き着いたという。昔のエレベーターは動き出しと止まる際にショックがあったし、加速と減速を明確に感じることができた。最新のエレベーターは対照的で、いつ動き出したかわからないし、(階数表示の変化で)いつのまにか結構なスピードに達しているし(実感はない)、スムーズに停止する。気づいたら目的の階数に到着していた、という感じだ。
クラウンクロスオーバーのDRSも同じ。逆相にせよ、同相にせよ、いつ動き出したかわからないような制御になっている。そういう制御ができるようなステージに到達したということだ。クラウンクロスオーバーは2.5Lハイブリッド車にしても、2.4Lターボハイブリッド車にしても、リヤにモーターを搭載する電気式4輪駆動方式を採用する。リヤに駆動力を掛けられるのが大きい。
「後ろからクルマを押すと、前のタイヤが踏ん張ります。そのときにタイヤが横力を出そうとすると、一番力が掛かるので、フロントの外輪がものすごく苦労する。ところが、そのときリヤを少し外に向ける(逆相に切る)と、リヤのマスが外に出ようとするので、クルマが曲がることに関してフロント外輪の仕事量が減ります」
試乗した2.5Lハイブリッド車の車両重量は1790kgだった。運転している際は重量も大きさも感じさせず、狙いどおりに鼻先が向きを変え、破綻の兆しを感じさせるような上体の揺れをともなわず、安定した姿勢を保ちながら、コーナーをクリアしていく。
「DRSのおかげで、より高Gでコーナーを回れます。ドライブモードセレクトをSPORTにすると、逆相の制御をより高い速度まで保つようにセッティングしています。いっぽう、高速になると同相にしたほうが圧倒的にリヤのスタビリティは上がります。そのため、高速域では同相に制御しています。タイヤの性能を上げてスタビリティを上げるより、タイヤを切ることによってスタビリティを上げるほうが、圧倒的に効果は大きい。それを、違和感を出してしまってはロクなことにはなりません」
DRS開発の裏事情「これならいける!」
開発を継続してきた甲斐があるというものだ。トヨタが後輪操舵を初めて量産車に適用したのは1997年にモデルチェンジして2代目に移行したアリストだった。当時のシステムは低速域の小回り性(逆相制御)を割り切り、高速域の安定性(同相制御)に特化したシステムだった。その後、しばらくブランクがあり、トヨタ(レクサス)が次ぎに後輪操舵システムを適用するのは2010年代に入ってからである(レクサスGSに適用)。
新型クラウンにDRSを適用しようとなった際、クラウンの開発母体であるMid-size Vehicle Companyの吉田守孝Presidentは強硬に反対したという。「オマエ、DRSがどんなものかわかっているのか!」と。そこまで強く言うのは、吉田プレジデント本人がDRSの開発に直接携わり、難しさを認識していたからだ。「そのオレが言うんだから間違いない」と反対したという。
結論からいえば、開発陣は反対を押し切り、DRSの開発に着手した。そして違和感の解消に徹底して取り組み、「これならいける」と思える状態に仕立て、当時副社長だった吉田氏に東富士研究所で試乗してもらい、お墨付きを得たという。いまは「DRSをもっと増やせ」と言っているらしいが、そんなことを言うのは氏が現在、DRSの供給元であるアイシンの取締役社長を務めているから、というのは成功したから言える笑い話だ。
ずっと違和感が残っていたDRSが「ようやくものになった」のが開発者の実感。新型クラウンの走りが気持ちいいと感じる理由の何パーセントがDRSの貢献なのかを定量的に切り取ることは難しいが、貢献しているのは間違いない。ありがちな違和感が一切なかったので、試乗後、本当にDRSが付いているかどうか、リヤバンパーの下から覗き込んでみた。
DRSユニットはサブフレームの背面に間違いなく付いており、左右にタイロッドが伸びて、ナックルにつながっている。黒くて四角いプレートがECU(つまり、機電一体)。その右側にブラシレスモーター、遊星歯車を使った減速機構、モーターの回転運動を直線運動に切り換える台形ねじが収まっている。気持ちいいクラウンを実現している立役者のひとつだ。
トヨタ クラウン クロスオーバー RS Advanced 全長×全幅×全高:4930mm×1840mm×1540mm ホイールベース:2850mm 車重:1930kg サスペンション:Fマクファーソンストラット式 Rダブルウィッシュボーン式 エンジン形式:直列4気筒DOHCターボ エンジン型式:T23A-FTS 排気量:2393cc ボア×ストローク:87.5mm×99.5mm 圧縮比:- 最高出力:272ps(200kW)/6000rpm 最大トルク:460Nm/2000-3000rpm 過給機:ターボチャージャー 燃料供給:DI+PFI(D-4ST) 使用燃料:プレミアム 燃料タンク容量:55ℓ トランスミッション:6AT+モーター(Direct Shift-6AT) モーター: フロント 1ZM型交流同期モーター 最高出力82.9ps(61kW) 最大トルク292Nm リヤモーター 1YM型交流同期モーター 最高出力80.2ps(59kW) 最大トルク169Nm 駆動方式:4WD(E-FOUR) WLTCモード燃費:15.7km/ℓ 市街地モード12.6km/ℓ 郊外モード15.8km/ℓ 高速道路モード17.6km/ℓ 車両価格:640万円