エンジン出力特性を左右する排気系「管長」「取り回し」「集合部分」のデザイン[内燃機関超基礎講座 ]

PHOTO:手塚高志
クルマという「商品」をカタチにする過程では、さまざまな設計要素との兼ね合いから、エンジン設計者にとっての「理想の排気系」を実現することは難しい。
TEXT:松田勇治(MATSUDA Yuji)

エキゾーストシステムの設計はエンジンの出力特性を大きく左右する要素だが、同時に環境性能、そして音・振動にも大きく関わってくる。商品としてのクルマを完成品レベルへ導くためには、これらの相反しがちな要素を高いレベルでバランスさせる必要がある。特に音・振動に関しては、エンジン〜排気系のみで完結するものではなく、車体構造との兼ね合いで検討しなければならない。

車体設計者からすれば、エンジン関連の部品は可能な限り占有スペースを少なくしてもらいたい。特にエンジンコンパートメント内部の「特等地」は、さまざまな重要部品が収められる場所であり、ステアリング系や排気系は「空き地」でなんとかやりくりしてくれるに越したことはない。たとえばユニークなタンクレイアウトを採用するクルマでは、理想とはほど遠い取り回しとせざるをえない。

2代目FITのエキゾーストシステム。センタータンクレイアウトを採るがゆえ、エキパイはタンクを避けるために大きく迂回して取り回されている。エキマニ構成とともに、エンジン性能追求の面からは悪夢のごとき構成だが、流体解析と経験則による作り込みで性能低下を最小限に抑え込んでいる。(ILLUST:HONDA)

エンジン設計者から見れば、基本的になるべく太い径のパイプを、なるべくまっすぐに、なるべく長く伸ばせるに越したことはない。もちろん、各気筒独立・直接大気開放の“直管”などという低レベルの話ではない。各シリンダーからの排気による脈動圧力波を積極的に利用しつつ、干渉を抑えて排気効率を高めるためにも、集合部分までの距離はなるべく長く取りたい。しかし、年々シビアになるエミッション要求、特にコールドスタート要件をクリアするためには、触媒を排気ポート直下に配置したい……といった事情は以前に解説した通り(下の記事参照)。

排気抵抗に関しても、低ければいいというものではない。いわゆる実用車としてのカムプロファイルを設定されている車種であれば、いわゆる“抜け”が良いほどバルブオーバーラップ時の掃気効果が高まって燃焼効率が向上する。「“抜け”が良すぎると低速トルクが…」という通説は、だからある程度眉唾だ。逆に、モーターサイクルやそれに近い出力追求型カムプロファイルを持つエンジンでは、“抜け”が良すぎると高回転時の吸気を燃焼室内に留め難くなって出力低下を招くこともある。

ホンダF22C@S2000の例。一般論として、排気ポートからエキマニ集合部までの距離の長さ、イコールそのエンジンに注がれた技術の高度さと判断していい。出力特性の理想化と、触媒の早期活性化という、相反する要素を両立させているからだ。登場年次は古いものの、その意味でS2000には注目すべき部分がある。(PHOTO:HONDA)
日産VQ35HR@V36スカイラインの例。エキマニ等長化のための努力の痕跡がありありと見て取れる構造。V6エンジンの場合、性能向上のために完全等長化すると、音の面では「3気筒エンジン×2」になってしまう。商品性向上のための「音作り」に、さまざまな苦労を経ていることは想像に難くない。(PHOTO:NISSAN)
基本を同じくするK20Aエンジン搭載のタイプRでも、DC5型インテグラに対して、FD2型シビックはこれだけの改良をほどこしている。特にエキマニ4-2集合部分の鋭角化は、エンジンコンパートメント内の配置から見直し、ステアリングのパワーアシスト機構を標準車の電動から油圧制御に変更してまで実現した部分。圧力波伝播をスムーズにする効能により、出力性能の向上に貢献しているという。(ILLUST:HONDA)
ポルシェ911(997型)の例。水平対向エンジンをリヤマウントするという、メカニカルパッケージ上、非常に厳しい条件下によるレイアウト。左右各バンクからのエキマニは早い段階で1本に集合され、大きく迂回しながら反対側へ導かれて触媒へ進み、そこからさらに複雑な取り回しを経てマフラーに至る。パイプの曲がり具合は見た目ほど性能に影響しないとはいえ、さらに圧力が高い部分では可能な限り“弧”を描く構成で、純粋な効率の点ではハンデを負っているだろう。(PHOTO:PORSCHE)
GM・LT3の例。キャデラックSTS-V用、V8+スーパーチャージャーの片バンクのエキマニ。完全な不等管長ゆえ、いわゆるアメリカンV8特有のドロドロとした排気音を生じることになる。エンジン周辺機器レイアウトの都合か?(PHOTO:GM)

エキゾースト・マニフォールドは、これら多岐に渡る要求を高次元でバランスさせることを目的にデザインされる。エキゾーストシステムは全体でひとつの系を構成しており、そのすべてに意味がある。一見しただけでは、いかにも妥協の産物にしか見えない部分があることも多い。しかし、その意図を無視して手を加えると、必ずどこかに悪影響が現れる。部分的に効率が向上したとしても、その影響でトータルの性能が悪化しては無意味もいいところだ。

ここまで読み進めてもらえればいわずもがなの話だが、運用コストまで含めたトータル性能で判断するなら、メーカー純正エキゾーストシステムが「最良の妥協点」かつ「実質上の最適解」である。

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