遠方や濃霧といった“霧の先”の状況と速度の同時検出を可能に

NEDO、SteraVision:世界初、可動部が一切ない自動運転用ソリッドステートLiDARを開発

図1 開発したソリッドステートLiDAR
NEDOの「戦略的省エネルギー技術革新プログラム」でSteraVisionは2019年12月から燃費効率の良い自動走行システムの実現に向け「長距離・広視野角・高解像度・車載用LiDARの開発」に取り組んでおり、このたび世界で初めてスキャナー(MultiPol)の可動部を一切なくし、量産性を向上させたソリッドステートLiDARを開発した。

開発したソリッドステートLiDARはデジタル信号を加えることで光ビームの方向をスキャンできるようにしたもので、モーターなどで光ビームを移動させる従来方式で指摘されていた信頼性の問題を解消した。さらに、スキャナー(MultiPol)とFMCWという光コヒーレント技術を組み合わせ、肉眼では確認できない遠方や濃霧、煙などのいわゆる“霧の先”を見ると同時に、速度も検出することを可能にした。また、このLiDARを用いてカメラと融合させた自動運転車向け認識技術(パーセプションAI)と連動することで、カメラだけでは検出困難な“霧の先”を重点的にスキャンし、“見たいところを必要なだけ見る”ことができる人間の目のような機能を持った視覚システムを実現した。

今後、レベル4とレベル5の自動運転やファクトリー・オートメーション(FA)、ロボティクスシステム、セキュリティなど多くの分野への適用を目指し、予知運転に伴う省エネ化を進める。

1. 概要

自動車の自動運転が現実的な段階に入り、その実現を支える技術としてレーザー光を照射・走査して対象物までの距離を計測したり、性質を特定したりする光センサー技術(LiDAR)が注目を集めている。人間の目を超える高性能LiDARによる自動運転車は、省力化や人為的ミスによる事故の撲滅ばかりでなく、無駄な加減速を排除した予知運転による、高い省エネルギー効果が期待できる。このため、市販車に搭載できる高性能なLiDARの開発が課題となっており、LiDARを含むレーザー機器の市場規模は2030年に約4959億円と、2017年の200倍に拡大※1すると言われている。

このような背景の下、NEDOの「戦略的省エネルギー技術革新プログラム」において、SteraVisionは2019年12月から、燃費効率の良い自動走行システムに必須の高性能LiDAR開発による省エネ化を目指す「長距離・広視野角・高解像度・車載用LiDARの開発」に取り組んでおり、このたび世界で初めてスキャナー(MultiPol)※2の可動部をなくし、シンプルな構造とすることで量産性を向上させたソリッドステートLiDARが開発された。これは可動部が一切ない液晶を用いた方式で、光の偏光方向を高速でスイッチし光ビームスキャンすることで実現した。これにより、モーターやMEMS※3ミラーなどの可動部を動かして光ビームをスキャンさせる従来方式で生じていた、金属疲労などによる動作停止といった信頼性の問題や、外部振動からの不安定性が解決された。

従来の光ビームは画角内で一筆書きのようにスウィープさせて、アナログに走査する方式だった。これを今回、位置を特定せず高速にデジタルスイッチする方式に変更されている。このため対象までの距離に関係なく、光ビームをランダムに切り替えて自動運転に重要なシーンを選択しピックアップすることを可能とした。これはあたかも人間の目が、重要なシーンを選択しピックアップするように、自動運転に適した効率的な視覚システムが構築できたことを意味する。また従来方式では、光パルスを物体に照射し、物体から戻ってきた光の粒(フォトン)を検出してその時間差を出す方式(ToF※4)が主流でしたが、今回光の波の性質を利用した方式(FMCW※5)を開発したことで、遠方や濃霧、煙など、いわゆる”霧の先”の物体検出と速度の直接検出を可能にした。

今後、レベル4とレベル5※6の自動運転やファクトリー・オートメーション(FA)、ロボティクスシステム、セキュリティなど多くの分野への適用を目指し、予知運転に伴う省エネ化を進める。

2. 今回の成果

今回開発したソリッドステート光ビームステアリング素子MultiPolによって、多ビーム同時走査となるマルチスキャン化※7をし、2波長のビート信号を用いたDualビート方式による長距離高精度測距※8を行う一連のシステムを開発した。併せて、光集積回路によるワンチップ化、および人間の視覚のように前方のシーンから重要な部分を選択的にピックアップして認識する「無意識AI」を取り入れたAutonomous Scan※9が開発されている。

 これらの開発により、市販車用自動走行システムに必要な長距離・広視野角・高解像度・車載用高性能LiDARを実現した。本高性能LiDARを用いることで、道路や交通状況を把握して早めに対処する「予知運転」を実現した結果、燃費向上による15.2%のエネルギー削減※10につながり、脱炭素社会に大きく貢献する。それぞれの成果については下記のとおり。

【1】ソリッド・ステートスキャナー(MultiPol)を実現

 図2にソリッド・ステートスキャナー(MultiPol)の動作原理を示す。可動部のない液晶を用いて光の偏光をスイッチすることで、光ビームを上下(左右)に高速スイッチする方式である。これまでに機械的に可動させるアナログなスキャンから、可動部が一切なくデジタルにスキャンできるソリッド・ステートスキャナーを実現している。

図2 開発したソリッド・ステートスキャナーの動作原理

【2】フォトニックICを用いた小型化・高性能化

 これまでFMCWのボトルネックであった小型化・高性能化を実現するため、多くの光部品(光方向性結合器、Y分岐器など)を1チップに集積した。これにより、同時に多くの光ビームをスキャンでき、小型化・低価格化が可能となる。

図3 開発したフォトニックIC

【3】カメラ画像およびパーセプションAIとLiDARを融合した重みづけスキャン

 従来はLiDARとカメラは独立したセンサーだったが、今回図4に示すように、LiDARによる物体検出とカメラ画像の自動運転車向け認識(パーセプションAI)を融合した。これにより、カメラ画像だけでは検出困難な遠方や“霧の先”の重要な物体を、パーセプションAIの指示のもと選択的にLiDARでスキャンし、物体を検出・追跡することで、より信頼性の高い視覚システムを実現した。これにより、光ビームを一筆書きでアナログに操作し全シーンを計測した後にフレームをリフレッシュするこれまでの方式から、選択的に抽出した重要なシーンの計測後直ちにフレームをリフレッシュできるため、高速での追跡が実現した。 “見たいところを好きなだけ詳しく見る”人の目のような効率的な視覚システムが可能となる。

図4 カメラ画像・パーセプションAIと、LiDARを融合した重みづけスキャンの例
LiDARによる物体検出(上図)を3Dカメラ画像(下図)と融合して、
パーセプションAIにより認識(下図の赤枠部分)させている

3. 今後の予定

 SteraVisionは今後、NEDO事業の中で自動運転やFA、ロボティクスシステム、セキュリティなどさまざまな分野の顧客ニーズにあわせソリッドステートLiDARの性能をチューニングし、今年の7月頃からサンプル出荷を進めて応えていく予定となっている。

※1 2030年に約4,959億円と、2017年の200倍に拡大。矢野経済研究所調べ。
※2 MultiPol液晶を用いて光をスイッチすることで光ビームを高速にスキャンするデバイス。MultiPolはSteraVisionの登録商標。
※3 MEMS Micro Electro Mechanical Systemsの略称で半導体製造技術やレーザー加工技術など、各種の微細加工技術を応用し、光電子機能を集積化したデバイス。
※4 ToF Time of Flightの略称で、波の粒の性質を利用した方式であり、光パルスを物体に照射し、物体からの戻ってきた光パルス(パワー)を基に時間差を検出する方式。
※5 FMCW Frequency Modulation Continuous Waveの略称で、波の性質を利用した方式であり、光の周波数をごくわずかに変化させ物体からの戻り光と送信光を干渉させた光コヒーレント方式。
※6 レベル4とレベル5 自動運転の程度を表す。レベル4では特定の限られた状況下でのみ車両が全ての運転機能を処理し、レベル5では車両が全ての状況下で全ての運転機能を処理するため、ドライバーが不要。
※7 マルチスキャン化 一回のスキャンで多数の光ビームを同時に操作し、一度に多数の距離・速度の点を計測する方式。
※8 Dualビート方式による長距離高精度測距 二つの波長を用いて、その差分のビート信号を検出することで振動に強い距離・速度計測が実現できる方式。
※9 「無意識AI」を取り入れたAutonomous Scan 人間の視覚のように前方のシーンから重要な部分を選択的にピックアップして認識し、動く物体であれば選択的にトラッキングする方式。これは、カメラ画像だけでは検出困難な遠方や“霧の先”の重要な物体をパーセプションAIの指示のもと、選択的にLiDARで検出、追跡することで、より信頼性の高い視覚システムを実現するもの。
※10 燃費向上による15.2%のエネルギー削減 「エコドライブポータルサイト」より。

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