モーターファン・イラストレーテッド vol.158「前後重量配分の真偽」より一部転載
「重量配分を論じるときに重要なことは、限界領域なのか、日常領域なのかということだ。日常領域だけを語るなら車両挙動は落ち着いているほうがいい」
國政氏はこう言った。さらに続ける。
「FFだと、おおざっぱに静的重量配分は前60:後40か。これくらいだと気楽に走っていて乗りやすい。動的に見るときは、前輪中心より前に重量物があるかないかが関係してくる。重量物は慣性質量になる。慣性質量があると、動かすときには遅くなるし、テンポも遅くなるが、これを『キビキビ感がない』『レスポンスが鈍い』と思うか、逆に『落ち着いている』『安定している』と取るのか。どちらにしても、これはそのクルマのレイアウトで決まっている素性であり、ドライバーはそのクルマが持っているリズムに合わさざるを得ない」
つまり、静的な重量配分がそのクルマの基本的なリズムを決めている、ということだ。走行中の動的な変化も、すべて「始まり」は静的な重量配分なのである。
「それとタイヤも影響している。タイヤが高性能になり、扁平になり、昔ほど“たわみ”が多くないしレスポンス遅れも感じなくなった。多少、重量配分がズレていてもタイヤが助けてくれる。それほど大きな不満にはならないように思う。ステアリングのギヤ比もクイックになった。昔のようにロック・トゥ・ロックで6回転などというクルマはない。ステアリングも動力アシストで軽い。ただ、怖いのは『気づいたら滑っていた』だ。知らずのうちに危険領域に入っていたということがある。ここには重量配分が関わっている。ESCなどで姿勢制御はできるが、ベースはもともとの重量配分。ここはドライバーのコントロール外だ」
では、前60:後40は日常使うFF車として納得のゆくものなのか。意図的に重量バランスを変えたらどうなるのか。その実験を國政氏にお願いした。用意したのは20kg入りの砂利袋と20Lのポリタンク(水20Lはほぼ20kg)。これを使って重量配分を変えてみる実験だ。
「実際の開発でもよくやっている手だ。車両重量の増加を模したいなら、なるべく低い位置に車体と一体化させる。搭載位置は、まず助手席足元だ。重心の低い位置でエンジン隔壁に近いところへ置く。運転席に『乗員ひとり』なら、助手席足元に20kgひとつでいい。これをやると、実際にジムカーナやサーキットでタイムが良くなる。左右の重量が揃うと、重たくなったぶんを帳消しにして左右バランスを取れるためだ。エンジン横置きFFでドライバー側にエンジンがあるクルマでは、助手席足元のバラストはクルマの素性を良くしてくれる」
マツダ6の助手席足元に、車両重量を考慮して砂利袋ふたつを置いた。「素」の状態でタイヤ内圧を合わせ試乗してもらい、すぐに助手席に砂利袋搭載状態で試乗してもらった。
「右コーナーで左側前輪が沈み込む量が少し深くなった。伸び上がるときのリズム感も違う。おそらく左右前輪荷重がほぼ同じになっているはずだ。ロール感は落ち着く方向。それと、左コーナーでは内輪側にわずかに車重が残っている印象。バランスが良くなった」
続いて左側後席の足元、ドライバーと対角線になるように砂利袋×2を積む。同じコースを試乗した國政氏はこう言った。
「素の状態よりも上下ストローク量が減った。後軸より少し前へのバラスト搭載だが、重量追加分の違いが挙動に出た。人間が助手席側の後席に座るともっと顕著に出ると思う。いままでの経験では、この位置へのバラスト搭載でピッチングなど乗り心地が改善されることがある。全体の揺れが穏やかになりフロア振動も減るという傾向も出る」
試しに筆者がバラストの代わりに左側後席に座ってみた。
「うん、砂利袋より確実に静かになった。振動が減った。これは人間の感覚だから感じられるもので、計測しても違いが出ないということはよくある」
筆者が感じたのは、この世代のマツダ6の最初期型に比べて現在のモデルでは後席で感じるピッチングと横揺れが減っていたことだ。
「こうして対角線上の後席に人を乗せると、わずかに揺れてから戻ってくるまでの時間が短くなったのがわかる。揺れが落ち着くまでの姿勢変化が少ないとか、ほんのわずかな違いなのだが、明らかにドライバーひとりの状態とは印象が違う。機械で計測したら同じなのかもしれないけれどね……」と國政氏。
さて、最後は砂利袋3つと20Lポリタンクふたつ、合計100kgをトランクルーム内のなるべく後端側に積む。ふたたび同じコースを試乗してもらった。
「重量配分はずいぶんリヤ寄りになった。走りにガッツリ落ち着きが出る。走り出したときから印象が違う。後輪が押さえつけられて上下動が減った。ピッチングも減った。細かな振動も含めて忙しさが減った。おそらくどんなFF車でもこういう傾向が出るだろう」
実際にこの手の試験をすると「ホイールベースが伸びたようなもっさりとした動きになる」と國政氏は言う。「直進状態では落ち着きが出る。言い換えれば旋回角が大きくなる。ステアリングを切って、その先で止めていてもずる〜っとクルマの向きが変わる。もさーっとした動きは、良く言えば安定感だが、サーキットへ行くのはナンセンスだ」と。
もっと細かく印象を聞いた。
「1.7tへの100kgだから、平坦路ではあまりアクセルペダルの踏み込み量は変わらないが登坂路は少しきつくなった。アクセルONに対する加速レスポンスも少し遅れる。全体の印象は、まさにホイールベースが伸びたような感じだ。上物が動かないで足が動いている印象。普通の緩めの山道を普通の速度、ゆっくりめの速度で走るなら問題ない。小さなギャップではあまり揺れが出ないのもいい。ただし速度を上げるとリヤのヨー慣性が大きくなる。スピードは抑え気味のほうがいい」
バラストを積んで走る実験はなかなか興味深かった。同時に考えた。ホームセンターでこれら100kgのバラストを揃えても、大した金額にはならない。マイカーでの通勤のような、毎日同じ道を通るようなときは、バラスト重量とその搭載位置によるクルマの「動き」の変化を感じてもらえるだろう。重量配分と左右バランスが変わることで走りが変わる。これはもっとも安価なチューニングであり、いつでも元の状態に戻せるというメリットもある。
もっとも、國政氏が言うように、重たくなった結果の車両挙動は「嫌い」という人もいるだろう。好きか嫌いかではなく、明らかに「変わる」ことを体験していただきたい。
「かつて自分が乗っていたインプレッサの競技車両は、ダッシュボードから後ろでいろいろなものを剥ぎ取って軽くするので、軽くはなるが重量配分は市販車より前寄りだった。後輪の駆動力を得るためにウェイトを載せたことがあるが、後ろが重たくなると違う動きが出る。テールの流れを止めにくいし、振幅は大きくゆっくりになる。ラリーやダートラでもAWDでリヤの駆動力が出るだけの重量があればいい。それ以上だと余計な慣性が付いてくる」
「7kgあるインプレッサのインタークーラーをボディの前に出すと走りが変わった。慣性質量は距離の二乗で効く。直進安定性には寄与するが曲がりにくくなった」
これは國政氏の実体験である。