もはやエンジンが「主」で変速機が「従」という関係ではない[内燃機関超基礎講座]

1960年代のパワートレーンは、気化器エンジンとMTの組み合わせがほとんどだった。 電子制御がパワートレーンの隅々にまで入って来たのは21世紀初頭のことだ。 わずか10年余りでエンジン側の事情は一変した。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

昔のガソリンエンジンは簡単な構造だった。キャブレター(気化器)で燃料を霧化させ、ピストンの下降によって吸い込まれる空気の流れに乗せる。その課程で霧状燃料と空気が混ざって混合気になる。点火プラグへの電力は、エンジン回転から歯車で動力をもらうディストリビューターが供給する。回転が上昇するとディストリビューターも速く回り、いつでもエンジン回転と機械的に同期している。点火し、燃えカスはピストンが押し出し、ふたたび混合気を吸い込む。これですべてが完結していた。

排ガス規制が厳しくなってからは、有害物質を抑える目的で空気と燃料の比率(空燃比)を排気出口で計るためのラムダセンサーが装備された。また、燃料供給がキャブレターから電気的に調整された噴射式へと移行すると、燃料を一段と効率よく燃やせるようになったが、このときでもエンジンが必要としていたデータは排気ガス中の酸素(O2)量、水温、スロットルポジション(アクセル開度=初期は開/閉の検知だけ)程度だった。

日産A12型エンジン。長いスカートのピストンが時代を感じさせる。現在のピストンはこの半分ほどの高さだ。ボア73.0×ストローク70.0mmの4気筒で総排気量1171cc。圧縮比9.0は立派。最高出力50kW/6400rpm、最大トルク81Nm/4400rpm(グロス表記)だった。 変速機は当然ながらMT。シンプルなギヤの組み合わせである。すでにステップATの設定もあったが、売れ筋はMTだった。このエンジンにカウンターギヤを介した横置きMTを合体させ、日産はFF車「チェリー」に搭載した。

変速機では、MT支配の時代が終わり、ステップATの普及が進んだ。米国はキャブレターの時代からステップATが増えていったが、日本は燃料噴射の時代になってからの普及だった。しかし、ステップATで先行した米国でも、エンジンはエンジン、変速機は変速機でそれぞれ独立しており、互いに助け合うというシステムではなかった。協調制御が入って来たのは、ステップATの変速ショックを減らすというニーズが生まれたときだった。シフト時にエンジンのトルクをわずかに絞ってアップシフト時のトルクを若干ダウンさせる制御である。スロットルバルブが開いていれば混合気は「勢い(慣性)」でだらだらと入りつづけるから、これは制御できない。代わりに点火時期を変える。同様に、ダウンシフト時はステップAT内でのクラッチ/ブレーキの作動が終わるタイミングで点火時期をわずかに遅らせる。この方法は現在も健在だ。

少々失礼な表現だが、自動車は「エンジンの都合」に振り回されている。エンジンが「私はいまこれしか出来ません。ですから、あとはみなさんよろしく」と、変速機やシャシーコントロール系に仕事を投げている。

そもそもエンジンは、空気中の酸素と燃料を反応させて燃焼させ、そのときに生まれる燃焼圧力を「力」として取り出す化学反応マシンである。空気を吸い込むのはピストンの下降であり、吸い込む量は人間の生活圏で得られる「1気圧」を前提にしている。だから空気が薄くなる高地では高地補正をかけている。吸い込んだ空気に含まれる酸素は地球上の大気組成に由来し、全吸気量の約19%である。過給エンジンは強制的に大量の空気をシリンダー内に取り込めるが、酸素比は19%で変わらない。つまり内燃機関は、地球という惑星の成り立ちの恩恵を受けて成立している動力機関である。言い換えれば自然の摂理そのものである。

とはいえ、人類は知恵を絞ってエンジンを育てて来た。エンジンと変速機をひとくくりにした「パワートレーン」として効率を追求するという発想が生まれ、現在はその路線でさまざまな助け合いが行なわれている。

刻々と変化する走行環境のなか、エンジンと変速機は見事な協調を行なっている。エンジン単体、変速機単体ではできなかった「走り」を、協調制御が可能にした。

たとえば、ステップATで7速から5速にダウンシフトするような「段飛ばし」の制御は、エンジン側の協力がなければできない。動力性能と燃費の両立をねらい、ステップATは多段化している。初期のステップATは2速から始まったが、現在は7速、8速、9速、10速まで市場に登場している。多段化はメリットが大きいものの、たとえば高速巡航からの追い越し加速や急減速のときは8速から7速、6速というダウンシフトになり、その都度AT内部ではブレーキ/クラッチを切り替える必要が生じる。電子制御スロットルを備えたレスポンスのいいエンジンが協力してくれれば、8速から6速、あるいは5速へと「段飛ばし」をしても、変速ショックによるG変化のような車両挙動を落ち着かせることができる。

フォードのTorqShift:10速ステップAT。ヘビーデューティ車に用いられる。(PHOTO:FORD)

エンジンが「主」で変速機が「従」といった関係ではなく、ドライバーが「いま、どうしたいのか」という意思を推定し、パワートレーンとしての目標を設定し、そこにいち早く、かつスムーズに到達するための手段を、ときにはエンジンの都合で、ときには変速機の都合で、うまく助け合うという発想だ。この「推定」には正確な情報が必要であり、そのために各種センサー類を使う。推定はコンピューターが行なう。こうした周辺技術の進歩に支えられた協調制御である。

センシング→推定→決定→実行指令という作業は、マイクロプロセッサー内に制御マップを置き、車両諸元から組み立てたカーモデルを置き、現実の状態と照合しながらそのマップを呼び出し、モデルと照合し、演算による補正をその都度加えるというクローズドループであり、基本はフィードバック制御である。予測不可能かつマップ化できない「ドライバー」という要素がそこに加わると、いきなりオープンループの制御になり、AI(人口知能)のような支援が必要になる。このレベルにはまだ到達していないが、早晩、協調制御はAI化されるだろう。

電子制御ステップATのプログラムは、単体では存在できないようになった。エンジン側ECUとのマッチングが必須であり、そのための開発工程はどんどん複雑化している。このエンジンはディーゼルであるため、燃料系は超高圧噴射のコモンレールシステムである。1回の燃焼ごとに燃料を3~7回に分けて噴射するという、以前では考えられない制御である。(PHOTO:DAIMLER)

ステアリング設計の専門家がこう言った。

「オープンループ制御も一部で実現している。VW(フォルクスワーゲン)がゴルフなどPQ35系プラットフォームに使用しているEPSは、ドライバーという要素を敢えて制御系に取り込んでいる。じつは、実際の路面反力とドライバーが手に感じる“手応え”はまったく別物であり、すべての手応えが人工的に付加されたものだ。EPSで最良の舵感を得るには、ここに踏み込まざるを得ないと判断したのだろう。そこで何をしたかと言えば、ハードウェア側の精度アップだ。ステアリング機構も、ステアリングラックを載せるサブフレームも、サブフレームを支えるエンジンルーム、さらにはプラットフォーム全体を、高い精度で組み上げている。ブレる要素を減らしている。機械側と制御側の協調だという点に注目すべきだ」

エンジンと変速機の関係も、ハードウェアとソフトウェアがともに進化することで良好になってきた。制御万能ではなく、緻密な制御を実行するハードウェアの性能も問われている。技術者諸氏が「内燃機関の燃費はさらに3割向上できる」と語る根拠もここにある。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…