レースエンジン屋魂で開発したレクサスの量産V10[内燃機関超基礎講座]

最高回転数9000rpm、ドライサンプ、各気筒独立スロットル……。無類の高性能エンジンを開発するには、レーシングエンジン設計者のフィロソフィーが必要だった。
TEXT:世良耕太(Kota SERA) PHOTO:トヨタ自動車/住吉道仁(Michihito SUMIYOSHI)
*本記事は2009年11月に執筆されたものです

開発に携わったエンジニアが手塩にかけて育てたエンジンのことを嬉しそうに話してくれると、話を聞いているこちらもなんだか嬉しい気分になってくる。第41回東京モーターショーでレクサスLFAのエンジンについて説明を受けたときがまさにそうだった。説明してくれたのはヤマハ発動機株式会社AM事業部AM第1技術部設計グループ主務の吉岡伸二氏だ。レクサスLFAが積む1LR-GUE型エンジンは2000年から開発がスタート。トヨタ自動車の監修のもと、ヤマハ発動機が業務委託を受けて基本的な設計開発業務を行なった。その中心人物のひとりが吉岡氏である。

2010年に500台限定で販売を開始するレクサスLFAは、メルセデス・ベンツSLS AMGやマクラーレンMP4-12C、フェラーリ599がライバルとなるような、スーパースポーツカーだ。エンジンは既存のどのユニットとも共通性を持たない専用設計とされた。排気量は4800cc。形式はV型10気筒。車両開発がスタートした時点でV10をフロントミッドに搭載することは決まっていた。吉岡氏は「聞いた話」としてV10に決まった経緯を話す。

「V8では夢がないだろうという話がまずありましたが、振動も問題でした。高回転で回そうと思えばフラットプレーンのクランクシャフトが必然になりますが、それだと二次振動がきつい。振動対策をしていくと重くなりますし、かといってクロスプレーンにすると音がゴロゴロしてしまう。V12も検討しましたが、クランクシャフトのねじり振動がきつくて高回転化に不向き。という背景からV10が素直な解だということになりました。V10といえば当時はダッジ・バイパーしかありませんでしたが、あちらはOHVですので、LFAでやれば斬新さがある。F1とのつながりもありました(トヨタは2002年からF1に参戦。当初は3ℓ・V10を積んでいたが、2006年に規則が変わり、2.4ℓ・V8にスイッチ)。プロジェクトが始まった頃は、次のBMW M5(2004年)がV10で出てくるかもしれないという状況でした」

エアファンネルは展示用の飾り物で、実際は樹脂製一体型のファンネル+10連スロットルが取り付けられる。アッセンブリーはヤマハ発動機本社工場(静岡県磐田市)で行なう。ひとり1台のセル組み立て式。試作の段階から組み立てに携わっているのが強み。重量は200kg+αで同クラスのV8エンジン並みに抑えた。

フロントミッドに搭載するとなると、タイヤ切れ角やサイドフレームと整合性をとる必要が出てくる。エンジンに与えられる幅はおよそ70cm。バンク角60度ではVバンク間に独立スロットルが収まらないし、90度にするとエキゾーストマニフォールドが等長にできなくなる。

「75度くらいが吸排気のバランスがちょうどいいのですが、72度にすると等間隔点火にできるし、搭載性がいい。このエンジンの場合はサウンドへのこだわりもありました。その点、72度が一番いい音がする。どう検討しても72度がベストだという回答が出てきました」

性能目標を達成する狙いとともに、サウンドへのこだわりからも必須だった5-1レイアウトの等長エキマニはステンレス製。チタンやインコネルも検討したが、コストや生産性、耐久性の面から断念した。F1では反射波を生んで排気の引っ張り出し効果を得る拡管(ステップドエキマニ)が一般的。1LR-GUEの開発でも試したという。

5-1レイアウトとしたステンレス製等長エキゾーストマニフォールドの各ブランチは一体成形。チタンやインコネル(ニッケル系合金)も試した。排気のサウンドチューニングは三五が担当。右バンク側には、メインのスカベンジポンプとオイルポンプを装着。左バンク側にシリンダーヘッドとチェーンケースのオイルを吸うサブのスカベンジポンプを取り付けている。

「(開発スタッフに)レース出身の人間が多かったので、当然試しました。F1みたいに1万何千回転も回せばいいのでしょうが、このエンジンの場合はまったく効果ありませんでした」

9000rpmを目標にした1LR-GUEは、量産エンジンとしては無類の高回転ユニットだ。トヨタ自動車エンジンプロジェクト推進室で1LR-GUEの開発を監督するポジションには、モータースポーツ部で腕をふるったエンジニアが就いた。レーシングエンジンの開発で得たノウハウが欠かせないとの考えに基づいている。だから、エキマニの材料にインコネルを検討するし、拡管を「当然」試したのである。

高回転高出力、そして聴き惚れるV10サウンド

耐久性を考慮して直打式とはせずロッカーアーム式を採用。ロッカーアームのカム摺動面にDLCコーティングを施す。吸排気側ともに可変バルブタイミング機構を装備する関係上、アルミ鍛造製ピストンはフルリセスに近い状態。「手前味噌ですが、その状態に加え88mmのボアで圧縮比12.0の燃焼室を作り込んだのは頑張ったほう」と吉岡氏。

動弁系の駆動はギヤとチェーンの併用である。レーシングエンジン屋の発想としてはオールギヤドライブになるし、吉岡氏も「試してみたかった」と話すが、ギヤノイズの絡みでオールギヤは不採用に。1段目をギヤにし、以降はチェーンになった。1段目のギヤ側には一次振動をキャンセルする目的で重量のアンバランスが設けられている。

ヘッドカバーはマグネシウム合金製。バルブは吸排気ともに中実のチタン合金。コンロッドはチタン合金製(鍛造)である。バルブはロッカーアームを介して駆動するが、カムとの摺動面はDLCコーティングを施す。コンロッドのクランクシャフトとの摺動面、ビストンリングのシリンダーボアとの摺動面にはそれぞれクロムナイトライド(窒化クロム)処理を施している。シリンダーはスリーブレスで、日産GT-Rが積むVR38DETTと同様、シリンダーボアに鉄を溶射した。アルミ鍛造製のピストンはヤマハ製である。

クランクケースは各気筒独立構造(6ベアリング)とし、剛性を確保。ドライサンプとしてエンジン全高を抑えると同時に、オイルの撹拌抵抗を減らしている。

「ピストンリングは3本です。量産エンジンで2本となると、ブローバイやオイル消費の面で考えにくい。ただでさえドライサンプや独立スロットルなど、新しいことにチャレンジしています。ピストンリングを2本にすることで何がどこまで得られるのか。量産ではそのあたりの損得勘定は必要です」

レーシングエンジンを設計するスタンスを押し通したのではない。

「開発初期の頃はごく少ない人数で開発していました。私は6割くらい図面を描きました。若い頃に指導を受けたのが吉川というレーシングエンジン設計者で、直接仕込まれた部分もありますし、OX88やOX66(ともに1980年代のレーシングエンジン)の図面を引っ張り出して死ぬほど勉強しました。半年ほどですが、ジョン・ジャッド(「ジャッド」はイギリスのエンジンコンストラクターで、1990年代にヤマハとF1用V10を共同開発)のもとで仕事をしました。このエンジンはジャッド的な考え方と吉川的な考え方をミックスしています」

ジャッド的な考え方とは。

「同じ機能を発揮するのであれば、シンプルな形が一番いいということ。複雑で組み立てにくいのは一番だめ。だから壊れるのだと。設計は吟味に吟味を重ねてできるだけシンプルにしていく。一流は納得いくまで妥協しない。そういった思想は受け継いだつもりです。トヨタさんとの共同開発ですので、先方のレーシングエンジン的な考えを反映させた部分もあります。その意味では、トヨタとヤマハのレーシングエンジンのフィロソフィーが融合したエンジンと言っていいでしょう。量産エンジンしか知らない人が作ったエンジンとは明らかに違います」

濁りのないサウンドを作り出すため、左右独立の排気システムを設計。エキゾーストマニフォールドのブランチはほぼ等長(±40mm)。エンジン部2ヵ所、トランスアクスル2ヵ所の計4ヵ所でパワートレーン全体をマウント。トルクチューブと排気管の2階建て構造とし、センタートンネルの幅を狭く設計している。
テールパイプは3本出し。メインマフラー(チタン製)の前にバルブを配置。3000rpm未満ではバルブを閉じ、左右バンク独立で入ってきた排気はメインマフラー内を回遊して消音、下部の1本から排出。3000rpm以上ではバルブを開け、ほぼダイレクトに上部の2本から排出。高次成分のみを抽出したハイピッチなサウンドを奏でる。

新開発V10エンジンを開発するにあたっては、リッターあたり120馬力、9000rpmという性能目標と同時に、官能的なサウンドを実現するという目標が定められた。吉岡氏は「5-1集合の等長エキマニにした段階でいい音になるのはわかっていた」と説明する。「排気管が不等長だとマフラーで何をやっても消せません。5-1集合で高次成分がたくさん入っていたので、低次の圧力波だけマフラー(設計・製造は三五)で消してもらって、高次の音だけ残しました。回転数はF1の半分ですが、F1エンジンのようなハイピッチな音に仕上がっています」

音でエンジンの価値が決まるわけではないと承知しつつも、つい聞き惚れてしまうサウンドをレーシングエンジン屋のフィロソフィーで開発した量産エンジンは奏でている。

共鳴特性がそろうように、サージタンクに設けるエアコネクターの位置と高さを最適化。きっちりそろえると味気ない音になるため、ランブル(ゴロゴロ感)を演出した。サージタンクの天板が気持ちいい音で共鳴するよう、ヤマハ株式会社(楽器製造)に協力を依頼し、アコースティックギター内部に配するリブを設計するのと同じ解析手法を応用した。
ヤマハの協力を仰ぎ、サージタンク内の空間共鳴と振動板共鳴の最適化を図った。その解析作業の様子を示す。サージタンクの左右を結ぶようにリブを配置。エアコネクター開口部周辺の剛性を強化した。結果、爆発一次成分を強調する吸気サウンドを実現している。この吸気音はダッシュ開口部(上部=中高音、下部=中低音)を通じてキャビンに伝達させている。

■ Specifications[1LR-GUE]
エンジンタイプ:72°バンクV型10気筒
エンジン配置:フロント縦置き
排気量(cc):4805
バルブ数/気筒:4バルブDOHC
動弁機構:ロッカーアーム
潤滑方式:ドライサンプ
ボア×ストローク(mm):88×79
シリンダーブロック素材:アルミニウム合金
シリンダーヘッド素材:アルミニウム合金
圧縮比:12.0
最高出力:412kW/8700rpm
最大トルク:480Nm/6800rpm

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