マツダのSKYACTIV-Xがアップデートを実施し「SPIRIT 1.1」へ 。搭載モデルユーザーも無償アップデートを検討中[内燃機関超基礎講座]

マツダは世界初の燃焼方式を持った新世代ガソリンエンジン、SKYACTIV-Xを搭載したMAZDA3を2019年12月に発売した。それからほぼ1年が経過。「最初のアップデートを行なう」という情報が入ってきた。アップデート版の発売タイミングは2021年初頭を予定。SKYACTIV-X搭載車のユーザーには、無償アップデートを検討中だという。
*本記事は2020年11月に執筆したものです
マツダの新世代エンジンSKYACTIV-X マツダは今回最初のアップデートを行なう。

ガソリンエンジンで圧縮着火を制御する技術を実用化したのが、SKYACTIV-Xだ。空気と燃料が過不足なく燃える空気と燃料の比率よりも空気の比率が高い混合気の状態を「リーン」と呼ぶ。文字どおり、「薄い」という意味だ。混合気が薄いと点火プラグでは火がつきにくいので、容積比(圧縮比)を高めて温度と圧力をコントロールし、自己着火させるのが圧縮着火だ。内燃機関の熱効率を高める手段は高圧縮比化とリーンにしていくことである。その両方に取り組んで熱効率を高める画期的な燃焼技術が圧縮着火だ。

BMEP(正味平均有効圧)は、トルクアップにともなって現行型の14.10barからアップデート型は15.10barへと向上した。

マツダは「火花点火制御圧縮着火(SPCCI)」という技術を用いて、着火しにくいリーンな混合気を制御することに成功した。それが、SKYACTIV-Xである。このエンジンの特徴は熱効率が高いだけではない。アクセル操作に対してリニアに追従するレスポンスの良さが魅力だ。

マツダ美祢試験場で開催された「SKYACTIV-X Update TECH FORUM」で執行役員の中井英二氏は、SKYACTIV-Xのアップデートについて次のように説明した。

「SKYACTIV-Xは各気筒の混合気に応じてサイクルごとに燃焼を緻密にコントロールできます。そういう自由度の高いハードウェア特性を持っている。(2019年12月の)初期の導入では、純粋に気持ち良く、意のままにクルマと一体になれる使い慣れた道具感をともなった、走る歓びを提供できるようにコントロールしました。今回のアップデートではダイナミックレンジを広げ、行きたい方向にクルマが動くことへの感動を新たに呼び起こし、心がときめいてくる方向で開発しました」

2019年11月からMAZDA3の主査を務める谷本智弘氏は、アップデートのポイントを「瞬発力」と「自在感」という言葉に集約して説明した。

「瞬発力は、瞬時に出せる能力です。踏み込んだその瞬間から、踏み方に応じてゆっくり、そして、素早く操れる力です。今回は、なめらかで気持ちのいい走りに、この瞬発力を兼ね備え、緩急自在なコントロール性を持つSKYACTIV-Xに飛躍させました」

いっぽう、自在感とはドライバーの思いどおりになることを指す。例えば、アクセルをゆっくり踏み込むシーンでは、なめらかに、しっとりと追従し、思ったとおりのラインを素直にトレースするというような。

SKYACTIV-XのキモであるSPCCI燃焼。

今回のアップデートでは、ハードウェアには一切手を加えていない。ソフトウェアの変更のみで、燃焼制御の緻密化を行なった。アクセルペダルの踏み込み具合からドライバーの要求性能を読み取ると、その要求を満たす「狙いの燃焼」を定め、各気筒に搭載する圧力センサー(CPS)の情報をもとに筒内の状態を予測して、新気量やEGR(排ガス再還流)量、燃料量や点火時期を制御する。今回のアップデートではとくに、EGRのモデル精度を高めた結果、より多くの新気を導入することが可能になったという。その結果、大幅なトルクアップが実現した。

現行SKYACTIV-X SKYACTIV-X エンジン形式:2.0ℓ直列4気筒DOHCスーパーチャージャー+Mild Hybrid エンジン型式:HF-VPH型 排気量:1997cc ボア×ストローク:83.5mm×91.2mm 圧縮比:15.0 最高出力:180ps(132kW)/6000rpm 最大トルク:224Nm/3000rpm 燃料供給:筒内燃料直接噴射(DI) 使用燃料:プレミアム

現行SKYACTIV-Xのスペックは以下のとおりだ。
最高出力:132kW(180PS)/6000rpm
最大トルク:224Nm/3000rpm

SKYACTIV-Xアップデート版は出力/トルクともに向上している(社内測定値)。
最高出力:140kW(190ps)/6000rpm
最大トルク:240Nm/4500rpm

アップデート型 SKYACTIV-X エンジン形式:2.0ℓ直列4気筒DOHCスーパーチャージャー+Mild Hybrid エンジン型式:HF-VPH型 排気量:1997cc ボア×ストローク:83.5mm×91.2mm 圧縮比:15.0 最高出力:190ps(140kW)/6000rpm 最大トルク:240Nm/4500rpm 燃料供給:筒内燃料直接噴射(DI) 使用燃料:プレミアム
アップデートにともなうハードウェアの変更はなし。圧縮比も日本仕様は15.0で変わらず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15:0の圧縮比に変わりはない。マツダが高応答エアサプライと呼ぶ機械式スーパーチャージャーと同じ構造を持った装置は、アップデートによって以前より早い段階から働くようになった。その結果、アクセルを踏み込んだ際の加速Gが早く立ち上がり、回転の上昇にともなって加速度が強くなっていく特性に進化した。加速の伸びが良くなったことになる。


美祢試験場のサーキットコースとワインディングコースを、一般道の模擬を想定して現行SKYACTIV-Xとアップデート版を乗り比べた。

美祢試験場のサーキットコースとワインディングコースを、一般道の模擬を想定して現行SKYACTIV-Xとアップデート版を乗り比べた。現行モデルも充分に瞬発力があり、自在に動くことを再確認した。アクセル操作に対して素早く反応するし、踏み込み側、戻し側とも、微妙な動きに即座に反応してくれ、クルマの姿勢を思いどおりに決めることができる。しかも、気持ちにゆとりを持った状態で。

アップデート版は、SKYACTIV-Xが元来備えている美点に磨きが掛かった格好だ。奥にいくほどきつくなっていくコーナーで「あれ? このままの状態じゃ曲がりきれないかも」と思ったときに少しアクセルを緩めると、ドライバーの気持ちがエンジンに通じたかのようにトルクが少し落ち、それにともなって緩やかなロールをともないながら鼻先がすっとイン側に向きを変え、狙ったラインをトレースしてくれる。アクセル操作に対するクルマの反応が鈍感だとブレーキを踏んで対処するしかないが、その必要はない。アクセルペダルの動きで姿勢と進路を絶妙にコントロールすることが可能だ。踏み込み側も同様である。

下ったあとに登るようなコーナー立ち上がりでは、無意識にアクセルペダルに込める力が強くなる。すると、ATの場合はドライバーの意図を汲み取って素早くダウンシフトし、加速態勢に移行する。今回のアップデートでは、アクセルペダル早踏みによる4速→2速のダウンシフトが現行車に対して200ms(0.2秒)早期化しているという。確かに、早い。

燃焼が早い(燃焼期間が短い)のが圧縮着火を制御するSKYACTIV-Xの特徴だが、その燃焼をより緻密にコントロールできるようになったことで、より自在にクルマを操れるようになり、それにともなってクルマとの一体感が増し、気持ち良さが増す。まさに、「走る歓び」というやつだ。今回のアップデートがもたらすベネフィットはそこに尽きる。

マツダは今回のSKYACTIV-Xのアップデート版を「SPIRIT 1.1」と命名した。最初の数字はハードウェアのステージを示しており、小数点以下の数字はソフトウェアのステージを示している(正式に運用するかどうか検討中とのこと)。2019年12月に発売した最初の仕様が1.0。今回はソフトウェアをアップデートしたので、1.1というわけだ。今後、SKYACTIV-Xを継続的にアップデートしていく意思表明と受け取れる。いずれ、SPIRIT 2にバージョンアップする日も来るということだ。

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リヤにあったSKYACTIV-Xのバッジは、マイルドハイブリッドシステムを搭載する証のe-SKYACTIV-Xに変更。「ひと目でSPIRIT車であることがわかり、乗る度に所有感を感じていただく思いを込めて」(谷本氏)、フロントフェンダーにSKYACTIV-Xのバッジが追加される。

SKYACTIV-Xエンジンに組み合わせる24VマイルドハイブリッドのM-HYBRIDのスペックは変更なし。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…