ホンダが中低速を重視!? 物議を醸した二輪用2気筒400ccNC47E型エンジン[内燃機関超基礎講座]

2013年、ホンダは二輪の中排気量クラス向けに新たな2気筒エンジンを開発し発表した。その1年前に発売された700ccに続く新世代エンジン第二弾の仕様設定と最新技術の“使い方”に注目する。
TEXT:近田 茂(Shigeru CHIKATA) PHOTO:瀬谷正弘(Masahiro SEYA)/Honda

2013年1月末、ホンダは「次世代」をうたった新開発のスポーツバイク用400ccエンジンの技術説明会を行なった。この「次世代」という言葉と400ccという排気量に心踊らされたのは筆者だけでなかったはずだ。400ccといえば国内専用設定となる排気量。普通二輪免許証で乗ることができる最大クラスである。今やその人気は低迷し、バイクメーカー各社がリリースするラインアップも寂しい状況だが、そこへ活を入れるエンジンを新規開発したホンダの心意気には心底拍手を送りたい。

この新型エンジンは水冷の並列(直列)2気筒で、DOHC4バルブ。ボア×ストロークは67.0mm×56.6mmというショートストロークタイプの399ccだ。左右気筒のボアピッチは74mmで、腰上のスリムさはかつての同排気量の空冷単気筒をしのぐものがある。ちなみに67mmというボアや74mmというボアピッチはピュアスポーツバイクであるCBR600RRの4気筒エンジンと同じで、技術やデータの共有化が図られている。当時はエンジンの概要発表のみで、出力などのスペックや、その搭載車両の仕様・登場時期などについては明らかにされなかったが、ホンダは「スポーティーでありながら扱いやすい、高品位でベーシックな、次世代を見据えたスポーツエンジンとして開発した」と述べた。

エンジンは車体剛性の一部を担うダイヤモンド型と呼ばれる形状のフレームへの搭載を前提に設計されており、シリンダーブロック後方面の上部にはフレームとエンジンを結合するマウントポイントが設けられている。そのエンジンの外観デザインは「見せる」ことを意識した高品位なものが狙われた。

ホンダは2012年2月にやはり並列(直列)2気筒の700ccエンジンを異なる3タイプの車両に載せて展開させたNC700シリーズを発売しており、それとこの400ccはある種共通する部分が多い。特にこの400ccでは、真の意味で同エンジンで初めてお目見えした技術というものはないのだが、従来は高回転化・高出力化のために使われた技術の用途・目的が変わり、ここでは燃費の向上やエミッション抑制といった今日的な環境対応を図るために用いられているところが興味深い。そのうえで、低速域から十分なトルクを発生させつつ、高回転域まできれいに吹け上がるという、扱いやすさとスポーツ性を高度に兼ね備えた持ち味を追求しているところに、この「次世代」400cc並列(直列)2気筒の新鮮な価値と魅力があるはずだ。

圧縮比と吸排気効率をさらに高めたこの新型400ccエンジンのピストンをNC700系エンジンのそれと比較すると、4本のバルブの逃げが深く彫り込まれているか否かでクラウン部の造形は明確に異なるが、軽量に作られたピストンの全体形状はよく似ている。燃焼制御上も共通ボア+4バルブ構造には多くのノウハウが蓄積されていたことだろう。

ピストンスカート部には粗条痕を、ピストンピンおよびコンロッドにはAB1処理&パルホスM1-A処理が施される。
CAE技術を駆使し、軽量・高剛性・高強度を追求して開発されたピストン。スカート部に粗条痕を設けることで油膜保持性を向上させてフリクションロスを低減。ピストンピンやコンロッドには、鋼材硬化に貢献するイソナイト窒化処理を行ない、さらにAB1(塩浴)およびパルホスM1-A(リン酸マンガン系化成)処理も加えて耐摩耗性を向上させている。

ただ、NC700系エンジンとこの新型400ccエンジンとでは、求める性能(機能)やコストの掛け方などに違いがあり、採択される方式も微妙に異なっている。例えば、400ccのスカート部には粗条痕をつける加工が施されており、これによって油膜保持性能の向上が図られ、フリクションロスの低減やブローバイガスの放出低減につなげている。ピストンピンやコンロッドには素材を鍛えて表面硬化を図る上で最新処理技術を重ねて駆使。ピストンピンをクロームメッキするより安いうえ、耐摩耗性の向上も実現させている。

エンジン右サイドのサイレントチェーンで駆動されるツインカムのバルブメカにはローラーロッカーアームが採用されている。NC700系とも異なり、ひとつのカムがローラーロッカーを介すことで同時に2つのバルブの開閉を担う。超高回転を追求するとなれば動弁系の重量は軽いに越したことはなく、直打式を採用するのが一般的だが、この新型400ccは当初から最高出力の発生回転数を9500rpmに設定して開発されており、そこでフリクションロスの低減を重視してローラーロッカーが採用された。

DOHCは右サイドカムチェーンによって駆動される。DID(大同工業)製6.35mmピッチのSCH形サイレントチェーンを採用。ピンにパナジウム表面処理が施されたSVチェーンで、フリクションロスが少なく耐久性も高い。
NC700系と同様に吸排気バルブの駆動メカにはローラーロッカーアームを採用してフリクションロスを最小化。タペット調整には軽量でシンプルなシム式が使われている。狭角バルブにストレートポートをマッチさせているのも特徴的。バルブ周辺のフリクションロス低減は燃費率の向上に大きく貢献する。

とはいえ、9500rpmも回るエンジンなのだから決して低回転型ではない。そのため、タペット調整にはスクリューアジャスターを持たないシンプルで軽量なシム式が採用されている。この点もNC700系とは異なっている。当然ながら動弁系の軽量化策もおろそかにはできないわけだ。追従性に優れるダブルピッチのバルブスプリングも設定荷重は控えめ。それらのバランスにより、スムーズで伸びのいい回転フィーリングが稼ぎ出されている模様だ。

ちなみに、排気量が669ccのNC700系エンジンはロングストロークタイプで、270度位相クランクによる不等間隔燃焼を採用。最高出力は37kW/6250rpmとなっている。また、ホンダは2012年11月に海外専用のモデルのCBR500R/CB500F/CB500Xを発表しているが(発売は2013年春)、これらの3モデルが搭載するのは470.8ccの並列(直列)2気筒で、ボア×ストロークは67.0mm×66.8mmのほぼスクエア。最高出力は欧州の免許制度に合致させるべく35kW/8500rpmとされている。そのストロークを56.6mmに縮めて400cc化したのがこのエンジン、という関係である。クランクは500cc、400ccともに180度位相の等間隔燃焼だが、ショートストロークの400ccは高回転までさらに伸びのいい出力特性も加味され、最高出力は34kW/9500rpm、最大トルクは37Nm/7500rpmとされた。

この「次世代」400ccエンジンのエクステリア各部にはCBR600RRのエンジンと同様のデザインとされたところが各所にある。狙いどころや個性が異なるエンジンに共通イメージを追求したという点については素朴な疑問を感じるが、CBR600RRのエンジンはMoto2レースで全車が使用しており、その高性能エンジンを生んだ開発者のこだわりとプライドがこの新型400ccにも受け継がれている、ということだろう。

もっとも、こうした数値はさして重要ではない。このエンジンはとにかく使ってなんぼ。柔軟で頼り甲斐のある、扱いやすい出力特性を求めて、フリクションロスの低減技術は至るところで徹底的に導入されており、環境・燃費面でも一段と優れた高性能を発揮してくれるに違いない。

例えば、冷却水を循環させるために必要不可欠だがパワーを食われてしまうウォーターポンプや、潤滑のためのオイルポンプも小型軽量化や高効率化による省エネ化が徹底されている。また、エンジン下部のオイルパン形状も簡素化された。それぞれの流動特性を合理化することによってもフリクションロスの低減が図られているのだ。クランクケースもトランスミッションとの隔壁を設けない設計とされ、ピストンが上下に往復運動するときに発生するポンピングロスを通常設計より低減。この点も見逃せない効果を生んでいるという。

シリンダーには遠心鋳造された薄肉スリーブを採用。シリンダーボアは67mm、ボアピッチは74mm。クランクはピストンが交互に上下する180度位相タイプ。トランスミッション室との隔壁をなくしてシリンダー下方で左右を筒抜けとし、ピストンの往復運動時に発生するポンピングロスの低減が断行された。
冷却水ポンプの小型・軽量化も徹底。CAEシミュレーションを活用して冷却水の高効率な流動解析が行なわれ、高出力・高負荷時においても十分に安定した冷却性能が確保されている。このウォーターポンプはオイルポンプとともにクランク軸から一次減速されたミッションのメインシャフトよりチェーンを介して駆動される。また、オイルポンプはその中でオイルをリリーフする内部リリーフ構造とし、これによってオイルのエアレーション(泡噛み)を防止。その結果としてオイルパン内部を簡素な形状としている。
AI(エア・インジェクション)システムはエミッション対応装備のひとつで、シリンダーヘッドから排気ポート部に空気通路が導かれた構造を持っている。排気管に設けられたO2センサーやキャタライザーおよび燃料噴射制御等で国内の厳しい排出ガス規制値(平成19年WMTCモード)をクリアしている。

キーワードで検索する

著者プロフィール

Motor Fan illustrated編集部 近影

Motor Fan illustrated編集部