CARTへの参戦(1994年~2002年)を勘定に入れれば、ホンダとアルコール燃料との付き合いは10年以上になるわけで、だからメタノールからエタノールに替わっても「変更はとくにありません」と、HPDでエンジン設計を担当する堀内大資チーフエンジニアは説明する。「部品の変更はとくにありません。金属の腐食とか樹脂類の膨潤とか、エタノールに比べればメタノールの方がアタックは強い。だからやや楽になっていますが、材料関係はメタノール時代のものを踏襲して使っています」
アルコールは親水性のある含酸素燃料であるがゆえ、金属に対する腐食作用や、ゴムなどの樹脂系材料に対する膨潤(液体を吸収して体積を増大させる現象)作用が問題となる。ゴム部品が膨潤すると膨張〜硬化して弾力性をなくし、シール性を失なうので、燃料漏れの原因となる。そのため表面処理に対する配慮が必要で、燃料が直接触れる箇所のシールには膨潤対策としてフッ素系のOリングを使用する。また、金属の腐食作用については、鉄材料の場合はSUS系、アルミの場合は硬質アルマイト処理材を採用することで対策を図っている。短時間のインターバルでメンテナンスが可能な場合は、表面処理を施さなくても使用可能だが、エンジンを数日放置するようなケースではガソリンでエンジンを回し、アルコールを洗浄するプロセスを欠かさないという。
ガソリンに比べてアルコールは潤滑性が悪いのも特徴。燃焼室に送り込まれた燃料の一部は燃えずに燃焼室に残るが、ガソリンの場合はそれ自体がある程度の潤滑性を持つので、潤滑が保たれる。ところがアルコールはオイルを洗い流してしまう効果があるので、オイルが切れてスカッフを起こす可能性が高い。そこでアルコール燃料を用いたエンジンの場合は、ピストン冷却用のオイルジェットで潤滑を兼ねる場合もあるという。「1万回転以上で回すと強力なオイルジェットが必要になりますが、競争があった時代は、予選は2周だけ回ればいいので、フリクションを下げるためにオイルジェットを切ったりしたこともありました」(堀内氏)
こうしたアルコール一般に対する対策が施されていれば、メタノールからエタノールに燃料が替わっても特別な作業は必要としない。内燃機関としての構造も同じである。とはいえ、メタノールとエタノールでは性質に違いがあり、それがエタノール化に際し講じられた排気量アップと燃料タンク容量の削減につながっている。この点については後述するが、まずはガソリンとメタノール、エタノールの性質の違いから見ていこう。
メタノール、エタノールのアルコール系とガソリンとで顕著に異なるのは、理論空燃比と発熱量、オクタン価である。ガソリンに比べてアルコール系は理論空燃比が小さく、ガソリンの14.7に対してメタノールは6.4。エタノールはその中間で9である。同じ排気量・回転数のエンジンを回すのに、理論的にはメタノールはガソリンの約2.3倍、エタノールは約1.6倍の燃料を供給しなければならない。これは、大容量のインジェクターが必要なことを意味する。ただし、「市販の上限のスペックがぎりぎり使えるくらい」(堀内氏)のレベルだという。
一方で、アルコール系はガソリンに比べて気化潜熱が大きい。アルコール消毒をするとひんやりするのと一緒で、インジェクターから噴射されたメタノール、エタノールは気化しながら吸気の温度を急激に奪う。つまり、吸気効率を向上させる効果がある。さらに、アルコール系はガソリンに比べてオクタン価が高い。だから、ノッキングを気にせず、高圧縮比とすることが可能だ。
兼ね合いが難しいのは気化させる加減だという。気化させて吸気が冷えるのは体積効率を考えれば歓迎だが、同時に、気化によって発生したガスが吸気を押し戻す「エアブロッキング現象」を起こすのが厄介だ。気化させる燃料と気化させない燃料の供給の仕方が、アルコール燃料を用いたエンジンでのパワーを引き出すコツになる。「そこに工夫があって、インジェクター(直噴はルールで禁止)の位置や向きなど、燃料系をちょっといじるだけでいくらでもパワーが上がった」と堀内氏は競争があった時代を振り返る。ノズル噴孔にも工夫があったはずだ。CART時代のように回転数に制限がなければ、エンジン回転を上げてパワーを引き出す開発に軸足を置いたかもしれないが、ホンダが2003年以降に舞台を移したインディカーシリーズは10300rpmに回転数の上限がある。そうした足かせがある状況で、燃料供給方法の工夫が開発の焦点となっていった。