【海外技術情報】ドレクセル大学:リチウム硫黄電池の商業利用への道を切り開くカソード化学の飛躍的進歩

アメリカにおいても、電気自動車(EV)に対する需要は高まりつつあり、それに移行するのに必要なバッテリーを持続的に調達するという課題を顕在化させた。現在EVで使用されているバッテリーよりも高性能なだけでなく、より入手しやすい材料で作られたバッテリーを作ることが期待されている。それに貢献する技術として、ドレクセル大学に所属する化学エンジニアのグループが、科学雑誌『Nature』(Communications Chemistry)にて、リチウムイオンバッテリーに硫黄を導入する方法を発表した。
TEXT:川島礼二郎(KAWASHIMA Reijiro)

電池材料不足を解決する硫黄の活用

2021年、世界市場におけるEV販売台数が急増することで、リチウム、ニッケル、マンガン、コバルトなどの電池材料価格が高騰した。また、新型コロナウイルス感染症の影響により、ほとんどが海外から供給されているこれら原材料のサプライチェーンが、アメリカにおけるEV生産のボトルネックとなった。また、原材料の主要提供者が、コンゴや中国であることも、あらためて注目された。そして、それらを抽出することによる人間と環境への影響についても問題が提起された。

EVの急増と電池材料不足が起こる前から、商業利用可能な硫黄電池の開発は、電池業界の希望の一つであった。硫黄は自然界に大量に存在し、より多くのエネルギーを蓄えることが可能だからである。ドレクセル大学の化学エンジニアグループが、この程、科学雑誌『Nature』(Communications Chemistry)に、これまでLi-S電池の進歩を妨げてきた障害を回避する方法を発表した。それは、この技術の商業利用可能性を引き上げるものである。

炭酸塩電解質を備えたリチウム電池への硫黄の適用

彼らが発見したのは、炭酸塩電解質で機能する希少な形態の硫黄を生成して、それを安定化させる新たな方法である。この開発により、硫黄電池は商業利用が可能になるだけでなく、リチウムイオン電池の3倍の容量を持ち、4,000回以上の再充電が可能になる。これは一般的には10年間の使用に相当する。研究を主導した同大学化学生物工学部教授のVibha Kalra博士は以下のように述べた。

「硫黄は地球上に豊富にありますし、安全かつ環境に優しい方法で収集できるため、長年にわたりバッテリーでの使用が強く望まれていました。また、これまでに示したように、硫黄は商業的に実行可能な方法でのEVやモバイルデバイスのバッテリーの性能を向上させる可能性に満ちています」

商業的にも有用な炭酸塩電解質を備えたリチウムイオン電池に硫黄を導入するための課題は、多硫化物と呼ばれる中間硫黄生成物と炭酸塩電解質との間に起こる、不可逆的な化学反応であった。この悪影響のため、これまでの硫黄カソードの使用は、ほぼ即時のシャットダウンと、1サイクル後の故障に終わっていた。

Li-S電池は、エーテルが多硫化物と反応しないため、炭酸塩ではなくエーテル電解質を使用した実験環境下において、すでに並外れた性能を発揮している。しかしエーテル電解質は揮発性が高く、また沸点が摂氏42度と低い。そのためエーテル電解質のバッテリーは商業利用に適さない。バッテリーが室温を超えると、故障やメルトダウンする可能性があるのだから当然だ。

「過去10年間で、Li-S分野の研究の多くは、炭酸塩との有害反応を回避するためにエーテル電解質を採用していました。その後、研究者たちはエーテルベースの硫黄電池の性能を向上させることには成功しましたが、エーテル電解質自体が問題であるという事実を完全に見落としていました。そこで私達は、エーテルを炭酸塩に置き換えることを主な目的として研究を行いましたが、そうすることで同時に、多硫化物の排除にも成功しました。これはバッテリーが数千サイクルにわたって非常に優れた性能を発揮することを意味します」

Kalra博士のチームは長らく、この問題に取り組んでいた。多硫化物の動きを抑えることで、エーテルベースのLi-S電池のシャトル効果を遅くするカーボンナノファイバーカソードを製造していた。そしてカソードを商業利用可能な電解質で機能させる必要があることに気づいていた。

「メーカーが現在使用している炭酸塩電解質と連動する陰極を持つことは、彼らにとって最も障壁の少ない道でしょう。そのため私達は、新しい電解質の採用を推進するのではなく、既存のリチウムイオン電解質システムで機能するカソードを作成することを目標にしました」

そこで研究チームは、多硫化物の形成を排除することを期待して、蒸着技術を使用してカーボンナノファイバーカソード基板に硫黄を閉じ込めようと試みた。ナノファイバーメッシュ内に硫黄を埋め込むことには失敗したが、カソードのテストを開始したとき、明らかに異常な現象が確認できた。

「テストを開始すると、テストは美しく実行され始めました。私達はそれを、まったく予期していませんでした。何度も何度も(100回以上)テストしましたが、結果はいつも同じでした。硫黄カソードは反応を停止させると考えていましたが、実際には驚くほどうまく機能し、シャトルを発生させることなく何度も何度も実行できたのです」

調査したところ、カーボンナノファイバーの表面に硫黄を堆積させるプロセスの間に、予期しない方法で結晶化し、モノクリニックガンマ相硫黄と呼ばれる元素のわずかな変化を形成することを発見した。炭酸塩電解質と反応しない硫黄のこの化学相は、これまで実験室における高温でのみ生成され、また極限環境でのみ自然界で観察されていた。

化学生物工学科の博士課程の学生であり、論文の共著者であるRahul Pai氏は以下のように述べた。

「最初は、私達が検出したものであるとは信じられませんでした。これまでのすべての研究で、単斜晶系硫黄は摂氏95度未満では不安定でした。これまで単斜晶系ガンマ硫黄を生成した研究はほんの一握りであり、それはせいぜい20〜30分間しか安定していませんでした。しかし私達は、性能を低下させることなく数千回の充放電サイクルを経ている陰極で、それを生成したのです。1年後に調べたところ、化学相は同じままであることがわかりました」

1年以上のテストの後、硫黄カソードは安定したままであり、その性能は4,000回の充放電サイクルでも低下しない。これは通常の10年間の使用に相当する。そしてバッテリーの容量はリチウムイオンバッテリーの3倍以上である。

再びKalra博士は述べた。

「現在、正確なメカニズムを理解しようと研究に取り組んでいますが、これはエキサイティングな発見です。より持続可能で手頃なバッテリー技術を開発するための多くの扉を開く可能性があります」

リチウムイオン電池のカソードを硫黄に置き換えると、コバルト、ニッケル、マンガンを調達する必要がなくなる。これらの原材料の供給は限られており、人の健康や環境に害を及ぼすことなく抽出するのは困難だ。一方、硫黄は世界中に存在しており、また石油生産の廃棄物でもあるため、アメリカには膨大に存在している。

Kalra博士は、炭酸塩電解質で機能する安定した硫黄カソードを使用することで、研究者がリチウム陽極の代替品の検討を進めることができると示唆している。

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著者プロフィール

川島礼二郎 近影

川島礼二郎

1973年神奈川県生まれ。大学卒業後、青年海外協力隊員としてケニアに赴任。帰国後、二輪車専門誌、機械系…