「ドイツ人もマーチと同じことを考えるんだ」と、思い出したに違いない。TSIが目指したのは排気量の縮小とドライバビリティの両立、このMA09ERT型は競技規則にミートさせるための高性能達成という目的の違いはあったが(さらに言えばMA09ERTがモデルとしたであろう「ABARTH 233 ART18S」の存在が高くそびえる。ご存じ、デルタS4が搭載していたターボチャージャー×スーパーチャージャーによるエンジンである)。
MA09ERT型の930ccという不思議な排気量は、当時の国際ラリーレギュレーションに合わせたため。1000~1600ccのクラスBに適合させるようにすると、過給するならば係数1.7を考えて1600÷1.7=941.18となり、当時のマーチのターボエンジンであるMA10ET型/の987cc(68mmスクエア)では超過してしまう。そこで日産はボア径を2mm縮小して930.09ccとしてこれをしのいだ。性能向上に伴ってMA10ET型に対してピストンのデッキハイトを5.0から5.5mへ上げ、ピン径も0.5mm拡大して17.5mmを用いる。カムシャフトはジャーナル部を追加して支持剛性を向上、高速化に対応した。
スーパーチャージャー(SC)はルーツブロワ、リブベルトを介してクランクシャフトで駆動する。高回転側の駆動損失低減のために、電磁クラッチで断続する。ターボチャージャー(TC)はノーマルのMA10型に搭載するHT07型をベースにした大型のHT10型を搭載。過給圧は700mm/Hg。これらを用いてブースト圧は最高1.1気圧:圧力比で2.1まで高めている。これに伴い圧縮比は、MA10型の9.5から7.7まで低められた。
吸気流路は、【吸入口 → エアクリーナー → コンプレッサ → スーパーチャージャー/バイパス路 → インタークーラー → スロットルバルブ → シリンダー】。過給の受け持ちは、SCが4000rpmあたりまで、TCはそれより上、5000rpmあたりから本格過給、7000rpmあたりまで続く。
ターボラグを解消するためのSC装備だが、小径ターボを備えるシーケンシャルターボシステムという手段もある。しかし930ccという小排気量で小径ターボを用いるには400cc用のターボチャージャーを選ぶこととなり小さすぎ、高効率運転とトルク獲得は難しいと、兼坂弘氏はMF誌の連載内で指摘している。
先述のようにSCはルーツ式。内部圧縮するリショルム式やスクロール式に対して体積効率はどうしても低くなる。先述のように本機は圧力比2.1の高過給とし、SCの特性を生かした高応答性を実現してはいるものの、高過給仕様ゆえの熱対策で設けられた大きな間隙のために漏れが多くなり、さらに低回転域では駆動ロスが相対的に大きく、期待するほどの大トルクを得ることは叶わなかった。ただし、低速でいたずらに高過給を実現すればノッキングの壁が立ちはだかり、それを回避するためには7.7の圧縮比をさらに低くしなければならず――という循環に陥る。なお、兼坂氏はこれらを解決するためにはSCをリショルム式に改め、さらにミラーサイクルで運転することを提案している。「何時も同じことを言いたくない」と綴りながら本機を解説したのは1988年のこと。マツダKJ-ZEM型ミラーサイクルエンジンが登場するのは1993年、VW・TSIはさらに時代を下って2005年の提案、恐るべき慧眼である。
■ MA10ET 形式:直列4気筒SOHC 総排気量:987cc ボア×ストローク:68.0×68.0mm 圧縮比:8.0 最高出力:76ps/6000rpm 最大トルク:10.8kgm/4400rpm 過給の種類:ターボチャージャー (マーチターボ)