スーパーチャージャー過給! 日産HR12DDRの特性を考察する[内燃機関超基礎講座]

(PHOTO:石原 康)
小さなエンジンの効率を高めるために、世の多数はターボチャージャーを用いるところ、日産はスーパーチャージャーを採用した。大排気量のV型エンジンでは散見されるものの、小排気量、まして3気筒ともなると非常に稀有。なぜ日産はSC過給を選んだのか。
TEXT:世良耕太(SERA Kota)
*本記事は2010年9月に執筆したものです

HR12DDR型の1.2ℓ・直列3気筒スーパーチャージャーは、2011年末にマイクラ(日本名マーチ)に搭載された。ヨーロッパの小型車はディーゼルエンジンが主流だが、ディーゼルは排出ガス規制の要求が高度化する流れ。規制に対応しようとすれば、コスト増は避けられない。そこで日産は、ガソリンエンジンで同クラスのディーゼルを凌駕するCO2排出量と動力性能をターゲットに開発に着手した。それがこのエンジンである。

ベースとなるのは、2010年7月にマーチに搭載されてデビューしたHR12DE。このエンジンは直4のHR16DEからシリンダーを1本取り去ったものと考えていい。ボア・ストローク値をはじめ主要スペックは共通だ。HR12DEはバランサーシャフトを使わず、クランクプーリーやドライブプレートに付けたマスで縦方向の振動を横方向に変換し、3気筒エンジンに特有の弱点を解消しているが、HR12DDRも同じ技術を受け継いでいる。

(PHOTO:NISSAN)

開発エンジニアによると、HR12DEの開発当初から、「DDR」の開発が決まっていたわけではないという。世界トップクラスの低CO2排出量を目指したとき、最適なエンジンは何かという視点で社内を見渡した際、最適なユニットがHR12DEだったというわけだ。

78.0mmのボア径から、まず圧縮比13を設定。ミラーサイクルの採用はノッキング回避と燃費向上の手段。圧縮比10.2のHR12DEと比較した場合、燃費の向上しろは3%と見込んでいる。実排気量が小さくなって低速トルクが落ちる分を補う手段が過給器だが、レスポンスと動力性能の観点から、ターボチャージャーではなくスーパーチャージャー(SC)を選択したという。

SCはイートンの最新世代ルーツ式。前世代が3葉60度ツイストだったのに対し、現行モデルは4葉160度ツイスト。過給圧を発生する有効レンジが広くなっている。駆動損失を減らすため、低負荷領域では電磁クラッチによってSCを切り離す制御。

【スーパーチャージャー過給】
吸気行程より膨張行程が長くなるミラーサイクルにすると、排気量を小さくしたのと同じなので、トルクの低下は避けられない。それを補うのが過給機。圧縮した空気をシリンダーに押し込むことで、吸気量(とそれに見合った燃料噴射量)を増やす。マイクラに積むHR12DDRの場合、NA1.5ℓ相当の動力性能を目指す。ターボチャージャーはその性質上、応答遅れが発生する。膨張比が大きいこともターボチャージャーのレスポンスを悪い方向に導くため、スーパーチャージャーを選択した。

HR12DDRが搭載するイートンTVSの効率マップ。横軸は1時間あたりに流れる空気量。縦軸は圧縮比。最大圧縮比は2.4。広範囲に渡って高効率が維持されている。

試乗する機会を得た時点では、低負荷の際、1300rpmでスーパーチャージャー(SC)の電磁クラッチをつなぐ設定だった。当時はクラッチをつなぐポイントを2000rpmにしたいという意向だったようだが、SCの制御に関しては、熟成を進めている段階のよう。この件に関しては、下で寸評を寄せている本誌アドバイザーの畑村耕一博士が以下のようなコメントを残している。

「詳しく仕様を見ていくと、気になる点がひとつ。電磁クラッチとスロットルの位置だ。電磁クラッチは、アイドルや低負荷の燃費を向上させるためにSCの回転を止める装置なのだが、高速道路の走行ではクラッチを切ることができない。なぜなら、エンジンの回転数が高いとクラッチの耐久性の制約から、必要なときに切った状態から接続できないので、逆に、切れないのだ。
10・15モード燃費を気にする日本の技術者は、アイドルや低負荷時のSCの抵抗を下げるために、電磁クラッチを付けようとしがちである。SCの駆動損失は、クラッチがあるので問題なしとする考えがスロットルの位置に現れている。クラッチのないマツダのミラーサイクルも、アウディのSCもスロットルはSCの上流にある。過給圧が要らない運転では、負圧の中でSCを回し、空気の流動損失を減らすためだ。SCの下流にスロットルがあるこのエンジンは、クラッチ接続状態でのSC駆動損失のため、高速燃費は苦手とするだろう」

トップリング外周面にDLCコーティングを施す。バルブ挟み角や吸排気バルブ径などのスペックはHR12DEと共通。

バルブリフターとピストンリング外周面(トップリング)に水素フリーDLCを施し、フリクション低減を図る。カムシャフトとクランクシャフトの軸受部には、マイクロフィニッシュ(鏡面仕上げ)を施す。オイルポンプは可変容量式。これらのフリクション対策により、同等性能の4気筒エンジンに対して約20%のフリクション低減を達成したという。燃費ターゲットの達成に貢献するアイテムは積極的に取り入れている。

そして、吸気冷却効果など、燃焼効率を高めるために直噴の採用に踏み切った。バルブのスペックはHR12DEと同じだが、ノッキングを抑えるため、排気側はナトリウム封入バルブに置き換えている。デュアルインジェクターやVVEL、ハイブリッドなどの燃費向上技術は、仕向けや仕様によってその都度組み合わせを検討するのが日産の考え。

可変バルブタイミング機構(C-VTC)によって吸気バルブが閉じるタイミングを遅らせ、吸気行程<膨張行程を実現する「遅閉じ」ミラーサイクルで運転する。膨張比をベースエンジンの10.2から13に増やす考えが先にあり、ノッキングを回避するために実圧縮比を小さくするミラーサイクルを採用したという発想。アイドリングストップ機構も装備する。

「よく考えられたダウンサイジング過給エンジン」

マツダのミラーサイクルエンジンが登場したのが1993年だから、2011年、18年ぶりに本格的ミラーサイクルエンジンが再び市場に現れることになる。3気筒1.2ℓエンジンの圧縮比を10.2から13に高めて、最新のルーツタイプのスーパーチャージャー(SC)と組み合わせて、吸気弁遅閉じのミラーサイクルとする。プリウスのエンジンを直噴3気筒にして、ハイブリッドの代わりに過給したものと思えばわかりやすい。4気筒1.5ℓと同等の走りを1.2ℓで実現したダウンサイジングエンジンで、圧縮比が高く、遅閉じで、低速トルクも高いので、ベースの1.2ℓNAより確実に燃費は向上するはずだ。
高膨張比(=高圧縮比)のミラーサイクルにすれば燃費が確実に向上することはわかっていても、吸気弁遅閉じにするとトルクが大きく低下するので大排気量が必要になる。ターボ過給をすれば、定常トルクは回復するが肝心の加速中はターボラグがあるのでトルクが出ない。そこでターボラグのないSCの出番だ。このエンジンはミラーサイクルのノック抑制効果を、膨張比の増加(熱効率向上)とトルクの増加(ダウンサイジング)の両方に巧みに利用している。同時にスロットルによる低負荷運転のポンプ損失も低下するので、モード走行燃費が大きく向上する。
最初に欧州に6MTと組み合わせて導入され、CO2排出量目標は95g/km。ディーゼルのVWポロの1.2lTDIが87g/km、ハイブリッドのプリウスが89g/kmなので、低コストのガソリンエンジンとしてはかなり頑張ったといえるだろう。日本には欧州のような95RONガソリンがないので、ハイオク専用になるのが残念ではある。91RON仕様に改良が進むことを期待したい。
(畑村耕一)

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