東大・茨城大・住友ゴム・産総研・JSTの研究チームが世界最速890ナノ秒でタイヤゴム中のカーボン微粒子と高分子の動きの同時観察に成功

回折X線ブリンキング法を用いた成分ごとの分子動態計測の概念
東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻の佐々木裕次教授、茨城大学大学院理工学研究科物質科学工学領域の倉持昌弘助教、住友ゴム工業研究開発本部分析センターの岸本浩通センター長らの研究グループは、タイヤゴムをサンプルとし、標識することなく、タイヤゴムに使用されるフィラーの一つであるカーボン微粒子と高分子の動く様子を、世界最高速度890ナノ秒(10億分の1秒)の時間分解能で計測することに成功した。

研究の背景

様々な産業から私たちの日常生活に至るまで幅広く利用されているタイヤゴムには、これまで以上に高い機能性や耐久性が求められる。特に、タイヤのグリップ性能や耐摩耗性能は、分子レベルの構造的特徴や複合材料における微粒子の分散性、母材である高分子(ポリブタジエン)との成分間の相互作用に依存する。そのため、ナノ秒レベルの時間分解能での分子の動きの把握が、構造と機能の関係を理解するための鍵を握っている。

従来の技術では、X 線情報が平均化されてしまい、微粒子と高分子それぞれの運動特性を抽出した成分間での動きを厳密に比較することができない。そこで、タイヤゴムの個々の成分の動きについて、高精度で高速度かつ同時計測が可能な技術が求められていた。タイヤゴムのような複合材料系では、異種成分間の界面付近における微粒子や高分子の動きを把握することが、タイヤの性能を評価する上で重要とされるが、今回の計測の成果により、タイヤゴムの性能評価をするための微粒子と高分子の動きの観察が可能となった。

研究の内容

図1:回折X線ブリンキング法DXBの原理図
X 線2 次元検出器で得られたハローを含む回折像において、1 ピクセルごとに自己相関解析を行ない、検定と信頼性評価を経て分子の運動情報を算出。

2018年、研究チームは単色 X 線を利用した回折 X 線ブリンキング法(Diffracted X-ray Blinking:DXB、図1)を世界で初めて提案し、生体分子をモデルとして1分子の内部運動を高精度に捉えることに成功した。DXB法は、生体分子だけでなく、無機・有機の材料が複合的に絡み合い、複雑な動きを示すタイヤゴム系の分子に対しても、原理的に有効とされる。

本研究では、タイヤゴムの主要成分であるタイヤゴム内部のカーボンブラック(直径50〜80 ナノメートル)と高分子(ポリブタジエン)に着目し(図2)、DXB法を用いて、各成分が動く様子とこれらの相互作用の様子を世界最高速度の890ナノ秒の時間分解能で観察された。図2のように、ゴム配合状態の異なる2種類の試料を用いてX線回折の時分割測定が行なわれ、これらの回折像から、カーボンの回折リングと高分子からのX線ハローが確認された。

図2:力学特性の違う二つのタイヤゴム
(A)  結晶性の良い微粒子カーボンブラック(CB)を含有するタイヤゴム。CBと高分子(ポリブタジエン)の間にはほとんど相互作用がない(L3026C)。タイヤゴムが劣化した状態に近い。
(B)  L3026CサンプルからのX線2次元回折像。外側の明白な回折リングは、CB(002)からの回折ピークリング。
その内側のエネルギー幅の広い回折リングは高分子成分(ポリブタジエン)からのX線ハロー。

解析の結果、世界で初めて、カーボンと高分子間の相互作用に関連したそれぞれの分子の動きの変化を同時に検出することに成功した。この複雑な構成要素から同時計測で得られた減衰係数は、カーボンと高分子で微粒子と高分子構造の動きが大きく異なり、これは各サンプルの分子界面の拘束環境や摩擦条件の違いが原因であることが示されている。異種成分間の界面付近では、各成分の動きが異なることが実証された。

今後の展望

タイヤゴムの劣化プロセスの重要な現象の一つは、この計測された異種成分間の界面の変化であると考えられている。今回の高速DXB計測により、材料を構成する分子構造の特異的な運動性と、分子の周りの環境でその運動性が変化することが確認された。今後、これらのデータを基に、より合理的で高い耐久性のある材料設計の指針の提供が見込まれている。

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