制動時の姿勢変化[モーターサイクルの運動学講座・その4]

それではいよいよモーターサイクル(MC)の姿勢変化の講義に入ります。
TEXT:J.J.Kinetickler

制動時の姿勢変化

 MCはブレーキをかけると前のめりになります。フロントが沈み込みリヤが持ち上がるためです。
 ギョーカイ用語でこれを「(フロント)ダイブ」「(リヤ)リフト」と呼びます。ダイブというのは飛び込みや潜水のダイブ(dive)です。

 また加速するとフロントが持ち上がります。でもリヤはあまり沈み込まない。これはなぜ起こるのか、どうやってそれをコントロールできるのか考えます。加速時にリヤが沈み込むことをギョーカイ用語で「(リヤ)スクォート」と呼びます。スクォート(スクワット:squat)というのは筋トレのスクワットと同じで「しゃがむ」です。

 ここまでMCの重心及び前後の接地点での力の釣り合いを説明しました。しかし実はここまではサスペンションがどんな形式でも、いやそれどころかサスがあってもなくても同じだったのです!

 でもここからはサスペンションの形式と設定によって性能が変るというお話をします。それでは代表的なサスペンション形式でMCがどのような姿勢変化をするのかみてみましょう。

 ダイブ、リフト、スクォートの頭に「アンチ」を付けてアンチダイブ、アンチリフト、アンチスクワットとするとその現象に反対、抵抗するという意味になります。たとえば「アンチダイブジオメトリー」というのは「沈み込み抑制機構」くらいの意味です。

 まずは制動時の動きです。

テレスコピック式フロントサスペンションの動き

 これはフロントサスペンションで一般的に使われているテレスコピック(伸縮)式のサスペンションです。

 走行時はタイヤが車軸のまわりに回転して力を伝えないので路面からの力は車軸(赤の両矢印)に入りますが、制動時はブレーキキャリパーがテレスコピックのアウターチューブに取り付けられているので、ブレーキトルクはテレスコピックフォークが受け持ちます。

 制動時もタイヤは回転しているのですが、力を伝えるという意味ではタイヤとアウターチューブは一体のものと考えて差し支えありません。

 このときタイヤの接地点はテレスコピック式サスペンションのストロークと同じ方向に動きます(青の両矢印)。またその直角方向(緑の両矢印)に力は伝えますが(わずかなたわみを除いては)動きません。

 あとで詳しく説明しますがテレスコピック式サスペンションは赤の二重矢印の方向の無限の長さ(やたらと長い)のトレーリングアームと同じです。

制動時のテレスコピック式フロントサスペンションにはたらく力

 この図の(A)は制動時の釣り合いの合力点に向かう力のベクトルです。

 この力がフロントサスペンションをストロークさせるわけですが、力が加わる方向とストロークできる方向がずれています。

 この(A)をサスを縮める力(B)サスを曲げようとする力(C)に分解したのが緑の矢印です。(C)はサスのストロークとは無関係なので(B)だけがサスペンションをストロークさせます。

 注目してほしいのは、このサスを縮める力(B)のベクトルは荷重移動のベクトルより大きいことです。もし、テレスコピックフォークが垂直ならサスを縮める力(B)と荷重移動は同じです。

 つまり、フォークに後傾角が付けられた普通のテレスコピック式サスペンションは荷重移動よりも大袈裟にストロークしてしまう性質を持っています。

 テレスコピック式サスペンションは姿勢変化が大きいのですが、決して悪い特性ではなく制動時にキャスター角やトレール量を減少させることにより旋回のきっかけを作ることに貢献しています。

 一時期流行したマルチリンク式のフロントサスペンションでも実際には積極的なアンチダイブジオメトリーを採用していないことも注目に値します。やはりフロントサスペンションは制動時にある程度ストロークさせた方がいいのです。

制動時のスイングアーム式リヤサスペンションの動き

 次は制動時のリヤサスペンションの動きです。

 ブレーキキャリパーがスイングアームに直接取付けられている場合、制動時もタイヤは回転してはいますが力を伝えるという意味ではタイヤはスイングアームと一体となって動いているとみなせます。このときタイヤの接地点も車体側ピボットのまわりに回転していると考えます。この接地点の動きの方向が重要です。

 接地点は制動時の瞬間中心(スイングアームの車体側ピボット)のまわりを回転するように動きます(青の両矢印)が、その直角方向(緑の両矢印)には動きません。

制動時のスイングアーム式リヤサスペンションにはたらく力

 接地点は制動時の瞬間中心(スイングアームの車体側ピボット)のまわりを回転するように動きますが、その直角方向には動きません。

 釣り合いの合力点に向かう力(赤太矢印(A))を2つの方向に分解したのが緑矢印です。
この2つの力のうち瞬間中心に向う力(C)はスイングアームを回転させることができず、スイングアームを回転させる力(B)だけがサスペンションをストロークさせます。

 ここで注目してほしいのが荷重移動のベクトル(下向きの赤矢印)とスイングアームを回転させる力のベクトル(短い緑の矢印) との大きさ(矢印の長さ)の違いです。

 荷重移動よりスイングアームを回転させる力の方が小さいのでこのサスペンションは「アンチリフトジオメトリー」になっています。つまりリヤのリフトが荷重移動分より少なくなるわけです。

 ブレーキキャリパーがスイングアームに直接付けられたスイングアーム式リヤサスペンションは基本的に「アンチリフトジオメトリー」です。

トルクロッド付リヤブレーキの場合

 MCの中にはブレーキキャリパーが車軸の回りに回転可能となっていてキャリパーが車体と「トルクロッド」でつながっているものもあります。この場合、スイングアームとトルクロッドの延長線の交点が制動時の瞬間中心になります。ブレーキトルクロッドを付けた場合、瞬間中心が前方に遠ざかるのでアンチリフト効果が少なくなりブレーキングによる姿勢変化が大きくなります。前の図よりスイングアームを回転させる力(B)が大きくなっています。

まとめ

 この図は、ここまでの説明をまとめたものです。
 まず、ブレーキを前後輪にかけた場合について考えます。

 MCの場合、前後のブレーキはライダーが自分で調整できるので刻々変化しますが、この図では前輪70%、後輪30%と固定します。釣り合いの合力点は重心の高さで、前後はホイールベースを制動力配分で分けた位置です。

 前輪はテレスコピック式のため瞬間中心は存在しませんが無限遠方にあると考えます。テレスコピックのストロークの直角方向に接地点から線を引き、力の釣り合い点からの垂線と交わった点がアンチダイブ高さ(D) です。

 前輪のアンチダイブ率は以下の式で決まります。

アンチダイブ率 (%)= アンチダイブ高さ(D)/重心高(H) x100 (%)

 この図のアンチダイブ高さ(D)は路面より下にあるので値がマイナスとなります。アンチダイブ率がマイナスなので、荷重移動とばね定数から計算した数値より更に大きく沈み込みます。MCの多くが採用しているテレスコピック式のフロントサスペンションは一般にアンチダイブ率がマイナスです。

 後輪のブレーキ力はキャリパーがスイングアームに取付けられている場合はスイングアームに直接加わるのでタイヤの接地点はスイングアームピボットの回りに回転します。この動きの方向が後輪にある青の両矢印です。

 後輪接地点から瞬間中心(この場合はスイングアームピボット) に向かう線と力の釣り合い点の垂直線との交点の高さがアンチリフト高さ(C)です。

 後輪のアンチリフト率は以下の式で決まります。

アンチリフト率 (%)= アンチリフト高さ(C)/重心高(H) x100 (%)

 MCの多くが採用しているスイングアーム式のリヤサスペンションは一般に「アンチリフトジオメトリー」です。

アンチダイブ/アンチリフトジオメトリーのマッピング

 制動時の前後輪の瞬間中心と姿勢変化をマッピングしてみました。

 前輪の瞬間中心の方向と後輪の瞬間中心の方向の線の交点がどこにあるかでMCの制動時の姿勢変化がわかります。

 それぞれの色を付けた領域にある矢印は前輪(左)と後輪(右)の車体の動きを表しています。また色の違いで青の矢印(↓↑)はアンチダイブ/アンチリフトが0%以下、緑の矢印(↓↑)は0~100%、赤の矢印(↑↓)は100%以上となって荷重移動とは逆の方向に動く(矢印の向きが逆)領域を表しています。

 たとえば交点がAであればブレーキを掛けても全く姿勢変化しません。また交点が路面にあれば、荷重移動にしたがってそれぞれのばねレートのまま姿勢変化します。

 中央の黄色の部分に交点があれば前後輪ともアンチダイブ/アンチリフトが0~100%の範囲にあり、姿勢変化が抑制されます。クルマの場合多くはこの黄色い領域に交点があるのですが、MCはサスペンションがフロントテレスコピック式、リヤスイングアーム式がほとんどなので交点はBとなって右下の緑色の領域にあることが多いです。

 この領域ではフロントがアンチダイブ0%以下、リヤがアンチリフト0~100%になって、制動時はフロントが大袈裟に沈み込み()、リヤが少し持ち上がる()という姿勢変化になります。

 BMWのフロントテレ(デュオ)レバー/リヤパラレバーサスペンションは前後とも穏やかなアンチダイブ/アンチリフト特性となっていて中央の黄色い領域に交点があります。この特性はクルマとよく似ています。

 この図でもうひとつわかることはサスペンション機構の設定によっては制動時に前後輪とも持ち上がったり、ノーズアップするMCも作れるということです。「ブレーキをかけるからノーズダイブする」というのは必然ではありません。

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著者プロフィール

J.J.Kinetickler 近影

J.J.Kinetickler

日本国籍の機械工学エンジニア。 長らくカーメーカー開発部門に在籍し、ボディー設計、サスペンション設計…