目次
*1.ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法:クロマトグラフィー法の一種であり、主に高分子のサイズの違いによる分離に用いられる。GPCはGel Permeation Chromatographの略。
*2.コロイド半導体量子ドット:溶液中で合成され、長鎖アルキル配位子などの有機分子が結晶表面に配位している半導体量子ドット。溶液への分散が可能であり、塗布による薄膜形成が容易である。
*3.単純立方格子:立方体の八つの頂点が作る格子。充填率は52%である。
通常、球形のコロイド量子ドット(半導体ナノ結晶)は面心立方格子[4]または体心立方格子[5]状に充填される。しかし、単純立方格子は充填率(結晶内で粒子が占めている体積分率)が低いため、単純立方格子状に半導体ナノ結晶が集合した超結晶の作製は困難だった。
通常、球形のコロイド量子ドット(半導体ナノ結晶)は面心立方格子[4]または体心立方格子[5]状に充填される。しかし、単純立方格子は充填率(結晶内で粒子が占めている体積分率)が低いため、単純立方格子状に半導体ナノ結晶が集合した超結晶の作製は困難だった。
*4.面心立方格子:立方体の八つの頂点および四つの面の中心点が作る格子。充填率は74%。
*5.体心立方格子:立方体の八つの頂点および立方体の中心点が作る格子。充填率は68%。
有機溶媒中で合成したコロイド量子ドットには、表面に長鎖アルキル基が配位している。今回、研究チームはGPC法を用いて、PbSコロイド量子ドットにおいて連続的かつ選択的に配位子を一部除去した後、溶媒を徐々に蒸発させて量子ドット超結晶を作製した。その超結晶では、隣接するコロイド量子ドット同士が融合・接触することなく、単純立方格子状で3次元自己集合していることが明らかになった。
本研究は、科学雑誌『Chemical Science』オンライン版(7月9日付)に掲載された。
背景と研究手法、その成果
半導体ナノ結晶は、LED、太陽電池、トランジスタ、センサー、バイオイメージング、単一光子発生源、光触媒など、多岐にわたる応用が期待されている。結晶サイズ(粒径)が励起子(電子と正孔がクーロン力で結合し対になった粒子)の半径程度に小さくなると、粒径に依存して吸収・発光の波長が半導体組成元素から決まるバンドギャップ[6]よりも小さくなり、スペクトルの半値幅は狭くなる。このような性質を持つ半導体ナノ結晶を「量子ドット」という。
量子ドットは溶液中での分散状態または単一粒子でも利用されるが、それ以外のほとんどの場合は、量子ドットが集合した固体中における半導体の光・電子物性が重要になる。近年、金属ハライドペロブスカイト[7]量子ドットが集合した超結晶において、発光励起子が協奏的に相互作用した超蛍光が報告されており、量子ドットの集合状態における特異的な物性に注目が集まっている。
*6.バンドギャップ:原子が多数集まった物質では、電子の存在できるエネルギー準位は離散的なエネルギー帯(エネルギーバンド)となる。このエネルギー帯の間の電子が存在できない領域をバンドギャップと呼ぶ。一般的には、半導体や絶縁体において、電子の詰まった最も高いエネルギー帯(価電子帯)の頂上と、その上の空いているエネルギー帯(伝導帯)の底のエネルギー差のことを指す。
*7.金属ハライドペロブスカイト:ABX3型のペロブスカイト構造を持つ化合物。Aサイトにメチルアミンやセシウムなど、BサイトにPb2+やSn2+などの金属カチオン、Xサイトにハロゲンアニオンが用いられる。近年、太陽電池、LED、レーザー、トランジスタデバイスへの応用で注目を集めている。
多くの半導体量子ドットは球状に近い構造を持っており、固体中では面心立方格子または体心立方格子で高い充填構造をとる。一方で、単純立方格子は充填率(結晶内で粒子が占めている体積分率)が低く、集合による粒子あたりのエネルギー利得が少ないことから、その超結晶を作製することは困難だった。しかし、単純立方格子では、他の充填様式とは異なる光・電子物性が期待されており、集合状態と物性との関連を解明するために、単純立方格子状に3次元自己集合した超結晶の実現が求められていた。
有機溶媒中で合成したコロイド量子ドットには、有機溶媒への溶解性を保つために量子ドットのナノ結晶表面に長鎖アルキル基が配位している。研究チームは、長鎖アルキル基配位子を量子ドット表面から選択的に一部除去することで、量子ドットの3次元集合状態様式を制御することを試みた。
研究手法と成果
研究チームは、まずオレイン酸を長鎖アルキル基配位子として用い、平均粒径が7.3ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の硫化鉛(PbS)コロイド量子ドットを合成した。
次に、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法(溶離液:トルエン、移動相:架橋ポリスチレンビーズ)を用いて、量子ドットの配位子密度の制御を試みた(図1a)。量子ドット溶液をGPCのカラムに流し込み、溶離液を一定時間・一定体積で分画する。溶出してくる順に量子ドットをGPC-1~GPC-5、GPC未処理の量子ドットをbefore-GPCと呼ぶことにした。それぞれの量子ドットの吸収スペクトルを測定したところ、before-GPC、GPC-1~GPC-5の全てにおいて、1,710nmに吸収ピークを示した(図1b)。この結果から、GPC法によって分画された量子ドットは、溶出順によらず全て同じバンドギャップを持つことが分かった。つまり、GPCによる分画では、量子ドットを粒径の違いで選別していないことになる。透過型電子顕微鏡(TEM)[8]を用いた観察でも、6種類の量子ドットは全て同じ大きさであることを確認した。
一方で、加熱に伴う試料の質量変化を経時観察する熱重量分析では、異なる挙動が見られた。330℃からの熱重量の減衰は、GPC-1からGPC-5につれて大きくなり、before-GPCで最も大きくなった(図1c)。この熱重量減衰は、オレイン酸配位子の量に由来しているため、量子ドット重量当たりのオレイン酸配位子の量が異なっていることを示している。つまり、最も早く溶出したGPC-1ではオレイン酸配位子が最も少なく、溶出が遅くなるにつれて配位子量が多くなることが分かった。核磁気共鳴(NMR)法[9]による測定でも同様の結果が得られた。
*8.透過型電子顕微鏡(TEM):通常の光学顕微鏡では可視光を試料に当てて観察するのに対し、電子顕微鏡では電子線を当てて観察する。電子線の波長は可視光よりもはるかに短いため、理論上0.1nm程度の分解能が得られる。TEMはTransmission Electron Microscopeの略。
*9.核磁気共鳴(NMR)法:強い磁場中に置かれた原子核に電磁波を照射すると、核スピンの共鳴現象により、原子核の性質や周囲の環境に応じた周波数(共鳴周波数)の電磁波の吸収や放出が起こるが、その電磁波をNMR信号として捉えることで、物質の分子構造の解析や物性の解析を行う手法。NMRはNuclear Magnetic Resonanceの略。
以上のことから、コロイド量子ドットをGPC処理すると、粒径にはよらず溶出順に量子ドット配位子が多く、配位子が選択的に一部除去されることで、配位子密度を制御できることが明らかになった。
次に、GPC処理したそれぞれの量子ドットのトルエン希薄溶液を乾燥させた後、TEMで観察した。すると2次元的に、before-GPCでは六方配列、配位子が最も少ないGPC-1ではランダム、配位子が多くなるにつれてGPC-2では正方配列、GPC-3では六方配列を示すことが分かった(図2)。また、それぞれの量子ドットは接触・融合せずに、一定の距離を空けて独立して存在していた。正方配列したGPC-2を制限視野電子線回折(SAED)[10]で調べたところ、90度に直交した4点に回折スポットが現れた。これは、配列している量子ドット内のPbS結晶構造の向きが、全て同じ方向にそろっていることを示している。
*10.制限視野電子線回折(SAED):結晶構造を調べる手法で、透過型電子顕微鏡(TEM)測定で用いられる。照射電子線は波動性を持つため、試料が結晶性の場合、回折条件を満たすようにスポットが現れる。電子線の照射範囲を絞ることで、調べたい場所の結晶構造を得ることができる。SAEDは、Selected Area Electron Diffractionの略。
さらに、配位子が少ないGPC-2と配位子が多いGPC-5を用いて、溶媒を徐々に蒸発させる溶液法により、量子ドットが3次元自己集合した超結晶を作製した。その結果、GPC-5では三角形状または六角形状の超結晶が形成され、超結晶表面の走査型電子顕微鏡(SEM)[11]観察および多積層膜のTEM観察から面心立方格子構造であることが分かった(図3右)。一方で、GPC2では四角形状の超結晶が形成され、結晶成長が等方的だった。超結晶表面のSEM観察および多積層膜のTEM観察から単純立方格子での充填構造であることが分かった(図3左)。
*11.走査型電子顕微鏡(SEM):絞った電子線ビームを試料に照射することで生じる二次電子線を検出して、表面像を取得する装置。試料表面の微細構造を観察するために用いられる。SEMはScanning Electron Microscopeの略。
本研究で示したGPC法によるコロイド量子ドットの配位子密度の制御は、PbS量子ドットのみならず、硫化カドミウム(CdS)、セレン化カドミウム(CdSe)など、他の半導体量子ドットへの適用が期待できる。また、充填率がさらに低いダイヤモンド構造の形成は、今後の挑戦的な課題として挙げられる。
半導体量子ドットの集合状態様式の任意精密制御により、次世代半導体デバイスや光触媒機能の性能が飛躍的に向上するものと期待できる。