欧州カーメーカーとの共同開発で培われた技術でトータルパフォーマンスを追求——横浜ゴム「ADVAN Sport V107」に投入された新技術を探る

横浜ゴムのフラッグシップタイヤ「ADVAN Sport」が築いてきた歴史と、最新モデルV107が目指した目標性能、それを実現するために生み出された新パターン、プロファイルについて本企画の前編にて解説した。この後編では、V107に投入されたコンパウンドやタイヤ構造のさらなる進化などの新技術の詳細と、同社の開発に対する姿勢、リプレイスタイヤとしてのV107の位置づけを訊く。

REPORT:髙橋一平 PHOTO:神村 聖/横浜ゴム FIGURE:横浜ゴム

2019年より、欧州プレミアムブランドの数多くの超高性能車の新車装着用タイヤに選ばれてきたADVAN Sport V107。それぞれのメーカーとの共同開発によって誕生したこれらのOE用V107には、各社の承認を意味する刻印がタイヤサイドに刻まれている。下に紹介するのはBMW向けのADVAN Sport V107に刻まれたスターマーク。BMWが独自に定める厳格な品質基準をクリアした証だ。

横浜ゴムでは数多くの欧州のプレミアムカーメーカーらと共同でタイヤ開発を行なっており、新車装着されるOE用タイヤや、技術認証を受けたタイヤには、それぞれのメーカー向けを示す証、例えばメルセデスAMG用には「MO1」などのマークが刻まれる。また2022年にデビューした日産フェアレディZの新車装着用タイヤにも、V107は選ばれた。

横浜ゴム株式会社 タイヤ消費財製品企画部 製品企画1グループ 課長補佐 岩坪祐貴
 

「こうしたOE用タイヤ開発で培われた技術を惜しみなく投入して、新しいADVAN Sportは開発されます。先代のV105もまずOE用としてスタートし後にリプレイス用も展開したのですが、さらに上回る性能を実現したのがV107です」とタイヤ消費財製品企画部の岩坪祐貴氏は説明する。

その投入技術の詳細な内容を、タイヤ製品開発本部 タイヤ第一設計部の堀内研治氏、植村卓範氏のお二人に引き続き解説していただいた。

横浜ゴム株式会社 タイヤ製品開発本部 タイヤ第一設計部 設計1グループリーダー  堀内研治
横浜ゴム株式会社 タイヤ製品開発本部 タイヤ第一設計部 設計1グループ  植村卓範

「キーポイントに掲げたドライ制動の性能向上のために着目したのが、凝着摩擦とヒステリシス摩擦でした。凝着摩擦は柔らかいゴムが使われるモータースポーツ系のタイヤがイメージしやすいですが、路面に接着するような作用で生まれます。もうひとつのヒステリシス摩擦はゴムが路面から力を受けて変形する際に生じるエネルギーロスに伴って生じるものです」(植村氏)

この凝着摩擦とヒステリシス摩擦はドライ制動だけでなく、ウェットも含めあらゆる場面のグリップ性能を形成する二大要素。そしてこれらはパターン剛性まで含めた構造と、それによって支持されているコンパウンド(ゴム材料)の作用によって作り出されるものである。

上の図に示すように、一般に構造でウェット制動、コンパウンドの部分ではドライ操安という犠牲が伴う傾向にあるのだが、ADVAN Sport V107では、これらの間に存在するトレードオフ、背反を逆に利用するかたちで支え合うように補完することで見事に解決している。

簡単に言うなら、ソフトなコンパウンドを、しっかりとした構造で支えているということだが、当然ながら現実はそれほどシンプルな話ではない。コンパウンドと構造の双方から新たなアプローチで臨みながら、それらを高次元で両立すべくさまざまなパターン、組み合わせの検討を繰り返すという作業を経てようやく成立へと漕ぎ着けたものである。

V107のトレッド面の中ほどに刻まれるサイプ。中間地点で面取りの向きが互いに入れ替わっており、どちらの方向の力でも隣接する溝同士で支え合って、潰れを最小限に抑制することで剛性を確保。ドライ性能に貢献するブロック剛性の向上と、ウェット性能の向上に繋がる溝面積拡大を同時に実現。視点を変えればソフトなコンパウンドでも成立が可能になったということでもある。

いっぽう構造としてはマトリックス・ボディ・プライや、横浜ゴムの一般市販品向けタイヤとして初採用となる高剛性のアラミド繊維を用いたパワークラウンベルトの効果が大きいという。

「角度の付いたカーカスをトレッド面の端まで折り返して重ねるマトリックス・ボディ・プライは、“タガ効果”で剛性を稼ぐのですが、剛性が出る、イコール剪断力が掛かるということです。当然耐久性にも影響するので、例えばレーヨンの糸を含浸させるコンパウンドの特性をチューニングするなどのケアもセットで必要になります。地味なところでは、斜めに角度がついたレーヨンを切断する際の処理についても、量産性と品質の両立を踏まえながら工夫している点です」(堀内氏)

ボディプライを構成するコードの向きを円周方向に対して直角とするのが、ラジアル本来の基本的な構造だが、ADVAN Sport V107ではここにあえて斜めに角度をつけながら、端からショルダー部分まで折り返している。サイドウォールからショルダーにかけての部分のコードの向きを互い違いに重ねることで、支え合うように周方向の剛性を稼ぐ。これにより過渡特性の向上が期待できる。

このマトリックス・ボディ・プライは従来のV105から採用されている。だがパターンやコンパウンド、部材配置との組み合わせの最適化が施された結果、V107のステアリング操作に対する応答はよりシュアなものへと進化している。

さらに、アラミド繊維を用いた撚り線(コード)から独自開発したパワークラウンベルトをV107は同社として初めて市販品に採用。イラスト中に黄色で示す部分がそれで、ドライ路面での操縦安定性向上に大きく寄与する。またラジアルを特徴づける主骨格ともいえるボディプライには、200km/hを遥かに超える速度域まで評価の対象とする欧州車の基準に対処すべく高スペックレーヨンを使用している。

タイヤの端にあたる部分に埋め込まれたビードワイヤを囲むように折り返されているのがマトリックス・ボディ・プライ。またトレッド面のすぐ下に埋め込まれている層がパワークラウンベルト。パワークラウンベルトはショルダー部で二重となっており、マトリックス・ボディ・プライのオーバーラップとも重なるかたちで6層を形成しており、見た目でも剛性の高さが想像できる。

そして、ドライ性能とウェット性能を両立しながら性能向上におおいに貢献したのがコンパウンドの進化だ。カギとなっているのが、従来よりも微粒化されたシリカとカーボンブラック、そして新開発のシランカップリング材。ちなみにシランカップリング材は、もともとゴムとは結びつかない性質をもつシリカをゴムと結合させる役目を果たす。横浜ゴムではこのシリカとゴムが結合する界面の状態を探る産学連携研究プロジェクトに参加。スピンコントラスト変調中性子反射率法という手法を用いてこれを捉えることにも成功している。

ここまで解説してきたマトリックス・ボディ・プライとパワークラウンベルトといった構造、新たなパターンとプロファイル、そして新世代のコンパウンド……、ドライ制動の性能向上を目指すことから始まったADVAN Sport V107の開発は、結果的にすべての性能を大きく高めたわけだが、それはこうした要素がすべてそろって初めて実現したものだ。しかし、新しい要素を投入すれば性能が出るというわけではない。

堀内氏はこう語ってくれた。「私が入社したときに先輩に言われたのですが、タイヤは料理のようなもので、たとえば材料やゴムの配合が同じであっても材料の混ぜ合わせ方、加工条件の加減で、出来上がったものの性能、特性が大きく変わることがある、と。ここがタイヤの面白い点のひとつなのですが、皆さんにわかりやすく説明するのを難しくさせている部分にもなります。今回は、V107に投入した技術についてわかりやすいように、その入り口部分をマクロな視点を中心に説明してきました。一部コンパウンドの概要をお話しましたが、ミクロな視点でもこだわりにあふれているタイヤですので、ぜひそのタイヤ性能をご体感頂ければ、と思います」

そしてそれを体現するかのように、横浜ゴムでは兵庫県の大型放射光施設SPring-8を利用した先進的な研究を積極的に行なっている。放射光とは、光とほぼ等しい速度まで電子を加速し、磁石により進行方向を曲げた時に発生する細く強力な電磁波のことで、これを活用すれば物質の構造や性質をより詳しく調べることができる。これまで観測することのできなかったものを捉えるという、可視化実験である。先に話題にのぼったヒステリシス摩擦も、まさにその瞬間を捉えることに成功しており、この成果はやはり横浜ゴムによるAI 利活用構想、シミュレーションとAI技術を組み合わせてさらなる技術革新を目指す「HAICoLab(ハイコラボ)」との併用により、コンパウンドの研究にも少なからず恩恵をもたらしているはずである。

横浜ゴム株式会社 タイヤ国内リプレイス営業企画部
マーケティンググループ 係長 杉山真健

最後に、ADVAN Sportを初めとする横浜ゴム製タイヤの国内リプレイス市場におけるマーケティングを担当している杉山真健氏の言葉をお伝えしておこう。

「ADVANにはSportのほかにdB(デシベル)という製品がありますが、車内空間の静粛性、快適性の演出を狙うのがADVAN dBであるのに対し、ADVAN Sportがフォーカスしているのは操縦安定性やハンドリング。欧州プレミアムカーのOE用タイヤとしてスタートしたこともあり、ライバルはやはり欧州タイヤメーカーのハイパフォーマンスタイヤです。こう説明すると、快適性や静粛性という面で我慢を強いられるような印象を抱くかもしれません。でも私のADVAN Sportの第一印象は“こんなに静かで乗りやすいんだ”というものでした。もちろんそのうえでハンドリングは意のまま、高速でレーンチェンジするときも気持ち良い。まさにグローバルフラッグシップと呼ぶにふさわしいと納得できるものです」

国内市場ではタイヤに対し、静粛性や快適性を求めるニーズが特に強いというが、最新技術が投入された現在のハイパフォーマンスタイヤはこのように、幅広い分野で総合的に性能を高めている。だからこそADVAN Sport V107はリプレイス用としても人気を集めているのだろう。クーペやセダン用だけではなく、昨今のSUV人気を鑑みて豊富なサイズバリエーションを用意するのもV107の特徴。愛車のタイヤにこれまであまり気を遣わず、空気圧も無頓着で使っていた方々にとって、ADVAN Sport V107はタイヤ交換だけで走りをレベルアップできる“チューニングパーツ”と考えることもできるはずだ。

今回の取材にご協力いただいた、横浜ゴムの皆さん。

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