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趣味で始めたエアロメイキングの集大成!
公認取得のロードゴーイングカー!
91年にデビューし、12年間に渡って生産されたFD3S。その間に1~6型までマイナーチェンジが実施され、惜しまれながら02年に生産を終了し、RX-7として25年の歴史に幕を閉じる。ピュア・スポーツを体現した流線型のボディにリトラクタブルヘッドライト、ドライバーを囲むようなインテリア、そして珠玉の13B-REWは、今も色褪せることなく、多くのファンを魅了している。
そんなFD3Sの虜になり、オンリーワンのスタイルを目指すプライベーターが、若干28歳の米倉さん。大学生時代にバイト生活に励み、約9年前に憧れのFD3Sを入手。ちなみに、当時の購入価格は総額90万円で、4型ながらかなりボロボロな状態だったそうだが、購入してから1~2年はそのまま乗っていたという。
ただ、ボンネットのダクトにガーニーフラップを取り付けた際に「アレ? なんか似合わない…」と感じ、そこから誰とも被らない「クルマを見た瞬間にあの人!」と思い浮かべるような個性的なクルマを作りたくなったそう。そして、工作が好きだったこともありDIY魂に火がついた。
しかし、市販パーツだけでは差別化が難しい。そこで最初に作ったのがルーバー風のリヤゲートカバー。そこからフェンダーを加工したり、S660のプロジェクターを流用してヘッドライトを加工したりとDIYが加熱。ついにはガレージ付きアパートに引っ越して、本格的にボディワークに着手する。そして、2年の歳月をかけて完成したのがGTカーも真っ青、全幅2mオーバーの強烈なワイドボディ仕様だ。
「誰とも被らない、オンリーワンのGTシルエットを追求しました。とくに拘ったのは、どの角度からでもカッコ良く見えるフェンダーライン。何度も試行錯誤して、ボンネットの繋がりなども考えながら今の形に辿り着きました」と米倉さん。
エアロワークからサフェーサーまでは全てDIYで製作し、最終的な微調整とペイントは愛知県豊川市のA-BASEに依頼。派手なシルエットなので、落ち着きのあるレクサス純正テレーンカーキマイカメタリックで纏めている。
なお、元々は独学でエアロメイクを行なっていたが、さらなる高みを目指し、ポルシェカスタムを得意とする山梨県のボディワークスdbに頼み込み、現在では神奈川県から毎週修行に通うほどの本気度。その情熱は計り知れない。
大型のフロントダクトにアンダーパネル、カナードなどで超攻撃的なルックスのフロントセクション。基本的な造形は米倉さんによるものだが、ドライビングライトは仕上げを依頼したA-BASEによるアイディア。また、ボリューム感のあるフェンダーラインに合わせて、ボンネットにも加工を加えている。
リヤフェンダーはTCPマジックの製品がベースだが、使っているのはボディとの接合部分くらいで、ほぼ原型は留めておらず、後方にはタイヤハウスからつながるエア抜きダクトを配置。リヤバンパーはユーラスのタイプGTがベースで、こちらはほとんど加工していない。
フロントフェンダーもTCPマジック製をベースに、ボディ側とフェンダー側で一度切断してワイド化。ボンネット形状に沿う形にデザインを大幅変更している。また、サイドダクトについては既製品を利用しているそうだ。
初めてDIYで製作したのが、ルーバー形状のリヤゲートカバー。ここから米倉さんのDIY生活がスタートした。ちなみに、最初は見様見真似で型を作り、そこにファイバーを貼って成型したそうだが、なかなか思い通りの形状にならず苦労したとか。
ホイールはワーク・マイスターL1の19インチをインストール。マットカーボンのディスクにバフアルマイトのリムで、アクセントにゴールドのポアスボルトをチョイス。サイズは前後ともに12Jで、フロントがマイナス45に15mmのワイドトレッドスペーサー、リヤがマイナス81に30mmのワイドトレッドスペーサーをセットする。
2年前の状態。この時はTCPマジックのワイドボディ仕様だったが、それをベースにカスタムを開始。前後フェンダーは元のTCPマジックがベースだが形状を大幅にリメイクし、オーバーフェンダー風のデザインからボディに沿ったブリスター形状に変更。フロントバンパーは取り付け部分のみFEED製で、その他は完全に新規で製作したそうだ。
パワーチューンも抜かりなく、サイドポート拡大加工された13B-REWユニットにK27タービンをドッキングして459psを発揮。エンジン系における現在の目標は、チューンドロータリーらしいサウンドを発するブリッジポート化とのこと。
追加メーターやFCコマンダーが設置されたセンターコンソールも自作。その他、ベージュの落ち着いた雰囲気の内装も自分で生地を張って仕上げたそうだ。今後はロールケージも今っぽく、内装に合わせて仕上げたいと語る。
世界に1台だけの愛車を追い求め、ボディショップに弟子入りまでしてDIYでマシンメイクに没頭。その姿は将来のビルダーを見ているようで、90年代車の進化と若者の成長に終わりわないと感じた。
PHOTO:Akio HIRANO/TEXT:Hideo KOBAYASHI