2001年、VWは「未来のワーゲンバス」を描いた

ID. Buzzが生まれるまで、実に21年かかった。
時計を巻き戻すこと21年。2001年1月、フォルクスワーゲンはデトロイト・モーターショーで「Microbus Concept」を発表した。
その姿を見れば、何をモチーフにしたクルマなのかは説明するまでもない。1950年に登場した初代VW Transporter、いわゆるT1である。アメリカではMicrobus、日本では「ワーゲンバス」の愛称で知られるVWのアイコンだ。もっとも、VWはMicrobus Conceptを単なる復刻版として作ったわけではなかった。
同年2月、ジュネーブ・モーターショーで欧州初公開した際のプレスリリースには、こんなタイトルが付けられている。
「A design study for the world of tomorrow as a homage to a great tradition」
偉大な伝統へのオマージュとして描いた、明日の世界のためのデザインスタディ、という意味だ。
VWはさらに、このデザインスタディについて「オリジナルのバスを単純にコピーしたものではない」と説明している。そして目標は“another Volkswagen original”――つまり、歴史に敬意を払いながら、もうひとつのVWオリジナルを生み出すことだった。
Microbus Conceptをデザインしたのは、カリフォルニアにあるVWのデザインスタジオ。とくに米国市場を意識してデザインされたクルマだった。
全長4722mm×全幅1909mm×全高1904mm、ホイールベース3000mm。3.2L V6エンジンを搭載し、最高出力は170kW(231ps)。5速Tiptronicを介して前輪を駆動する。当然BEVではなかった。
中身は完全に2001年の自動車だったが、パッケージとデザインで「未来のMicrobus」を作ろうとしていたのである。
室内には3列シートを備え、中列シートは180度回転可能。センターコンソールの7インチディスプレイに加え、前後席のヘッドレストにもモニターを装備。後方確認用カメラも採用していた。
つまり、1950年代のT1の形をそのまま再現したのではない。
人が集まり、向かい合い、移動時間そのものを楽しむ――そんなワーゲンバスのキャラクターを、21世紀の技術で作り直そうとしていたのである。
ただし、この時点でVWがMicrobusを「発売する」と発表していたわけではない。公式資料で使われている言葉は、あくまで“design study”だった。
10年後、Microbusは小さな「Bulli」になった

それから10年。
2011年のジュネーブ・モーターショーに、再びワーゲンバスをモチーフにしたコンセプトカーが現れた。
「Bulli」である。
ここで重要なのは、2001年Microbusと2011年Bulliの関係を、後世のわれわれが勝手に結びつけているわけではないことだ。
VW自身がBulliについて、
「2001年にデビューしたMicrobus Conceptの発展形」と明記している。
ただし、10年間でクルマは大きく変わった。
Microbus Conceptの全長が4722mmだったのに対し、Bulliは3990mm。実に732mmも短い。ホイールベースも2620mmで、当時のGolfよりわずか40mm長いだけだった(全幅は1750mm)。
つまりBulliは、Microbusをそのまま進化させた大型ミニバンではない。いったん大幅に小さくして、ワーゲンバスとは何なのかを考え直したクルマだった。
そして、もうひとつ大きな変化があった。Bulliは電気自動車だったのである。
40kWhのリチウムイオンバッテリーを床下に搭載し、最高出力85kW(115ps)、最大トルク260Nmのモーターで前輪を駆動。航続距離は当時の公称値で最大300kmとされた。
ただし、この時点では「新しいワーゲンバス=BEV」と決まっていたわけではない。


VWはBulliについて、ガソリンおよびディーゼルの直噴エンジンを搭載することも可能だと説明している。この点は、後に登場するBUDD-eやI.D. BUZZとの大きな違いだ。
デザインは、2001年Microbus以上にT1を思わせるものだった。ツートーンのボディカラー、大きなVWマーク、フロントに描かれたV字。そしてクロームのハブキャップを思わせる18インチホイール。VW自身も、これらをオリジナルのSamba Busへのオマージュと説明している。
室内は3+3の6人乗り。後席を倒せばベッドにもなる。
2001年Microbusから10年。VWは「未来のワーゲンバス」を、今度はコンパクトなEVとして描いてみせた。
しかし、Bulliも量産車にはならなかった。
2016年、ついに「作り方」が変わった

そして5年後の2016年1月。ラスベガスで開催されたCESに、もう一台のコンセプトカーが登場する。
「BUDD-e」である。
一見すると、2001 Microbusや2011 Bulliほど直接的にT1を再現したデザインには見えない。
しかしVW自身は、BUDD-eについて「視覚的には伝説的なBulliを引用している」と説明し、VWの起源と未来を橋渡しする存在と位置づけている。

そしてBUDD-eには、それまでの2台にはなかった決定的なものがあった。
MEBである。
VWはBUDD-eを「新しいModular Electric Drive Kit=MEBをベースにした最初のVolkswagen」と明記している。
全長4597mm×全幅1940mm×全高1835mm。ホイールベースは3151mm。

大容量のバッテリーを床下に配置し、前後にモーターを搭載する電動AWD。そして、短いオーバーハングと長いホイールベースによって、大きな室内空間を作る。
ここでようやく、21年間の物語を解く鍵が見えてくる。





2001年Microbusでは、先に「未来のワーゲンバス」というデザインがあった。
2011年BulliではEVを組み合わせてみた。しかし、ガソリン/ディーゼルエンジンも想定するクルマだった。
ところがBUDD-eでは、最初からBEV専用のアーキテクチャを使っている。
「未来のワーゲンバス」を作るための、クルマの作り方そのものが変わったのである。



そして2017年、「I.D. BUZZ」が現れた

BUDD-eの登場から、わずか1年。
2017年1月のデトロイト・モーターショーで、VWは「I.D. BUZZ」を発表する。
VWが掲げた言葉は明快だった。「Microbus of the new age」――新時代のMicrobus。
全長4942mm、全幅1976mm、全高1963mm。ホイールベースは実に3300mm。
MEBを大型車用に拡張した「MEB XL」を採用し、最大8人乗り。前後に150kWのモーターを搭載し、システム最高出力275kW(374ps)の4WDとされた。
一充電航続距離は当時のNEDC値で最大600km。150kWの急速充電なら約30分で80%まで充電できるというスペックも提示された。

だが、重要なのは数字ではない。VWはI.D. BUZZについて、約70年前のT1が持っていた「遺伝子」を受け継いでいると説明した。
その遺伝子とは、丸いヘッドライトでもツートーンカラーでもなかった。
ミッドサイズ乗用車程度のフットプリントで、室内空間を最大限に活用すること。
つまりVW自身が、T1の本質を「形」だけではなく「パッケージ」に見いだしていたのである。

ここでMEBの意味が俄然大きくなる。
エンジンを搭載する必要がなく、大きなバッテリーを床下に敷き、モーターを車軸付近に置く。長いホイールベースと短いオーバーハングを実現し、その上に大きな箱を載せる。
考えてみれば、それはT1が70年近く前にやっていたことによく似ている。





今度はコンセプトだけでは終わらなかった

そしてI.D. BUZZには、それまでのMicrobusやBulliとの決定的な違いがあった。
本当に量産化が決まったのである。
2017年8月、I.D. BUZZがデトロイトで公開されてからわずか7カ月後、VWとVolkswagen Commercial Vehiclesは量産化を正式発表した。
しかも、発売時期はその段階から2022年とされていた。同年9月のIAA資料を見ると、VWの電動化ロードマップは明確だ。
I.D.とI.D. CROZZを2020年、I.D. BUZZを2022年に投入する、と記されている。したがって、「I.D. BUZZはコンセプト発表から量産まで5年もかかった」という理解は正確ではない。
5年もかかったのではない。最初から2022年だったのである。
I.D. BUZZはVWのMEB展開のなかで、最初から量産車としてロードマップに組み込まれていた。
VWはさらに、I.D. BUZZを「Volkswagen and Volkswagen Commercial Vehicles」のゼロエミッション・バンと位置づけ、「伝説のBulliのフィーリングを未来へ移す」と説明していた。
2022年、「ワーゲンバス」が帰ってきた


そして2022年3月。
量産型「ID. Buzz」が世界初公開された。
VW自身が掲げたタイトルは、
「A Bulli for the all-electric future」だった。
全長4712mm×全幅1985mm×全高1937mm×ホイールベース2988mm。

初期モデルは77kWh(ネット)のバッテリーを床下に搭載し、最高出力150kW(204ps)のモーターで後輪を駆動する。
ここでも面白いことがある。
T1もリヤにエンジンを積み、後輪を駆動していた。
VW自身、ID. Buzzのモーターが後輪を駆動することについて、「かつてT1のフラットエンジンがそうしていたように」と、わざわざ説明している。
デザイン責任者のヨゼフ・カバンも、T1では乗員がほとんどフロントアクスルの上に座り、フロントオーバーハングがほとんどなかったことを指摘。そのDNAをID. Buzzでは非常に短いオーバーハングとして表現したと説明している。
V字型のフロント、ツートーンカラー、大きなVWマーク。
もちろん、それらもワーゲンバスらしさを作る重要な要素だ。しかしID. BuzzがT1に似ている本当の理由は、もっと深いところにあるのかもしれない。
21年かかって、ようやくたどり着いた答


2001年のMicrobus Conceptと2022年のID. Buzzを並べると、驚くほど寸法が近い。
Microbus Conceptは全長4722mm、ホイールベース3000mm。
ID. Buzzは全長4712mm、ホイールベース2988mm。
全長差はわずか10mm。ホイールベース差も12mmしかない。
もちろん、これをVWが意図したと断定する材料はない。偶然の一致かもしれない。だが、21年間の変遷を眺めると興味深い。
2001年にVWが描いた「未来のMicrobus」は、いったん3990mmのBulliへ小さくなり、4597mmのBUDD-eを経て、4942mmのI.D. BUZZとなった。そして量産型ID. Buzzは、再び2001年Microbusとほとんど同じ全長とホイールベースに戻ってきたのである。
しかもID. Buzzは、乗用モデルだけではない。

貨物仕様のID. Buzz Cargoも同時に開発され、Volkswagen Commercial Vehiclesのハノーファー工場で生産される。
これもまたT1らしい。
初代Transporterは、人を運ぶためだけの洒落たワゴンではなかった。人も荷物も運び、キャンピングカーにもなり、さまざまな用途に使われた商用車だった。
ID. Buzzは「昔のワーゲンバスに似たEV」なのではない。
ワーゲンバスというクルマがもともと持っていた合理的なパッケージを、BEVというまったく新しい技術で作り直したクルマなのだ。
2001年には、その姿をデザインすることはできた。
2011年には、電気で走らせることも考えた。
2016年には、BEV専用のMEBという「器」ができた。
2017年には、その器の上に「新時代のMicrobus」を成立させることができた。
そして2022年、ようやく量産車になった。
振り返れば、VWが21年間探していたのは「T1に似たクルマ」ではなかったのかもしれない。

現代の技術で、もう一度T1と同じことができるクルマだった。2001年にはデザインできた。しかし、まだ作れなかった。
デザインを実現できる「クルマの作り方」が追いつくまで、21年かかったのである。
