再建途上の日産が、なぜ「GT-R」を見せたのか?

「GT-R」は常に日産ファンの、いや日本の自動車ファンが仰ぎ見る特別なクルマだった。しかし、1999年に登場した5代目スカイラインGT-R(BNR34型)は、2002年に生産が終了。ここで一旦GT-Rの歴史は途切れることになる。

だが、日産はその前年の2001年の東京モーターショーで、「NISSAN GT-R Concept」をサプライズでワールドプレミアしていた。この時点で、将来の量産化と世界市場へ展開する構想を明らかにしている。それまでのスカイラインGT-Rは日本市場を主眼としたモデルだったが、次世代GT-Rは最初から世界市場を狙うという宣言だった。
そしてその2年後の2003年には「2007年にGT-Rを復活させる」と正式表明している。

今回は、2001年のGT-R Conceptに注目したい。
2001年の日産は、どんな状態だったのか?
1990年代後半の日産は、巨額の有利子負債を抱え、瀕死の状態だった。1999年3月にルノーとの資本提携を決め、この年、カルロス・ゴーン氏が日産入りした。カルロス・ゴーン氏が主導したのが「日産リバイバルプラン」という名の大胆なリストラだ。1999年度には巨額の最終赤字を計上していた日産は、2000年度には黒字転換。2001年度には営業利益率7.9%を達成し、リバイバルプランの目標を1年前倒しで達成することになる。
つまり、GT-R Conceptが登場した2001年秋は、「会社を潰さないための再建」から「再び魅力ある日産」へ切り替わる時期だったわけだ。

実際、東京モーターショー直前、ゴーン氏は今後の日産の成長の礎は「商品計画」であり、ショーでは「これからの日産車の姿」を見せる、と語っていた。
だからこそ、GT-R Conceptをこの時に出した意味は大きい。

興味深いのは、GT-R Concept発表時はR34型スカイラインGT-Rが販売中だったことだ。スカイラインGT-Rがまだ存在する時代に、日産は「次はスカイラインではないNISSAN GT-Rをつくる」と宣言したわけだ。スカイラインの最強版ではなく、日産ブランドを象徴する独立した世界戦略スーパースポーツ。生まれ変わった日産のシンボルとしてのGT-Rである。
GT-R Conceptが示した「思想」、PROTOが見せた「姿」

2001年のGT-R Conceptが提示したのは、「次世代GT-Rの思想」である。
次に姿を現したのは2005年のGT-R PROTOである。これは次世代GT-Rの姿の予告だった。
だから、と言うべきか、2001年のGT-R Conceptと2005年のGT-R PROTOはデザインが似ているようでかなり違う。
それでも、
・大柄な2+2クーペ
・四角く大きなフロント開口部
・フェンダーを強調した四角いボディ
・なだらかに落ちるルーフ
・伝統の丸形4灯テールランプ
は共通している。そして何より、どちらも「スカイライン」の名を冠していない。

また、Concept時点で、すでにR35GT-Rの最大の技術的特徴である「プレミアム・ミッドシップパッケージ」の基本構想が織り込まれていた。エンジンをフロントに搭載しつつ、トランスミッションをリヤアクスル側に置くトランスアクスル4WDのパッケージだ。重量物を前後に分散し、理想的な重量配分と高いトラクション性能を狙うためのレイアウトである。つまり、デザインは変わったが、パッケージ思想は変わらなかった。


ConceptとPROTOで造形は大きく変わっているが、基本プロポーションは意外なほど一貫している。古典的なロングノーズ・ショートデッキのFRスポーツカーではなく、キャビンを比較的前方に置き、太いCピラーから短いデッキへ落とすシルエット、前後フェンダーを独立した塊として強調する手法もすでに2001年のConceptに見ることができる。

リヤの丸形4灯テールランプもConcept→PROTO→量産型まで繋がっている。フロントのデザインが大きく変わっているのに、デザインに一貫性が見えるのはこの丸目4灯テールランプのおかげかもしれない。
GT-R Conceptは量産型R35GT-Rとはずいぶん違う姿をしていた。しかし6年後の量産車を見れば、丸型4灯だけでなく、プロポーション、フェンダーの考え方、フロント開口部、そして何より「スカイラインではないGT-R」という思想まで受け継がれていた。

姿は変わった。しかし、GT-R Conceptが目指していたものは変わらなかった。












2023年HYPER FORCEから6年後──2029年に新しいGT-Rは現れるか?



2001年のGT-R Conceptから量産型R35 GT-Rの登場まで、6年を要した。
そして2023年のジャパンモビリティショーでは、GT-Rのエンブレムを思わせるロゴを掲げた「NISSAN HYPER FORCE」が登場した。その姿から次期GT-Rを示唆するコンセプトカーではないか、と大きな話題になった。
そして、歴史は奇妙なほど似た状況を迎えている。



2001年の日産は、リバイバルプランによる再建の真っただ中にあった。そしていま、日産は「Re:Nissan」を掲げ、再び再建に取り組んでいる。
再建途上の日産が、未来の象徴としてGT-Rを見せる──。もし歴史が繰り返すなら、2023年から6年後の2029年、われわれは再び新しいGT-Rを見ることになるのだろうか。



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