連載

あのコンセプトカー、どうなった?
Alfa Romeo Brera Concept 2002年

2002年のジュネーブ・モーターショーで発表されたAlfa Romeo Brera Concept(アルファ ロメオ・ブレラ・コンセプト)は、大きな反響を呼んだコンセプトカーだった。デザインを手掛けたのはジョルジェット・ジウジアーロ率いるイタルデザイン。低くワイドなボディ、左右3灯ずつの鋭いヘッドライト、そして中央に大きく構えたアルファ ロメオ伝統の盾型グリル「スクデット」。その姿は、それまでのアルファ ロメオとは明らかに違っていた。

そして3年後の2005年、「Brera」の名を持つ量産クーペが本当に登場した。

では、「あのコンセプトカー、どうなった?」という問いへの答えは、「量産Breraになった」で終わるのだろうか。

じつは違う。

Brera Conceptがその後のアルファ ロメオに残したものは、一台のクーペよりもはるかに大きかった。Brera Conceptで提示されたデザインは、量産Breraだけでなく、156のフェイスリフト、159、そしてSpiderへと広がっていったからだ。

つまりBrera Conceptは、量産車になったコンセプトカーであると同時に、2000年代のアルファロメオの「顔」を作ったコンセプトカーでもあったのである。

156で復活したアルファロメオ

アルファ ロメオ最大のヒット作とも言えるアルファ156

Brera Conceptの意味を考えるには、その5年前に登場した156から話を始めたほうがいいだろう。

1997年に登場したAlfa Romeo 156は、当時のアルファ ロメオにとって非常に重要なモデルだった。

デザインを手掛けたのは、当時アルファ ロメオのチェントロ・スティーレを率いていたウォルター・デ・シルバを中心とするデザインチームである。

いま写真を見ても、そのスタイリングは新鮮だ。

156のデザインは、当時アルファ ロメオのチェントロ・スティーレを率いていたウォルター・デ・シルバ

4ドアセダンでありながら、後席ドアハンドルをCピラー部分に隠すことで、一見すると2ドアクーペのように見せた。高い位置を走るキャラクターライン、張り出したフェンダー、コンパクトなキャビン。クラシックなアルファ ロメオのモチーフを取り込みながら、それをモダンなスポーツセダンとして再構築していた。

フロントにも中央にスクデットを置く伝統的なアルファの構成が使われている。ただし、その表現は繊細だ。スクデットは比較的小さく、ヘッドライトも後年のアルファほど攻撃的ではない。

156は1998年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーを獲得し、販売面でも成功した。

1980年代から1990年代にかけて難しい時代を過ごしていたアルファ ロメオにとって、156はブランド復活を象徴するモデルになったのである。

その成功の最中に現れたのがBrera Conceptだった。

「さすがジウジアーロ」と世界を驚かせたBrera Concept

2002年のジュネーブ・モーターショー。ジウジアーロ率いるイタルデザインがアルファ ロメオのために製作したBrera Conceptは、156とはまったく違う方法でアルファらしさを表現していた。

全長4388mm×全幅1894mm×全高1289mm。ホイールベース2595mm

低く、そして非常にワイドだ。サイドから見ると、とりわけそのプロポーションの美しさが際立つ。

Alfa Romeo Brera Concept 2002年

長いノーズの後方にキャビンが置かれ、ルーフは大きな弧を描きながらリヤへ落ちていく。前後フェンダーは豊かに膨らみ、大径ホイールがボディの四隅を踏ん張る。

そしてフロントには、左右それぞれ3つの丸型ランプを細長いスリットの中に配置した独特の6眼ヘッドライト。その中央には大きなスクデットが突き出している。

この顔が強烈だった。

156にもアルファ ロメオらしい顔はあった。しかしBrera Conceptは、そのブランドアイデンティティをはるかに強いグラフィックへと変換した。

Alfa Romeo Brera Concept 2002年

後ろ姿も美しい。

大きなガラスハッチ、左右へ細く伸びるリヤコンビネーションランプ、張り出したリヤフェンダー。そして左右4本出しのエキゾースト。

ドアには、コンセプトカーらしく上方へ跳ね上がる機構が採用されていた。

Alfa Romeo Brera Conceptのインテリアはのちの量産ブレラとはかなり趣が異なる。

インテリアもまたショーカーそのものだった。深い赤系のレザーをふんだんに使い、アルミニウムのパーツを組み合わせる。メーターやスイッチ類には機械式時計のような精密感があり、量産車の制約から解き放たれたイタリアンGTの世界が作られていた。

Alfa Romeo Brera Concept 2002年 ドアはいわゆるシザーズドアを採用していた。

しかしBrera Conceptの特別さは、スタイリングだけではなかった。

中身は「ほとんどスーパーカー」だった

Brera Conceptのパワートレーンは、後に登場する量産Breraとはまったく違う。

搭載されたのは約4.0LのV型8気筒エンジン。ベースとなったメカニズムにはマセラティとの関係があり、最高出力は400ps級。そして駆動方式は後輪駆動だった。つまりBrera Conceptは、単に「将来発売するアルファ ロメオのクーペ」をそのまま予告したクルマではない。

低くワイドなボディに強力なV8を積み、後輪を駆動する。その成り立ちは、むしろエキゾチックGTに近かった。

ここが後の量産Breraとの最大の違いである。

Alfa Romeo Brera Concept 2002年 フロントにマセラティ由来のV8エンジンを縦置きしていた。

Brera Conceptはデザインスタディであると同時に、「もしアルファ ロメオがこんなGTを作ったら」という夢を具現化したクルマだったのだ。その夢があまりにも魅力的だったからこそ、反響も大きかった。

そしてアルファ ロメオは、そのデザインを一台のショーカーだけで終わらせなかった。

まず156の「顔」が変わった

ジウジアーロが手がけたアルファ156のフェイスリフトモデル

Brera Conceptが発表された翌2003年、156は大幅なフェイスリフトを受けた。
ここで再びジウジアーロが登場する。

1997年型と2003年型の156を並べてみると、基本的なボディは同じなのに、印象はかなり違う。

小さかったスクデットは大きくなり、その上端からボンネットへV字を描くようにラインが伸びる。ヘッドライトも複眼的な表現となり、フロント全体が以前より低く、鋭く見えるようになった。

上がアルファ156前期モデル、下がブレラ・コンセプト。156がデ・シルバ、ブレラ・コンセプトがジウジアーロだ。
上がアルファ156後期モデル、下が量産型ブレラである。

もちろんBrera Conceptそのものの顔を156へ移植したわけではない。

しかし、2002年のBrera Conceptでジウジアーロが提示した新しいアルファ ロメオのデザイン言語が、翌年の156にも色濃く反映されていることは、両車を並べればよくわかる。

つまりBrera Conceptの影響は、Breraが市販されるより前から始まっていたのである。

2005年、ついにBreraが量産された

2005年のジュネーブ・ショーでデビューした量産型ブレラ。アルファ159も同時に世界公開された。

そして2005年。
ジュネーブ・モーターショーで量産型Alfa Romeo Breraが登場する。Brera Concept発表から3年。車名も同じ、スタイリングもよく似ている。

アルファ ロメオ・ブレラ(量産型)2005年

正面から見れば、Brera Conceptの大きなスクデットと左右3灯ずつのヘッドライトが、ほぼそのまま量産車へ受け継がれていることがわかる。

サイドから見ても、なだらかに下降するルーフライン、厚みのあるリヤフェンダー、大きなガラスハッチなど、コンセプトの特徴は明らかに残っている。

アルファ ロメオ・ブレラ(量産型)2008年

リヤから見ても、細長いテールランプや左右4本出しマフラーなど、Brera Conceptとの血縁関係は一目瞭然だ。

コンセプトカーが量産車になる過程として考えれば、かなり忠実な再現に見える。

ところが、2台を横から並べると大きな違いに気づく。

プロポーションが違うのである。

上 ブレラ・コンセプト(2002年)全長×全幅×全高:4388mm×1894mm×1289mm ホイールベース:2595mm
下 ブレラ量産型(2005年)全長×全幅×全高:4414mm×1830mm×1372mm ホイールベース:2528mm
上 ブレラ・コンセプト(2002年) 下 ブレラ量産型(2005年)エンジンフロント縦置きの後輪駆動ベースのコンセプトに対してフロントエンジン横置きの前輪駆動ベースの量産型。プロポーションはかなり違う。

Brera Conceptには、フロントエンジン・リヤドライブのスポーツGTらしい伸びやかさがあった。キャビンは後方にあり、低いルーフと大きなホイールによって、ボディ全体が地面へ吸い付くように見える。

量産Breraは違う。

キャビンはより前へ出て、ルーフも高くなった。フロントオーバーハングも長く見える。

理由は明快だ。量産Breraは、Brera ConceptのV8+FRというメカニズムを量産化したクルマではなかったからである。

同じ姿を目指しながら、中身は別のクルマになった

量産Breraは159と基本アーキテクチャーを共有する量産モデルとして開発された。

エンジンは横置きで、基本はFF。一部モデルにはQ4と呼ばれる4WDも設定された。エンジンもV8ではない。ガソリンでは2.2L直列4気筒JTSや3.2L V6 JTS、さらにディーゼルも用意された。

Alfa Romeo Brera Concept 2002年

つまり、
Brera Concept=V8+FRのエキゾチックGT
だったものが、
量産Brera=159系のメカニズムを使ったFF/4WDの量産GT
へ変わったのである。

アルファ ロメオ・ブレラ(量産型)2005年

これは非常に重要な違いだ。

デザインはBrera Conceptをできるだけ再現しながら、中身は量産車として成立させなければならない。衝突安全、居住性、生産性、コスト。そして159との部品・プラットフォーム共有。コンセプトカーの自由なプロポーションをそのまま実現することはできなかった。

その結果、Brera Conceptが持っていた「低く、長く、ワイドなエキゾチックカー」の雰囲気は薄れた。それでも量産Breraが美しいクルマであることに異論はないだろう。
ただし、Brera Conceptがあまりにも美しかった。
それが量産Breraにとって、ある意味では不幸だったのかもしれない。

もう一台の「Brera」が159だった

アルファ159

しかしBrera Conceptの影響を考えるうえで、量産Brera以上に重要なのが159である。159は2005年に登場した156の後継セダンだ。Breraと159を正面から並べてみると、ほとんど兄弟である。大きなスクデット。そこから左右へ伸びる細い開口部。そして片側3灯、合計6灯のヘッドライト。

その源流をたどれば、2002年のBrera Conceptに行き着く。

もちろん159は4ドアセダンだから、Brera Conceptとはプロポーションがまったく違う。それでも、Brera Conceptで提示された「顔」は159にもほぼそのまま受け継がれた。

ここでBrera Conceptの意味が変わってくる。

このコンセプトカーは、単にBreraという一台のクーペを予告しただけではなかった。
Brera Conceptで生まれた顔そのものが、次世代アルファロメオのブランドデザインになったのである。

1997年の156、2002年のBrera Concept、2003年のフェイスリフト版156、そして2005年の159を順番に並べてみると、その変化は非常にわかりやすい。

156でデ・シルバが築いた繊細でスポーティなアルファ。
そこへジウジアーロのBrera Conceptが登場する。
156後期型が両者をつなぐ。
そして159で完全に新しい世代へ切り替わる。

Brera Conceptは、その転換点だったのである。

そしてSpiderにもなった

物語はさらに続く。

2006年にはAlfa Romeo Spiderが登場した。
デザインはピニンファリーナとの協業によるものだが、ベースにあるのはBrera/159系のアーキテクチャーである。

アルファ・スパイダー

写真を見れば、Breraとの関係はすぐにわかる。
フロントはBrera/159と共通する6眼+スクデット。クーペのルーフを取り去り、2シーターのオープンボディとすることで、まったく違うキャラクターが与えられた。

アルファ ロメオ・ブレラ(量産型)2005年
アルファ・スパイダー

興味深いのは、Brera Conceptが最初に提示した官能的なGTという世界観が、ある意味ではSpiderのほうがよく表現できていたことだ。

低いウインドシールド、長く見えるノーズ、短いキャビン。ルーフがなくなったことで量産Breraのキャビンのボリューム感が消え、より純粋なスポーツカーらしいプロポーションになった。

こうしてBrera ConceptのDNAは、

Breraというクーペ、
Spiderというオープンカー、
159というスポーツセダンへと展開された。

一台のコンセプトカーから、ひとつの「ファミリー」が生まれたと考えていい。

しかし、156の成功は再現できなかった

アルファ ロメオ・ブレラ(量産型)2005年

ここまでならBrera Conceptの物語は大成功で終わる。
世界を驚かせたコンセプトカーが量産され、そのデザインがブランド全体へ展開された。コンセプトカーとして、これ以上ない成功例にも思える。

ところが、現実はそう単純ではなかった。

159/Brera/Spiderは、デザイン面では高い評価を受けたものの、156が実現したような販売面での成功を再現することはできなかった。とりわけ問題になったのが重量だった。

159系で採用されたプラットフォームは、高い剛性や安全性を実現した一方で、車両重量が増加した。

アルファ ロメオ・ブレラ(量産型)2005年

Breraも同様だった。
Brera Conceptを見て「軽快なイタリアンスポーツ」を期待した人にとって、量産Breraは想像していた以上に重く、大きなGTだった。さらに3.2L V6も、かつてのアルファ ロメオを象徴したいわゆる「Busso V6」とは異なる系譜のエンジンだった。

美しい。

しかし、アルファ ロメオに期待される軽快さや官能性という面では、ユーザーが期待したものと少しずつズレていた。

しかも当時の欧州プレミアム市場には、BMW 3シリーズ、Audi A4、Mercedes-Benz Cクラスという非常に強力なライバルがいた。

159はそれらと正面から競わなければならなかった。
BreraにもAudi TTやBMW Z4などのライバルがいた。「美しいアルファ ロメオ」であることだけでは、市場で勝つことはできなかったのである。

美しいコンセプトカーは、美しい量産車になった。それでも成功するとは限らない

アルファ・ブレラ量産型のインテリア
アルファ・スパイダーのインテリア

そして、このあたりからアルファ ロメオは再び難しい時代へ入っていく。156によって勢いを取り戻したブランドは、その後継159でさらなる飛躍を狙った。
BreraとSpiderという華のあるモデルも揃えた。
デザインにはBrera Conceptという強烈な武器もあった。それでも販売は期待どおりには伸びなかった。

159は2011年に生産を終了。BreraとSpiderも2010年代初頭までに姿を消していった。

その後、アルファ ロメオが本格的なDセグメント・スポーツセダンを再び投入するのは、後輪駆動プラットフォームを採用したジュリア(Giulia)まで待たなければならなかった。

そう考えると、Brera Conceptの物語は少し複雑だ。

コンセプトカーとしては大成功だった。量産車にもなった。しかも一台だけではなく、そのデザインはBrera、159、Spiderへ広がった。

それでも、それらの商品が156のような商業的成功を収めたわけではない。

Brera Conceptは結局、どうなった?

ではあらためて、「あのコンセプトカー、どうなった?」。
最も簡単な答えは、「3年後、Alfa Romeo Breraとして市販された」である。

しかし写真を並べながらその後を追っていくと、それだけでは足りない。

Brera Conceptの顔はまず156後期型へ影響を与え、Breraと159で本格的に量産化され、さらにSpiderへと展開された。つまりBrera Conceptが量産化したのは、一台のクルマではなかったとも言える。

Alfa Romeo Brera Concept 2002年

その後のアルファロメオの「顔」そのものが量産化されたのである。

そしてもうひとつ、このクルマはコンセプトカーと量産車の関係について興味深いことを教えてくれる。ショーカーが絶賛されたからといって、そのまま量産車として成功するとは限らない。

美しいスタイリングを量産車へ落とし込むには、プラットフォーム、パワートレーン、居住性、安全性、重量、価格など無数の条件を満たさなければならない。Brera Conceptは、V8を積むFRのエキゾチックGTという夢だった。

量産Breraは、その夢のスタイリングを現実の量産車へ移植しようとしたクルマだった。その過程で失われたものもあった。

それでも、2002年にジュネーブに現れた赤いBrera Conceptが、その後のアルファ ロメオを変えたことは間違いない。

Breraという一台のクルマになっただけではない。156の顔を変え、159を生み、Spiderへ広がり、2000年代のアルファ ロメオを象徴するデザインになった。

Brera Conceptとは、量産車になったコンセプトカーではなく、ひとつのブランドのデザインになったコンセプトカーだったのである。

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