連載

自動車業界鳥瞰図

BEVは自動車という移動と輸送手段のすべてをまかなえるような存在ではない

DHE(デディケーテッド・ハイブリッド・エンジン)は、HEV専用のICE(内燃機関)である、単体での使用ではなく、必ず電動駆動系と組み合わせて使うICEを指す。直近で言えば、日産の新型「セレナ」やホンダ「ステップワゴン」のHEVに搭載させているICEがDHEである。

トヨタ・クラウンのデュアルブーストハイブリッド用のDHT(デディケーテッド・ハイブリッド・トランスミッン)

DHT(デディケーテッド・ハイブリッド・トランスミッション)はHEV専用の変速機であり変速機内に電動駆動系を持つ。これにICEを合体させれば、そのままHEVになる。トヨタ「クラウン」に搭載されている電気モーター内蔵6速ステップ(有段という意味=CVTの無段に対する表現)ATが最新のDHTである。

いま、このDHE/DHTがESPにとって大きな開発案件である。EPSの大手と言えば、その先駆的存在である英・リカルドをはじめオーストリアのマグナ・シュタイアとAVL、独・FEVやIAVなどの名前が挙がる。これらEPSは在欧OEMばかりでなく、日本のOEMからもさまざまな開発委託を受けている。

なぜDHE/DHTが必要なのか。ESPを取材すると「BEVは自動車という移動と輸送手段のすべてをまかなえるような存在ではない。しばらくはICEに頼らなければならない。ICEの燃費を改善する手段としてDHE/DHTはきわめて現実的」との答えが返ってくる。

EU政府でさえ2035年時点で「すべてがBEVになる」とは思っていない

何らかの電動駆動機構を持つクルマを欧州では「xEV」と呼ぶ、xが「バッテリー」ならBEV、「ハイブリッド」ならHEV、プラグイン(外部充電)ハイブリッドならPHEV……である。EU政府でさえ2035年時点で「すべてがBEVになる」とは思っていない。2022年11月に排ガス規制「ユーロ7」の概要を発表した際、2050年時点でも乗用車とLCV(車両重量3.5トン以下の小型商用車)は「少なくとも2割がICE車」との予測を語った。

いっぽう、ICEにカーボン・ニュートラリティ性能を与える手段として、新しい燃料の研究が進んでいる。その代表格が「e-Fuel=イーフューエル」である。大気中のCO²を回収し、その中からC(炭素)を分離し、再エネ(再生可能エネルギー=太陽光/太陽熱/風力/地熱/潮力など)由来の電力で作ったH²(水素)と反応させて燃料分子としての炭化水素化合物を得る。H²はそのまま水素ICEやFCEV(燃料電池電気自動車)の燃料に使う道もあるが、e-Fuelなら現在のICE車の燃料になる。

e-Fuelがすべてを解決するか?

e-Fuelの開発を進めるアウディ。まだまだ高コストだ。

EUはe-Fuelを否定的に見ている。「再エネ電力はそのままBEVに充電するほうががるかに効率がいい」と主張する。これはそのとおりである。しかし、一般の系統電源のなかに再エネ由来電力が混ぜられた場合、それが必ずしもBEVに使われるとは限らない。再エネは電力総需要のなかでは役立つが、電力需要が急増する夏冬の夜間に大量のBEVが充電を始めると、動員されるのは火力発電になる。

これは世界的傾向であり、今後しばらくは(20年、30年という期間)BEVが消費する電力のために火力発電をなくすことはできない。EUが利用する2大再エネである風力と太陽光は「お天気頼み」であり、じつは最近になっていろいろと不都合が語られ始めている(後述)。

e-Fuelを実用化し、たとえば通常のガソリンにe-Fuelを5%、植物由来のアルコールであるバイオエタノールを5%混ぜれば、それだけで走行段階(T2W=タンク・トゥ・ホイール)で10%のCO²削減になる。さらにxEV化によって15%の燃費向上効果を得られれば、合計で25%のCO²排出削減になる。

Source:Volkswagen 2018年EU実績による発電ミックスで計算したデータ

過去にも紹介したデータだが、VWが製造段階も含めた厳密な計算を行なったデータは興味深い。2018年EU実績による発電方法ミックスでBEV「e-ゴルフ」とディーゼルICE搭載のゴルフを比べた場合、20万km走行で車両を廃棄するという前提でLCA(ライフ・サイクル・アナリシス)計算すると、ディーゼルICEのCO²排出は140グラム/km、e-ゴルフは119グラム/kmになった。

これは走行段階だけのCO²排出ではなく、燃料精製段階と発電段階も含めたW2W(ウェル・トゥ・ホイール=W2T+T2W)の計算結果に、さらに車両製造まで加味したものだ。未知数であるBEVの廃棄処理はデータが揃っていないため、製造から解体までという本当の意味でのLCA計算ではないが、それを行なうと「現時点の感触としてBEVはICE車よりもかなり不利になる」とはいくつかのOEMを取材して聞いた。

2018年実績の発電方法ミックスでは、ドイツとアメリカは「e-ゴルフ」のCO²排出が142グラム/kmと同じだ。ここで前述のe-Fuelとバイオエタノールを5%ずつディーゼル燃料に混ぜると、140グラム/kmは10%減って126グラム/kmになる。さらにディーゼルICEをHEV化して15%の燃費改善効果を得た場合は107グラム/kmになる。この数値はEU発電方法ミックスでBEVを走らせたときの119グラム/kmより低くなる。

ただし、現在のEUは「走行段階のCO²」しか考えないから、BEVのCO²排出は2グラム/kmであり、ほとんど無視できるレベルになる。EUが考えているBEV社会は、あちこちに急速充電ポストを設置し、たとえ火力発電が総動員されている電力需要ピーク時であっても「いつでも自由に充電できる」ようにして、とにかくBEVユーザーの不満を解消することだ。当然、急速充電で電池を酷使する結果になり、電池寿命は縮まる。いまのところEUは、そういうBEV社会をめざしている。

いっぽうe-Fuelにも課題がある。e-Fuelを安定的に、しかも安価に量産するには設備投資が必要であり、同時に製造コストは現在のガソリンより確実に高い。ここをどうするか。さらに言えば、果たして充分な量のH²を得られるだけの再エネ発電は可能なのか。「再エネならCO²は出ない」と言われるが、再エネ電力はあちこちから引っ張りだこであり、無尽蔵ではない。

日本が進むべき道

【図】IAV提供

南米大陸の先端、南極に近い側は風力と潮力による発電効率が良く、ここで電力を起こしてe-Fuel に変換して欧州まで船で運ぶという計画がある、石油や天然ガスを運ぶのと同様、遠隔地からの輸送だが、船舶による輸送コストと輸送で排出するCO₂はそれほど大きくない。

世界の風力発電最適地は、Neo Carbon Energy/IAV提供の【図】のようにチベットの高地、インド洋に面したアフリカ大陸のソマリア沿岸、オーストラリア大陸の西岸などだ。太陽光発電にはサハラ砂漠のような日照に恵まれた広大な土地が適している。いっぽう日本は風力も太陽光も「適地」ではない。日本は地理的に再エネ発電の効率に恵まれていないのだ。

海外の論文を読むと、たとえば水上風力発電のコストは、一般メディアが報じているようには下がっていない。英・REF(再生可能エネルギー財団)およびキヤノングローバル戦略研究所によると「風力発電の総設備容量の増加がコスト増を招いている。設備費も運転費も上昇傾向にあり、その理由のひとつは故障の多さにある」という。

実際、筆者が取材した発電風車メーカーで「大型化が故障率の増加をもたらしており、年間の故障率は25%に達している」と聞いた。REFの報告にも「洋上風力発電風車の平均設備利用率は年率で約4.5%低下している」と明記されている。また、デンマークの洋上風車についての試算では「初年度の平均運転費が41ポンド/MWhであっても12年後には125ポンド/MWhに高騰する」という結果だった。

EUがBEV普及を進めるなかで、こうした「じつはそんなにうまくは行かない」ことが少しずつ明らかになってきた。再エネが豊富にあるときに水を組み上げておいて、再エネを得られない時間帯に揚水発電を行なう方法はすでに実現しているが、定置型の巨大な蓄電施設はまだ試験段階である。電池はコストがかかるほか発電風車よりも劣化が進む。現時点の技術では、残念ながらこれが現実である。

少しずつ、無理のないスピードで、BEVのメリットを活かせる領域からBEV導入を図る。同時にHEVの導入とICE燃料のカーボン・ニュートラリティ化に着手する。そして社会システムも含めてBEVの効果をきちんと測り、政策を柔軟に組み替える。これがもっとも自動車交通のカーボン・ニュートラリティ促進には有効なはずだ。

JAMA(日本自動車工業会)はずっと、これを主張してきた。しかし、EUは日本のスタンスを良く思っていない。彼らはBEVを中心とした自動車統制と、経済統制にもっていこうとしている。都合の悪い情報はつねに隠す。

欧州のOEMの考え方も、基本的にはJAMAが主張する「選択肢はBEVだけではない」と同じだ。しかしEU政府は規制でOEMを縛っている。「ICEは要らない。BEVだけでいい」と言う。BEV統制経済にもっていこうとしている。日本は、この動きに安易に同調すべきではない。日本にとって最適な選択肢は、地理的・気候条件的に諸外国よりも効率が悪い再エネ発電ではない。

過去20年間、日本は自動車でのCO₂排出を一貫して減らしてきた。その実績は世界でも目を見張るものである。日本車はコツコツと燃費改善に取り組み、HEVは国内に1000万台普及し、事業者は省エネ運転を徹底し、一般ドライバーも省エネ意識が高い。その実績グラフを最後に紹介しておく。

出典:IEA(国際エネルギー機関)

日本はすでに自動車のCO₂排出削減で実績を重ねてきた。ICEをうまく使ってきた。「だからルールを変えたい」のがEUであり、「減らす」のではなく「ゼロ」を目標に掲げる。それが現実的だとは、いまの時点では到底思えない。

デンソーが「エンジン部品」部門を整理し始めた ICE(内燃機関)は本当に存続の危機なのか? その1

デンソーはICE(内燃機関)部門の事業売却に着手した。去る9月には燃料ポンプ事業を愛三工業に売却、ほかの事業についてもCO₂(二酸化炭素)排出量を費用に換算する社内炭素価格(インターナル・カーボン・プライシング=IPS)制度に基づき継続か売却かを精査するという。自動車部品業界では今年、リケンと日本ピストンリングの経営統合合意や椿本チエインのeアクスル部品参入など、OEM(自動車メーカー)の脱ICEを見据えた事業展開が活発化してきた。 TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

https://motor-fan.jp/mf/article/97083/
「ユーロ7」はまるで全体主義 ICE(内燃機関)は本当に存続の危機なのか・その2

EU(欧州連合)委員会が「ユーロ7」排出ガス規制案を発表した。これはまだ決定ではなくEU閣僚理事会と欧州議会で審議し議決を取らなければならないが、近い将来は「BEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)だけに走行を認める」という案であり、BEV以外の選択肢については「提案なし」だった。旧ソ連や中国のような一党独裁国家が人民に下した「命令」をつい思い出してしまうICE(内燃機関)車否定である。 TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

https://motor-fan.jp/mf/article/98025/
「軽クラス」が全車BEV(電気自動車)になった中国 ICE(内燃機関)は本当に存続の危機なのか・その3

中国自動車市場の販売統計などを取る乗用車市場信息聯席会(乗聯会)のデータによると、日本の軽自動車に相当する「A00級」の新車販売は全数がBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)になった。詳細な分析が公表されている上半期(1〜6月)は、地方都市や農村部が需要地となるA00クラスが売れ、それよりもやや大きい「A0級」でもBEV比率が3割に迫った。日本でも軽BEV「サクラ」が売れている。行動半径が小さいベーシック・トランスポーターは世界的にBEVが増えるのだろうか。年間2000万台のこの市場がBEVに席巻されるとなれば影響は大きい。しかし、スムーズにコトは進むだろうか。 TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

https://motor-fan.jp/mf/article/100206/
だんだん危うくなってきた「BEV普及への道」 ICEは本当に存続の危機なのか・その4

ICE(内燃機関)が悪いのではない。問題はCO₂(二酸化炭素)が出ることだ。CO₂均衡=カーボン・ニュートラリティ燃料を使えばICEはこれからも堂々と使い続けることができる……こう主張する研究者は少なくない。「だからICEはなくならない」とこじつけるつもりはないが、果たしてICEは本当に存続の危機に直面しているのか。すでに出番はなくなりつつあるのか。この4回目と最終回の5回めは、欧州と中国を比べながらICEの地位を考えてみる。

https://motor-fan.jp/mf/article/107146/

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