英国に設計・開発・生産機能を集約

マクラーレン・テクノロジーセンターが、マクラーレングループの本拠地。
マクラーレン・テクノロジーセンターが、マクラーレングループの本拠地。

今回の投資は、マクラーレン・オートモーティブの株主であるアブダビ政府系ファンドのL’IMADによる事業支援の一環として行われる。マクラーレンは次世代モデルの開発を加速させるとともに、従来のスーパーカーを中心としたラインアップから新たなカテゴリーへも進出する。また、場所や時期は明らかにされていないが、車両組立工場を新設する計画も発表。新型の高性能SUVを含むモデルを国内で生産する。

既存拠点の強化も進める。ウォーキングにある「マクラーレン・プロダクション・センター」に加え、サウス・ヨークシャーでカーボンファイバーの製造・研究を行っている「マクラーレン・コンポジッツ・テクノロジー・センター」の機能を拡充する計画だ。これに先立ち、オックスフォードシャーのビスターに、デザインとイノベーションを担う「マクラーレン・クリエーション・センター」を新設。さらに、イングランド中部のミッドランズ地方にも、車両開発およびテスト施設を設けた。

製品ラインナップの拡大や生産能力増強に向けた投資に加え、英国国内に設計、エンジニアリング、先進的な生産設備、車両開発の機能を集約することで、雇用を増やすことも今回の計画の大きな柱である。マクラーレンの発表からは、自社の成長だけでなく、英国の産業基盤や技術、人材を将来に残すことを強く意識している姿勢が読み取れる。

エンジンとトランスミッションの内製化

マクラーレンのコリンズCEOは、国内への1000億円の投資を発表。同時に新型SUVの開発も表明した。
マクラーレンのコリンズCEOは、国内への1000億円の投資を発表。同時に新型SUVの開発も表明した。

計画には、パワートレインをマクラーレン・オートモーティブが自社で設計・生産する体制も整えることが織り込まれている。第一段階として、2種類の新型エンジンと、それに対応するトランスミッションの開発に着手する。ただし、エンジンの形式や性能、搭載モデルなどの詳細は明らかにされていない。

パワートレインの内製化には、重要な知的財産や生産技術を英国に保持するとともに、軽量化や先進的な製造における自社の競争力を強化する狙いがある。マクラーレン・グループ・ホールディングスおよびマクラーレン・オートモーティブのニック・コリンズCEOは今回の投資について、「同社が成長し、独自性をさらに発展させるための基盤」になると説明。今後数十年にわたって競争力を維持するため、人材、技術、製品に投資していく考えを示した。

高性能SUVへ進出

マクラーレン・テクノロジーセンターに整然と並べられるカーボンモノコック。
マクラーレン・テクノロジーセンターに整然と並べられるカーボンモノコック。

マクラーレンは今後、スーパーカーを中核としながら、戦略的に製品ポートフォリオを拡大していく方針である。現時点では、車名やパワートレイン、車体構成、発売時期などは公表されていないが、新たな製品カテゴリーのひとつとして高性能SUVの投入を計画していることを正式に発表した。

マクラーレンは長年、軽量なミッドシップ・スーパーカーをブランドの中心に据えてきた。高性能SUVへの進出は、単なる派生モデルの追加ではなく、同社の事業規模や顧客層を広げる大きな転換点になりそうだ。

1000人以上の雇用を創出

今回発表された投資によって、マクラーレンでは1000人の雇用を計画。英国のサプライチェーン全体では、最大3000人の追加雇用が生まれると見込む。
マクラーレンでは1000人の雇用を計画。英国のサプライチェーン全体では、最大3000人の追加雇用が生まれると見込む。

一連の投資により、マクラーレンは2032年までに英国内で少なくとも1000人の新規雇用を創出するとしている。既存の雇用は維持しながら、製造部門の人員を現在の約2倍に増やし、次世代の人材を育成するための新たな制度も導入する。

イギリスのアンディ・バーナム首相もコメントを寄せ、マクラーレンが設計から生産までを英国に維持し、新たな雇用を創出する姿勢を評価した。さらに、今回の投資は質の高い職業訓練や雇用を生み、工場の外にも成長効果をもたらすと指摘。政府と企業が協力して地域の再工業化を進め、若者に「ものづくりの仕事には将来がある」と示すことの重要性を強調している。

首相のコメントが比較的長く引用されていることからも、今回の発表には一企業の設備投資にとどまらず、英国の製造業と雇用を守り、再び成長させるという産業政策上のメッセージも込められているといえる。

自動車分野をはじめとする国内産業を大切にし、現在の雇用を守るだけでなく次世代の技術者を育て、将来の成長につなげようとする姿勢は注目に値する。人手不足への対応を、海外人材の受け入れ拡大や低コストの労働力確保に偏らせがちな日本政府や日本企業にとっても、学ぶべき点は非常に多いのではないだろうか。

海外人材の受け入れ自体を否定するものではないが、それを国内の人材育成や技術継承への投資に代わる手段として扱えば、産業の持続可能な成長は難しい。

欧州自動車産業の苦境とは対照的な投資

バーナム首相は閣僚と共にマクラーレンテクノロジーセンターを訪れた。
バーナム首相は閣僚と共にマクラーレンテクノロジーセンターを訪れた。

欧州の自動車産業は、販売環境の変化、電動化への対応、中国メーカーとの競争、エネルギーや人件費を含む生産コストの上昇などを背景に、生産体制の縮小や人員削減が相次いでいる。ドイツでは、フォルクスワーゲンが2030年までに国内で3万5000人以上を削減することで従業員側と合意している。ドイツ自動車工業会(VDA)によれば、2019年以降、同国内の自動車産業全体で約10万人の雇用が失われたという。状況が改善しなければ、2035年まではさらに12万5000人の職が失われる可能性があるとも試算している。

こうした状況を見ると、設計からパワートレイン開発、生産までを英国に集約し、国内の製造人員を増やすマクラーレンの計画は、欧州大陸の自動車産業で相次ぐ生産縮小や人員削減とは対照的に映る。もちろん、投資環境や事業構造が異なるため、マクラーレンと欧州の大手量産メーカーを単純に比較することはできない。そうした違いを踏まえても、英国国内に技術と雇用を維持し、サプライチェーンを含む産業基盤の強化と将来の成長につなげようとするマクラーレンの経営戦略は注目に値する。首相が「地域の再工業化」や「ものづくりの将来」にまで踏み込んだことも、この投資が英国にとって持つ意味を強く印象づけている。

2027年からWEC参戦のマクラーレンは、オーナー自身がハイパーカーを所有できる「プロジェクト エンデュランス」を発表した。

2027年WEC参戦のマクラーレンがハイパーカーを所有できる「プロジェクト エンデュランス」を発表【動画】

マクラーレン・オートモーティブとマクラーレン・レーシングは共同で、本物のLMDh規定プロトタイプレーシングカーをドライブできる、ユニークなカスタマーパートナーシッププログラム「プロジェクト エンデュランス(Project: Endurance)」を発表した。この極めてエクスクルーシブなカスタマープログラムは、2027年からスタートするマクラーレンの世界耐久選手権(WEC)参戦計画に直接参加できる貴重な機会となる。