ハンドシフトの魅力

ラージボディのニューシリーズとして、ベスパがPシリーズの販売を開始したのは1977年からで、1981年以降は車名をPX-Eに変更。今回の試乗車は、フロントドラムブレーキの最終仕様となる1997年型で、コンディションは絶好調。

第1回目で述べた通り、今回の旧車探訪記でベスパのPX200Eを取り上げる理由は、近年のオートマチック車や左手のレバー操作が不要なモデルを数多く体験した僕が、クラッチ操作とギアチェンジの意義を改めて考えたかったからである。

スクーターであるにも関わらず、シフトダウン&アップの際や停車時に握る+回すという左手の動作が必要となる古いベスパに乗れば、自分なりの答えが導き出せるんじゃないかと。

ベスパのハンドシフトは、クラッチレバーを握ってグリップを手前に回せばシフトダウン、グリップを奥に回せばシフトアップ。

その結論をいきなり記すと、やっぱりハンドシフトは最高に楽しかった。オートマッチック車のみとなった近年のベスパを否定するつもりはないけれど、やっぱり僕にとってのベスパはコレだ‼と思ったのである。

面倒なことや物足りないこと

ただしPX200Eは、予想以上に速くなかった。基本設計が1970年代に行われたとはいえ、車名が示す通り排気量は約200ccもあるのに、信号からのスタートダッシュでは近年の原付二種スクーターや、クラッチ操作が不要な110ccのスーパーカブシリーズに置いて行かれる。

もっとも、周囲の交通の流れには普通に乗れるし、ソノ気になれば100km/h前後の速度は出るのだが、イージーさや効率の良さという見方をするなら、このモデルはオートマチック車や左手の操作が不要なモデルにまったく及ばないのだ。

でもその点については、個人的にはマイナス要素ではなかった。それどころかPX200Eを走らせている最中の僕は、スムーズにして素早いクラッチワーク&ギアチェンジのコツをずっと試行錯誤し、それが上手くいったときはものすごく嬉しかったのである。

もっともこのモデルは、と言うか昔のベスパは、タイヤが前後10インチで構造的にリア荷重が高いから、低速域での車体の安定感は万全ではないし、2ストローク単気筒+機械式キャブレターのパワーユニットは、現代の4ストローク単気筒+電子制御式インジェクションほどの融通が利かない。

つまり、オートマチック車や左手の操作が不要な現行車と比較すると、走行中にいろいろと考えることが多いのだけれど……。

あぁ、だから楽しいのかと僕は思った。現代の基準で考えれば、面倒なことや物足りないことがたくさんあっても、乗り手がそのあたりを理解したうえで、マシンと対話しながら走ることが、僕は大好きなのである。

クラッチ操作とギアチェンジの意義

そんなわけで、自分にとってのクラッチ操作とギアチェンジの意義を認識した僕だが、だからと言って近年のオートマチック車や左手の操作が不要なモデルを否定するつもりは微塵もない。

何と言っても19世紀末に誕生したモーターサイクルは、イージーさや快適性や速さを求めて進化を遂げて来たのだし、操作に自信がないエントリーユーザーや体力の衰えを感じて来たベテランライダー、さらには左手や左足に障害を抱えている人にとっては、オートマチック車や左手の操作が不要なモデルは救世主になり得るのだから。

でも個人的には、モーターサイクルにオートマチックや左手のレバー操作が不要の機構を導入する際は、オーソドックスなマニュアルクラッチ・ミッション車も併売して欲しいと思う。

そしてベスパには、ハンドシフトの復活を期待したいのだが、全車オートマチックとなった近年の同社の販売台数が絶好調という事実を考えると、それは難しいだろう。とはいえ、ヤマハがアエロックスやNMAX155に導入したYECVTで、シフトダウンの面白さを実感した身としては、ベスパにも同様の機構を取り入れて欲しい気がしている。

濃厚なトラクションに感心‼

さて、前段で話をまとめてしまった感があるけれど、PX以前のベスパの魅力はハンドシフトだけではない。今回の試乗で僕が最も感心したのは、市街地でも高速道路でも峠道でも、スロットルを開けた際にリアから伝わる濃厚にして気持ちのいいトラクションだった。

モノコックフレームと片持ち式のフロントサスペンションは現在のベスパにも通じる要素だが、ハンドシフト時代のタイヤは前後10インチが主力。

どうしてそんな感触が得られるのかと言うと、クランクシャフト+ミッション+リアアクスルを、ギアを介して短い距離でダイレクトに結んでいるうえに(駆動系に伝達ロスの主因となるVベルトやチェーンは存在しない)、パワーユニットを後輪の右横に設置した効果でリア荷重が高いからだろう。

1989年以降は4WD仕様も販売しているが、1964年から発売が始まった水平対向6気筒のポルシェ911の主軸はRR車。

言ってみればハンドシフト時代のベスパには、RR:リアエンジンリアドライブのポルシェ911……は持ち上げすぎにしても、1957~1975年に販売された2代目フィアット500的なところがあるのだ。ほとんどがミッドシップの2輪の世界で、その構造は相当に画期的だと思う。

初代がFRだったのに対して、2代目フィアット500はRRを採用。エンジンは空冷並列2気筒。

もちろん、爆発回数が4ストロークの倍となる2ストロークエンジンを搭載していることも、トラクションを語る際には欠かせない要素だろう。

と言うよりこれまでの僕は、2ストロークの美点は吹け上がりの軽さや構造のシンプルさだと思っていたのだが、今回の試乗では右手の操作に忠実に発生するトラクションこそが、2ストロークの最大の魅力と感じたのである。

ハンドシフト時代のベスパは、強制空冷2スト単気筒エンジン+クラッチ+ミッションを後輪の右横に設置。

それに加えて、軽快さと安定差を絶妙の塩梅で両立したハンドリングも、PX以前のベスパの魅力だ。

もっとも前述したように、このモデルの低速域での安定感は万全ではないのだが、ある程度以上の速度になると、前後10インチタイヤ+堅牢なモノコックフレームならではと思える、キビキビ感や走破性が満喫できる。

逆に言うならそういった資質を実感すると、12インチ以上のタイヤが主力になった近年の原付二種以上のスクーターは(現在のベスパは全車前後12インチ)、軽快でスポーティな操縦性より、誰が乗っても不安を感じない安定性を重視しているように思えるのだ。

アバタもエクボ?

試乗を終えた後、僕の頭にふと浮かんだのは“アバタもエクボ”という言葉だった。

ただしこの言葉を辞書で調べると、“恋する者の目には、相手のアバタでもエクボのように見える。ひいき目で見れば、どんな欠点でも長所に見えることのたとえ”と記されているので、厳密に言うなら的を射ていないものの、ベスパを筆頭とするかつてのイタリア車は、そんな気分にさせてくれる車両が多かったのである。

もっとも現行車だって、イタリア車は他国製とは異なる魅力が味わえるモデルが多いのだが、グローバル化が進む昨今、かつてのイタリア車が備えていた独創性は、徐々に薄まっている……気がしないでもない。

ディティール解説

試乗車はヘッドライト後部に補修用のステッカーが貼られているが、コクピットの雰囲気は古き良き時代のベスパならでは。計器はベリア製で、1980年代中盤以降は各種警告灯をメーター内に設置し、燃料計を追加。
スイッチボックスはスクエアなデザインで、左にはウインカーレバー、右にはヘッドライトのオン・オフとハイ・ロー切り替えレバー、セルボタン、ホーンボタンが備わる。
キー付きのフロントトランクはかなりの大容量で、レインウェアと2ストオイルの1ℓ缶を収納しても、まだまだ余裕。
ハンドシフト時代のベスパは、リアブレーキ用のペダルをフロアに設置。
ダブルシートはオーソドックスな雰囲気。かつてのイタリア車の流儀に従い、レザーの裏面には衝撃緩衝用のコイルスプリングを内蔵。
ガソリンと2ストオイルのタンク・給油口は、前部のヒンジを支点にして持ち上がるシート下に設置されている。
樹脂製カバーに囲まれたエンジンは強制空冷2ストローク単気筒で、ボア×ストロークは66.5×57mm。12hp/5700rpmという最高出力は、今どきの4スト125ccスクーターと同等である。
レッグシールド後部に横置き、フロア中央に縦置きしたモデルも存在したが、1960年代以降のベスパは、左サイドパネル内がスペアタイヤの定位置となった。なおリアショックは左側の1本のみ。
片持ち式のフロントサスペンションは、トレーリング型のボトムリンク式。当初のベスパはスプリングのみだったが、1950年代以降はオイルダンパーを採用。ブレードラムのサイズは前後ともφ150mm。
スチール製の前後ホイールは、タイヤ交換の容易さを考慮した左右分割式。タイヤサイズは前後とも3.50-10。

主要諸元(1997年型)

全長×全幅×全高:1760mm×695mm×1110mm 
軸間距離:1235mm 
最低地上高:225mm 
シート高:810mm 
乾燥重量:108kg 
エンジン形式:強制空冷2ストローク単気筒 
吸気形式:ロータリーバルブ 
総排気量:198cc 
ボア×ストローク:66.5×57mm 
圧縮比:9.8
最高出力:12hp/5700rpm 
最大トルク:1.6kgf-m/4300rpm 
燃料供給装置: キャブレター デロルトSI24/24E 
始動方式:セル・キック併用式 
点火方式:CDI 
トランスミッション形式:常時噛合式4段リターン
クラッチ形式:湿式多板コイルスプリング 
ギアレシオ 
 1速:14.47 
 2速:10.28 
 3速:7.31 
 4速:5.36 
フレーム形式:スチールモノコック 
タイヤサイズ前:3.50-10 
タイヤサイズ後:3.50-10 
ブレーキ形式前:機械式ドラム 
ブレーキ形式後:機械式ドラム 
燃料タンク容量:8ℓ
乗車定員:2名