歴戦のレーシングカーが疾走!
日本車がモントレーの主役を飾った
「モントレー・モータースポーツ・リユニオン2026」の主役を飾ったのは、歴代の日本製レーシングカーたちだ。デモンストレーションでは、日本車として初めてル・マン24時間レースを制したマツダ787B、ホンダに初のF1コンストラクターズチャンピオンをもたらしたウィリアムズFW11、そして1992年のデイトナ24時間レースで優勝した日産R91CPが一堂に会して走行。時代やカテゴリーの枠を超えた、豪華な競演を楽しむことができた。

また、13のクラスに分けられたヴィンテージレーサーによる本格的なレースも開催。中でも、ダットサン510(510型ブルーバード)やアルファロメオ、BMWなどが多数参戦したグループ8では、往年のトランザムレースを彷彿とさせる迫力満点のバトルが繰り広げられた。

アメリカで日本車の知名度向上に大きく貢献したBRE(ブロック・レーシング・エンタープライズ)のダットサン240Z(S30型フェアレディZ)を精巧に再現したレプリカをはじめ、IMSAで圧倒的な強さを誇ったアキュラARX-05、さらにはフレディ・スペンサーが駆るNS500(レプリカ)など、ホンダ勢も登場。実に個性豊かな日本のレーシングマシンが集結した。長い歴史の中で日本車が世界の舞台で活躍し、その実力を認められてきた足跡を肌で感じられるイベントとなった。

パドックにもさまざまな車両が展示されていたが、その中にはBCNR33スカイラインGT-Rをベースとしたコンプリートモデル、NISMO 400Rの姿も。モントレー・カー・ウィークの期間中は各地でオークションも開催され、世界中のコレクターから注目を集める。JDMがコレクターズアイテムとして人気を高めていることを、こうした光景からも実感できた。

そして、その人気を裏付けるかのように特別開催されたのが、「JDMレジェンズ・カーショー」だ。モータースポーツ・リユニオンの開催期間中、ラグナ・セカで一般参加型のカーミートを行うという前代未聞の試みに、多くのJDMオーナーが共鳴。自慢の愛車を持ち寄り、会場を盛り上げた。

最近では「JDM」という言葉がひとり歩きし、あらゆる日本車を指すような意味合いで使われることも多くなってきた。しかし、本来は右ハンドルに象徴される「日本国内仕様」といったニュアンスを持つ言葉だ。実際、JDMレジェンズ・カーショーには、並行輸入されたと思われる右ハンドル車が数多く参加していた。



やはり人気ナンバーワンはスカイライン、そして第二世代GT-R。1999年にデビューしたS15シルビアも、いわゆる「25年ルール」の対象となり、少しずつ並行輸入され始めているようだ。イベントや「カーズ&コーヒー」のようなカーミートでも、ときどき見かけるようになってきた。

FD3S型RX-7はアメリカでも正規販売されていたが、この個体は右ハンドル仕様。その隣にはAE111型カローラレビンの姿もあった。この世代のカローラは、アメリカでは4ドアセダンのみが販売されていた。

ランサーエボリューションがアメリカで正規販売されたのはエボVIIIから。それ以前のモデルも、JDMとして高い人気を集めている。

もはや日本国内でも見かける機会が少なくなったトヨタbBオープンデッキも発見。他人とは違うクルマに乗りたいという欲求は、万国共通のようだ。

軽トラックをはじめとする軽自動車も、JDMを代表する存在だ。円安の影響もあり、アメリカの人々にとっては驚くほど手頃な価格で購入できるため、ちょっとした遊び感覚で購入してしまう人も多いのだとか。

こちらの9代目スズキ・キャリイは、フロントスポイラーやオーバーフェンダーを装着するなど、外装をカスタムして楽しんでいる様子。ロナール風のデザインを採用したホイールは、センターキャップにエンケイのステッカーが貼られているものの、正体は不明だ。

マツダのポーターキャブは、物販ブースの作業台として活躍。荷台にはシルクスクリーン印刷機が載せられ、その場でイベントTシャツを製作していた。

イベント参加者向けには、ラグナ・セカのコースを走行できるパレードランも用意されていた。愛車で名物コーナーのコークスクリューを駆け下りるという、滅多にできない体験を楽しんでいたようだ。パート2では、会場で見かけた魅力的なJDMチューンドをピックアップして紹介していく。
Part.2へ続く
Photo:Akio HIRANO Text:Hideo KOBAYASHI
