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’71デザートスクランブラー125(FIモデル)……459,800円
ライディングポジションの変更が功を奏し、バランスの良い走りに
1971年11月。アメリカのモハーベ砂漠を舞台に距離190マイル(約306km)のデザートレースが開催された。エントリー数はおよそ3,200名。深い砂地だけでなく、岩だらけの丘や雪の山岳地帯など、コースの内容は苛烈を極めた。このデザートレースにAJSの米国セールスマネージャー、マイク・ジャクソン氏が出場。AJSのストーマーという2ストのオフロードモデルを駆り、見事14位で完走したのだ。ちなみに優勝したのは伝説的ライダー、J.Nロバーツ選手で、マイク・ジャクソン氏は彼からわずか45分遅れでフィニッシュしている。
イギリスのAJSファクトリーは1969年7月に閉鎖されており、このストーマーというモデルは、AJSを吸収したノートン・ビリヤーズが北米向けにリリースしたものだ。そんな半世紀も前のAJSの栄光に敬意を表し、2021年モデルとして誕生したのが「’71デザートスクランブラー125」なのだ。
ベースとなっているのはテンペストスクランブラー125で、シリーズ共通の124cc空冷シングルやスチール製ダイヤモンドフレームはもちろん、前後のホイール径やタイヤ銘柄まで同じだ。燃料タンクについては、かつてのストーマーを彷彿させるコンパクトで丸みを帯びたものに置き換えられ、シートはタックロール調に。そして一番のポイントが、車体右側にレイアウトされたアップマフラーだろう。エキパイには最初からサーモバンテージが巻き付けられており、いかにもビンテージレーサーといった雰囲気を漂わせている。
足周りが共通ならハンドリングも同じだろう……。そう高を括って走り始めたところ、明らかに様子が違うことに気付く。テンペストスクランブラー125は、ロール方向の適度な手応えとゆったりとした舵角の付き方が特徴的であり、旧車のような味わいを楽しむことができる。これに対して’71デザートスクランブラー125は、車体のピッチングの中心にライダーがおり、リーンアングルやフロントタイヤのステアを積極的にコントロールしやすいのだ。
その最たる理由はライディングポジションの違いにある。実はこの2台、ステップの位置が異なり、’71デザートスクランブラー125は着座位置のほぼ真下にバーがある。これによって下半身で車体をしっかりとホールドすることができ、よりモダンなハンドリングの源となっているのだ。
こうした雰囲気は、トライアンフのスクランブラー900にも通じるところがあり、どちらも英国ブランドということに気付く。AJSのラインナップで最も未舗装路での走破性が高いのは、おそらくこの’71デザートスクランブラー125だろう。
始動性とレスポンスの良さが光るFI、マフラーはサウンド優秀
今回、日本に入荷しているAJSのヘリテイジシリーズ3機種全てに試乗することができ、この’71デザートスクランブラー125のみがFIを採用。ヤマハ・YBR125に端を発する124ccの空冷シングルはシリーズ共通であり、10.1psという最高出力も同じだが、実際に乗り比べてみると、FI仕様は微振動の少なさに拍車が掛かったような印象を受けた。
まずは始動性から。試乗日が非常に寒かったこと、また下ろし立ての新車だったこともあり、CVキャブ仕様のキャドウェル125とテンペストスクランブラー125は、チョークレバーを最大に引いて始動。エンジンが十分に暖まるまでアイドリングが不安定だった。これに対してFI仕様の’71デザートスクランブラー125は、そもそもチョークレバーがなく、セルボタンを押しただけですぐに目覚めた。このイージーさはビギナーにとって非常に心強いだろう。
走り始めてすぐに感じるのは、やはり不快な微振動の少なさだ。CVキャブ仕様の2台も基本的には少ないのだが、FI仕様の方は燃焼状態が理想的なのか、もっと洗練されたような回り方をする。加えて、スロットル開け始めのピックアップも良好で、とても同じエンジンとは思えないほどだ。
アップマフラーによるエキゾーストノートは、サイレンサーの位置が耳に近いこともあってか元気良く感じられ、ホンダのレブル250などよりも快活な印象だ。右足の内側がエキパイに触れそうな点を心配したが、実際にはマフラーガードによる遮熱性が高く、化繊のパンツを溶かすようなことはまずないだろう。
ブレーキは全モデル共通のコンバインドタイプで、フットペダルを踏み込むと、意外と早くにフロントが連動する。リヤブレーキで速度をコントロールする際、特に低速ほどこの利きが気になるが、通常走行においてはフットペダルのみで十分に減速できるというイージーさがあり、これは慣れで克服できるだろう。
車名に西暦が含まれるという稀有なモデルであり、AJSが自分たちのヘリテイジ(遺産)を大切にしていることがひしひしと伝わってくる。テンペストスクランブラー125の単なるバリエーションモデルかと思いきや、スタイリングだけでなく走りでも差別化が図られており、その手腕に感心しきりだ。車両価格はCT125・ハンターカブより約2万円高いだけであり、これにキャンプ道具を満載したら“映え”ること間違いなしだ。
ライディングポジション&足着き性(175cm/65kg)
テンペストスクランブラー125よりもステップバーの位置が後退しており、下半身での操縦性が明らかに向上している。シート高については20mm低く、加えて座面のエッジが丸みを帯びていることもあり、足着き性もこちらの方が断然いい。