KR-1は、究極の2スト250ccパラレルツインだった⁉ 1980年代に生まれた、カワサキ2スト250ccの歴史を振り返る③

カワサキらしさが希薄。1988年から発売が始まったKR-1シリーズに対して、そんな意見を述べる人は少なくない。とはいえこのモデルには、究極の2スト250ccパラレルツインと言うべき資質が備わっているのだ。

REPORT●中村友彦(NAKAMURA Tomohiko)
PHOTO●富樫秀明(TOGASHI Hideaki)

1KTオーナーの目線で感じた驚き

 そうだったのか! これはもう3KT、あるいは3XTじゃないか? 人生初のKR-1Sでワインディングを10分ほど走った僕は、ヘルメットの中でそう叫んでいた。いや、我ながら妙なことを言っているとは思うものの、7年前から初代TZR250:1KTで草レースに参戦している僕にとって、KR-1Sは2ストパラレルツインの理想形と言いたくなる資質を備えていたのだ。以下にその事情を説明しよう。

ライムグリーンカラー車なら判別できるものの、誤解を恐れずに言うなら、KR-1はカワサキらしさが希薄なモデルだった。

 まず1985年秋から発売が始まった1KTは、登場時にはRZ/RZ-Rと同様の大人気を獲得し、1986年に全国各地で開催されたSP250レースでは、参加車の半数以上が1KTという状況が少なくなかったようである。ただし現代の視点で考えると、1KTはエントリーユーザーやツーリングユースを適度に考慮したキャラクターで、ハイグリップ指向の最新ラジアルタイヤを履いてサーキットを速く走ろうとすると、いろいろな意味で物足りない。だから僕は、ありとあらゆる部分に手を加えて戦闘力を高めて来たのだが、KR-1Sはノーマルのままで、7年に渡ってモディファイを行って来た僕の1KTに通じる乗り味を実現していたのだ。

初代のMC16も相当に速かったけれど、NSR250Rの強さを決定づけたのは、1988年1月にデビューしたMC18。

 ちなみに、デビューからの約1年間は絶対的な強さを誇った1KTだが、1986年秋にホンダNSR250Rが登場してからは、徐々にシェアが縮小。そして1988年1月にNSRがMC16→MC18に進化すると、長きに渡って続いたヤマハ2ストパラレルツインの天下は終了することとなった。

 もっとも、TZRも1988年3月に2XTに進化したのだが、サーキットでの運動性能を突き詰めたMC18とは異なり、2XTはまだまだストリートを意識している印象。そういった状況を経て、ヤマハは1989年に第3世代のTZR、サーキット重視の3MAを市場に投入するのだが……。特徴的な前方吸気・後方排気や高剛性化を推し進めたフレームの採用など、あまりにもイッキに改革を行いすぎたためか、3MAはエントリーユーザーやツーリング好きにはオススメしづらい、難しい乗り味になってしまったのである。

1985年秋に登場した初代TZR250=1KT。1988年型2XTも、パッと見の印象はほとんど同じである。
ストリートでの使い勝手を考慮していた1KT/2XTとは異なり、レーサー指向をイッキに推し進めた3MA。

 ところがKR-1Sは、1KT/2XTに通じる親しみやすさを備えながらも、MC18に立ち向かえそうな戦闘力を獲得していたのだ。どうしてカワサキがそんな乗り味が構築できたのか、個人的には不思議にして意外な気がするものの、2スト250ccレーサーレプリカ市場に復帰するにあたって、おそらく、同社は1KTとMC16を徹底的に研究したのだろう。なお当時のカワサキはV型の経験がほとんどなかったので、パラレルツインというレイアウトを選んだのは自然な流れだと思う。

エンジンも車体もフレンドリー

 さて、何だか情緒的な話が先行してしまったが、ここからはKR-1Sそのものの感想。最初にエンジンについて述べると、同時代のライバル勢が中高回転域で急激にパワーが盛り上がる、いわゆるドッカンな特性だったのに対して、KR-1Sは低回転域でも右手の動きに対するエンジンの反応がリニアで、どんな領域からでもスムーズにパワーが取り出せる。この特性には、シリンダーを50度も前傾させて実現したストレート吸気やカーボン製リードバルブなどが貢献しているようで、とにかくアクセルが開けやすいのだ。

50度もシリンダーを前傾させた効果で、エアクリーナーボックスからピストン裏面まで、KR-1のエンジンは吸気通路の曲がりを最小限に抑えている。

 もちろんスムーズなパワーデリバリーは、コーナーからの脱出速度の向上につながる。ドッカンな特性だった同時代のライバル勢の場合、車体がある程度起きるまでは、右手の操作を慎重に行う必要があるのだけれど、KR-1Sはフルバンクに近い状態から思い切って右手を動かすことが可能。絶対的なパワーはクラストップではないものの、一寸先は闇のワインディグロードやストレートが短いサーキットなら、このパワー特性は有効な武器になるだろう。

 では一方の車体はどうかと言うと、剛性と安定性は当時の2スト250ccレーサーレプリカの基準にしっかり達していて、ブレーキングではかなりの無理が利くし、外乱を受けた際の収束もなかなかに早い。そして嬉しいことに、フレームが硬いとか、曲がりづらいといった印象は、KR-1Sにはまったくなかった。逆に同時代のライバル勢、中でもMC18と3MAは“乗り手の技量を問う”と称されることが多かったのだけれど、KR-1Sのハードルはそこまで高くない。再びTZRを引き合いに出すなら、KR-1Sの車体は1KT/2XTと3MAの中間地点からやや3MA寄り?という印象で、僕にはそのバランスが絶妙と思えたのである。

コレじゃなきゃ!という思い込み

 こんなにいいバイクがどうして売れなかったのだろう?試乗中の僕はそんな気持ちになったものの、後に冷静になってみると、売れなかった理由はちゃんとあるのだ。性能至上主義の時代だった1980年代末を振り返れば、最も魅力的なモデルは、やっぱりレースや専門誌でダントツの速さを証明したNSRだし、伝統にこだわる人は2XT、逆に革新的な要素を求める人は3MAを選んだに違いない。もちろんスズキが1988年から発売を開始したRGV250Γに、同年から世界GP500に本格的な復帰を果たしたワークスレーサーとの共通点を見出した人も多かっただろう。

 そしてそれらと比較すると、KR-1/S/Rはコレじゃなきゃ!という思い込みを持ちづらかったのである。と言っても、何を持ってそう感じるかは人それぞれだが、国内外のレースをマメにチェックし、専門誌の比較テストを熟読するようなライダーの場合は、カワサキの2スト250ccパラレルツインに憧れは抱けなかったはずだ。

 とはいえ、1KTを長きに渡って愛用している僕は、3MAとは違った意味で、このモデルに対して2スト250ccパラレルツインの究極形という印象を抱いている。補修部品が揃うなら……という注釈付きではあるけれど、もし今後の僕が他機種に乗り替えて草レースに参戦するとしたら、モノにするまでに相当な時間がかかるに違いない3MAではなく、1KTの延長線上という意識ですぐに馴染めそうな、KR-1(サーキット指向のパーツを随所に導入したRが理想的だが、Sでもかなりイケそう)を選ぶと思う。

ディティール解説

当時のレーサーレプリカの慣例に従い、セパレートハンドルはトップブリッジ下にクランプ。
タコメーターを中央に配置したアナログ式3連メーターも、当時のレーサーレプリカの定番。
この頃からのカワサキは、ガソリンタンクに車名を記すモデルが増加。1988年型ZX-4のライムグリーンや、1989年から発売が始まったZXRシリーズとゼファーも、同様の手法を選択した。
シート+テールカウルはカワサキ初のレーサースタイル。ちなみにこの構成の先駆車は、1986年に登場したNSR250Rだ。
カセットミッションやカーボン製リードバルブ、クラス初の振動対策用バランサーなど、KR-1が搭載する2ストパラレルツインは、随所に革新的な機構を投入。
 
キャブレターはケーヒンPWK28。ただしSP仕様のKR-1Rは、当時の2スト250ccレーサーレプリカで最大口径となるPWK35を採用。
KR-1ではφ280mmディスク+片押し式2ピストンキャリパーだったフロントブレーキは、KR-1S/Rでφ300mmディスク+対向式4ピストンキャリパーに変更された。
リアサスはオーソドックスなボトムリンク式で、KR-1S/Rのショックユニットはフルアジャスタブル。ホイールサイズは、KR-1:2.75×17・3.50×18、KR-1S/R:3.00×17・4.00×18。
 

主要諸元

車名:KR-1S

全長×全幅×全高:2005mm×695mm×1105mm

軸間距離:1370mm

最低地上高:120mm

シート高:755mm

キャスター/トレール:24°/90mm

エンジン種類:水冷2ストローク並列2気筒

吸気形式:クランクケースリードバルブ

総排気量:249cc

内径×行程:56.0mm×50.6mm

圧縮比:7.4:1

最高出力:45PS/10000rpm

最大トルク:3.7kgf・m/8000rpm

始動方式:キック

点火方式:CDI

気化器:ケーヒンPWK28

トランスミッション形式:常時噛合式6段リターン

クラッチ形式:湿式多板

ギヤ・レシオ

 1速:2.532

 2速:1.726

 3速:1.315

 4速:1.085

 5速:0.962

 6速:0.861

1・2次減速比:2.541・2.928

フレーム形式:ダイヤモンド

懸架方式前:テレスコピック倒立式φ41mm

懸架方式後:スイングアーム リンク式モノショック

ホイールサイズ前後:3.00×17 4.00×18

タイヤサイズ前後:110/70R17 140/60R18

ブレーキ形式前:油圧式ダブルディスク

ブレーキ形式後:油圧式シングルディスク

乾燥/装備重量:131/154kg

使用燃料:無鉛レギュラーガソリン

燃料タンク容量:16ℓ

オイルタンク容量:1.2ℓ

発売当時価格:55万9000円

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著者プロフィール

中村友彦 近影

中村友彦

1996~2003年にバイカーズステーション誌に在籍し、以後はフリーランスとして活動中。1900年代初頭の旧車…