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ヤマハ TMAX560 TECH MAX ABS……1,551,000円(2022年7月7日発売)
20年以上も熟成され続けた水冷パラツインはパワフルかつ上質だ
1998年、スズキからスカイウェイブ400(欧州名はバーグマン400)という大排気量スクーターが発売された。日本のメーカーが251cc以上のスクーターを発売するのはこれが初であり、385ccの水冷シングルを搭載するこのモデルは、ヨーロッパでベストセラーとなった。
その3年後の2001年、ヤマハが満を持してリリースしたのは、空前のビッグスクーターブームを巻き起こしたマジェスティの大排気量版ではなく、完全なブランニューモデルのTMAXだった。「オートマチックスーパースポーツ」というキャッチが踊る広告には、前輪荷重47%、バンク角50度という説明文が続く。スクーターのリヤサスペンションは、エンジン/駆動系/リヤタイヤが一体となって上下するユニットスイング式が一般的だが、TMAXはエンジンをダイヤモンドフレームのストレスメンバーとし、スイングアームとリヤタイヤが上下するというモーターサイクルと同様の構造を採用。これが「オートマチックスーパースポーツ」の由来であり、20年以上が経過した今もこの車体レイアウトは不変だ。
初代TMAXのスクーターらしからぬスポーティな走りは驚きをもって迎えられ、バーグマン400に代わって販売台数ランキングのトップに浮上。当時、ホンダからはシルバーウィング(582cc水冷2気筒)が、またピアッジオやアプリリアからも大排気量スクーターが次々と登場しているのだが、それらを差し置いてベストセラーに。付け加えると、2012年にはBMWもこのカテゴリーに参入してきたが、今なおマキシスクーターの顔となっているのはヤマハのTMAXなのだ。
さて、最新のTMAXについて紹介しよう。エンジンは360度クランクと往復式ピストンバランサーを採用する水冷並列2気筒で、基本設計は初代から変わらない。排気量は、2013年にボアを2mm拡大して499ccから530ccに、そして2020年にはさらにボアを2mm拡大して561ccとしている。今回試乗する2022年型は、最新の排ガス規制ユーロ5に対応したこの561ccエンジンを搭載しているのだが、唯一異なるのはAPSG(アクセラレーター・ポジション・センサー・グリップ)の採用である。2017年モデルから電子制御スロットルのYCC-Tが採用されているが、最新型はこれにAPSGを加えることでスロットルケーブルを完全に省略。小さな進歩ではあるが、コックピットがよりすっきりとした印象になったのは見逃せない。
トランスミッションは一般的なスクーターと同じVベルト式無段変速なので、エンジンの操作はスロットルのみだ。右手を少し動かすとすぐに遠心クラッチがつながり、スムーズに発進する。このときに体へ伝わる振動は、スズキのバーグマン400 ABS(399cc水冷単気筒/84万7000円)よりも明らかに小さく、スポーティな外観とは裏腹に上品さすら感じられる。
そこからスロットルを開けていくと、最大トルクを発生する5,000rpm付近を維持しながら速度がグングンと上昇する。ワイドに開ければ体感的に750ccクラス並みの加速力を見せ、48psという最高出力を疑うほどだ。とはいえ、スロットルを戻したときに発生するエンジンブレーキも含めてコントロールしやすく、不快な振動やノイズは極力抑えられているので、巡航時には必要以上に主張してこない。信号待ちのアイドリングですら単気筒の存在感を伝えてくるバーグマン400とは対照的で、バランサー付き2気筒のメリットを実感できる。
走行モード切り替えシステムのD-MODEはT(ツーリング)とS(スポーツ)の2種類で、右側のスイッチで瞬時に切り替えられる。Sモードの方が市街地走行や峠道の快走でややレスポンスがいいように感じられたが、Tモードとの差は大きくはない。合わせて電子制御デバイスについて言及すると、このテックマックスにはクルーズコントロールが搭載されており、空いた高速道路の巡航において非常に役に立った。ジョイスティックで操作できる電動調整式スクリーンと合わせ、ロングツーリングをメインに使用するならテックマックスを選ぶことを強くお勧めする。
軽量ホイールのおかげか、よりスポーティかつ乗り心地も向上
続いてライディングポジションについて。歴代TMAXにおけるほぼ唯一にして最大の懸案事項が足着き性だ。水平に寝かせたエンジンの上に燃料タンクとメットインスペースを配置し、その上に着座するというレイアウト的な問題に加え、スポーティに走れるだけのバンク角を確保するため、それらの結果として犠牲となっているのが足着き性だ。新型はスタイリングの刷新に伴いボディを絞ったとはいえ、根本的な解決には至っていない。今回の試乗でも、ひんぱんに発進と停止を繰り返す市街地走行において、いちいち腰をずらさないと車体をしっかり支えられないという苦労を味わった。
とはいえ、ライディングポジション自体には不満はない。特に気に入ったのは、この新型で採用された可動式のバックレストだ。自分の体格に合わせて調整すると、腰と両足でしっかりとマシンをホールドでき、大幅に一体感が高まる。加えて、わずかに前傾気味になったライポジと合わせて、より積極的にスポーツライディングが楽しめるようになった。
ハンドリングは、一般的なモーターサイクルに近く、ユニットスイング式のスクーターのようにスロットルのオンオフでテールが上下したり、荒れた路面でリヤ周りがドタドタと暴れることがない。ブレーキングなどで発生する車体のピッチングは自然であり、車体の中心付近に重心を感じながらスムーズにコーナーへと進入できる。強めのブレーキングで感じられるフロント周りの剛性感は、スチールフレームを採用するミドルクラスのスポーツモデルよりも明らかに高く、狙ったラインを安心してトレースできる。また、旋回中のスピードコントロールを、足の置く位置に関係なく左側のブレーキレバーで行えるというのはTMAXならではの美点だろう。
旋回力については、1575mmというホイールベースの長さが災いして決して高くはなく、バンク角が深いとはいえ寝かせすぎると最終的にはセンタースタンドが接地する。とはいえ、そんなことに不満を覚えるほどワインディングロードで快走できるのは事実。そして、旧型と乗り比べていないので断言はできないが、スピンフォージドホイールや専用開発タイヤの新採用と、それに伴ってややハード設定となったサスセッティングが、そんなスポーティな走りを底上げしているのだろう。
さて、注目の7インチ高輝度TFTメーターについて。スマホとの連携機能については昨今のトレンドだが、操作に必要なスイッチが多すぎたり、必要な項目を呼び出すのに階層が深すぎたりして、使いづらいものが少なくない。その点、TMAXのメーターは、新設されたジョイスティックとホームボタンだけで事足りるため、取扱説明書を熟読しなくても直感的に操作できてしまう。なお、今回は試せなかったが、有償の二輪ナビアプリ「ガーミンモトライズ」を画面に大きく表示させることも可能。旧型オーナーが最も悔しいと感じるアップデートだろう。
細かい部分で気になったとすれば、お尻の痛みとミラーの歪みだ。前者については、シート高を下げるためにウレタンを薄くしすぎたのか、走行100km未満で尾てい骨周辺に痛みが発生した。また、ミラーについては鏡の品質が良くないのか、外周に歪みが生じているように見えてしまう。付け加えると、ジョイスティックとウインカースイッチが接近しているのも小さくない欠点で、何度も誤操作してしまった。これについては慣れるしかないようだ。
認定型式は2020年モデルと同じ8BL-SJ19Jのままなので、2022年型はマイナーチェンジの範疇ではあるが、ヤマハ車初採用となる電動タンクキャップや、センタースイッチ、アルミ鍛造ハンドルの採用など、その内容は先に紹介したものと合わせてフルモデルチェンジに匹敵する。なお、車両価格はテックマックスで155万1000円であり、これは電子制御サスペンションなど最新デバイスをフル装備したトレーサー9 GTより9万9000円も高い。とはいえ、TMAXはイージーに本格スポーツライドを楽しめる唯一無二の存在であり、そこに惚れた人にとっては他車など眼中に入らないはずだ。