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欧州環境規制「Fit for 55」によって
2035年にZEVに力強くシフトする政策を提案していた欧州(EU)がここにきて、その方針を翻したと報道されている。そもそも欧州がZEVを推し進める理由は、温暖化による気候変動を食い止めることだ。そのためにCO2をゼロにするシナリオ(ZEV)が議論されている。
2021年7月に国連が「Fit for 55」という目標を掲げ、CO2の削減量を2030年までに1990年比で55%以上に引き上げるという欧州気候法(Reg.EU2021/1119)を正式に法令化した。従来は段階的にCO2をゼロに近づける政策がCAFE(企業間平均燃費)というルールで進められてきた。2019年から施行された欧州のCAFE規制では、1Km走行のCO2排出量を95g/Km(メーカーの平均燃費)としている。これは燃費に換算すると約25Km/Lとななり、満たされない場合はメーカーに罰金が課せられる。
2021年のCAFEをクリアしたのは効率のよいハイブリット(THS=トヨタハイブリットシステム)を持つトヨタだけであった。その一方でディーゼルが売りにくくなったVWは約200億円の罰金を支払った。ハイブリットVSディーゼルの環境技術の第1ラウンドはトヨタが勝った形となった。だが第2ラウンドでは内燃機関そのものが販売できない状況が生まれつつあった。これまでは罰金が課せられる規制だったが、今度は拘束力のある具体的な目標が法定化されたのだ。拘束力とは、欧州で新型車の型式指定が取れない、つまり販売できないという厳しい法制度を意味する。
ZEVはアメリカのカリフォルニアから始まった
そもそもZEVという言葉はカリフォルニア州が言い出した。1972年にマスキー法という排ガス規制が始まり、人体に有害な排気ガスの規制に乗り出した。そして1990年代には、ついに排気ガスをゼロにするZEV法が施行され、その基準に満たないメーカーには罰金を課したのである。
当初、トヨタとGMは損を覚悟でBEVを市販した。しかし当時の技術ではBEVは時期尚早だったため、カリフォルニア州政府もZEV法を見直した。それからおよそ半世紀をかけてクルマから排出される排気ガスを段階的に削減してきた。
2015年パリ協定の気候変動の取り組みに対して、国連を中心に動き出しており、欧州も2035年にZEVに力強くシフトする政策を提案していた。一方で2035年のZEVは実現が難しいと考えるメーカーもいる。いずれにしてもこの案は自動車産業にとって大きなチャレンジとなった。
プラグインハイブリッドさえ認めないZEVの定義
2035年のZEV法案にいち早く動いたのはメルセデス・ベンツだ。2022年4月11日にESGカンファレンス(環境・社会・ガバナンス)を開催し、自社の考えを明らかにした。その内容はBEVとPHEVの割合を2025年までに販売台数の5割まで引き上げるというものだった。2021年時点のBEVとPHEVのシェアは10.9%に留まっているが、2030年までに完全BEV化を目指すと公表した。しかし、興味深い発言は「市場条件が許す限り」と条件を加えている。これはつまり電気も水素も整わない地域ではZEVは除外するという意味だ。
2035年のZEVを考えると、バッテリーのレアメタルのサプライチェーンの確保や、クルマの製造から廃棄までの環境負荷を評価するライフ・サイクル・アセスメント(LCA)では、かならずしも有利とは限らない。そのため欧州委員会は2026年に進捗状況を再度評価する予定だ。プラグインハイブリッド(PHEV)などの可能性は残されている。また、最近報道されている合成燃料を使う内燃機関の可能性はカーボン・ニュートラルの観点から、ZEV規制を強く支持するメーカーもいるが、欧州では新たな提案をする予定だ。
そもそもプラグインハイブリットさえ認めないのが原理主義的なZEVの解釈だ。厳格なZEVの定義でクルマを作ると、バッテリーEV(BEV)か水素燃料電池車(FCEV)に限定されてしまう。このZEVの定義を原理主義的に守ると、一切の内燃機関は存在できなくなる。カーボン(C=炭素)を含む燃料を燃やすと、かならずCO2が排出される。そして仮に水素を燃やしてもCO2はゼロだが、NOx(窒素酸化物)は排出される。空気中に78%も窒素が含まれているからだ。
これはエンジン愛好者には受け入れることができない。何を隠そう、私自身も血管にガソリンが流れていると思っているので、BEVは勘弁してほしい(せっかちなので充電時間は耐えられない)。水素なら充填時間が短いから、まだ受け入れることができるが。
欧州が掲げるZEVとは何を意味するのか
世界のすべてのクルマがZEVになることは考えにくいし、このZEVが本当にCO2を削減できるのか疑わしい。なぜならバッテリーや電気を作るときのCO2排出量やレアメタルの環境へのインパクトは考慮されていないからだ。欧州メーカーもZEV車の開発に投資する覚悟を決めているが、電気も水素もない地域があることは承知しており、すべてのクルマがZEVとは考えていない。だからZEV以外のシナリオをどう描くのか苦悩している。
世の趨勢はBEVが次世代車の主役となりそうだが、実は水素燃料電池もかなりポテンシャルは高い。再生可能なエネルギーから電気を作る際に、電気分解で水素を生成することが可能だからだ。その水素を利活用することで、人工的に合成する液体燃料が作れれば、エンジンは生き残れる。
この合成燃料は「eFuel(eフューエル)」と呼ばれ、ドイツではVWグループのアウディが研究していた。今後、再生可能なエネルギーで電気から水素が作れるなら、エンジンは存続できるだろう。2026年にF1やル・マン24時間レースではeフューエルを使うと発表している。その他の自動車メーカーも注目しているのだ。
重要なのは一次エネルギーだ
筆者はアウディが2014年ごろから取り組むeフューエルを現地で取材したことがある。現在はポルシェがこの技術を受け継ぎ、南米チリで合成燃料の開発生産に乗り出した。再生可能エネルギーの切り札である風力で発電し、電気分解によって水素を作る。ドイツのシーメンス、アメリカのエクソンモービルと連携し、この水素を利活用することで合成燃料eフューエルを製造するのだ。
ポルシェは愛好家のためにワンメイクレース(GT3カップカー)を世界規模で実施しているが、2030年頃の最後の内燃機関エンジン車のユーザーにも、カーボン・ニュートラルな燃料を提供すると言っている。この取り組みが欧州のZEVでも正式に認められるなら、内燃機関は生き残れることになる。
バッテリーも水素も二次エネルギーなので、どのような一次エネルギーを使うのかが重要だ。各国のエネルギー事情が大きく異なっているので、世界共通のルール作りは困難である。当面はエネルギーや車両技術を多様化することで、難局を乗り越えるしかなさそうだが、2026年ごろに発表される欧州委員会の進捗レポートに注目したい。