イタリア・ボローニャで開催された葬儀展示会「タネキスポ」

華麗なるイタリア式霊柩車展示会を取材「イタリア人が見送られるならEVを選ぶ納得の理由」

タネキスポ2024会場で。霊柩車ブランド「ビーエッメ・スペシャルカーズ」は毎回、コンパニオンも織り交ぜて大きなブースを展開する。
タネキスポ2024会場で。霊柩車ブランド「ビーエッメ・スペシャルカーズ」は毎回、コンパニオンも織り交ぜて大きなブースを展開する。
2024年4月4〜6日、北部ボローニャの見本市会場で開催されたイタリア葬儀業界の総合展示会「タネキスポ」。隔年開催の同展は30年以上の歴史をもつ業界向けショーで、2024年はパビリオン3館に225の企業・団体が出展し、約1万4500人が来場したという。今回、会場で撮影した最新の霊柩車を紹介する。人生の最後に寄り添う、もうひとつの大切なカロッツェリア・イタリアーナの世界をご覧いただきたい。

INTERNATIONAL FUNERAL AND CEMETERY EXHIBITION

イタリアの霊柩車はなぜ窓が大きいのか

イタリアにおける葬儀業界の総合展示会「タネキスポ」が2024年4月4日から6日まで、北部ボローニャの見本市会場で開催された。同展は30年以上の歴史をもつ業界向けショーで、隔年開催。2024年はパビリオン3館に225の企業・団体が出展し、約1万4500人が来場した。

主催団体によると、イタリアでは葬儀および関連業界に5万人が従事し、市場規模は30〜40億ユーロ(約4920億〜6560億円)に及ぶ。土葬の代わりに火葬を選択する家族の増加や、宗教感の多様化、関心が高まっているペット葬など近年の変化を背景に、会場では出展社がさまざまな新製品やアイデアを展開した。

タネキスポにおいて毎回最も華やか、かつ目をひく出展ジャンルといえば霊柩車である。モーターショーのごとく、コンパニオンを配する企業があるのも恒例だ。2024年は国内外12社が出展した。

イタリアの伝統的霊柩車は窓面積がきわめて広く、室内照明も可能だ。華やかな花に囲まれた中の棺が通行人や他車から容易に確認できる。出展した霊柩車専門カロッツェリアのひとつ「ビーエッメ・スペシャルカーズ」社のスタッフによると、背景のひとつは伝統にあるという。かつてイタリアでは葬儀を終えたあと、土葬する霊園まで、棺を荷車に載せて馬車で運んでいた。棺が見えるのは当然で、「自動車の時代になっても、最後まで故人を見送りたいという心情が継承された」と説明する。加えて、葬儀会場である教会前の広場で、群衆に囲まれても見栄えが良いことも、ガラス面積の拡大化につながったという。ちなみにあるスタッフからは「日本の霊柩車は、なぜ中が見えないのだ」と、逆に筆者に疑問を投げかけられた。

参考までに、新車の相場は10万〜15万ユーロ(約1600万〜2500万円)台だ。大手メーカー「ピラート」によると製作に要するのは3ヶ月だが、目下納期は1年という。リースや中古市場も活況だ。ビーエッメ・スペシャルカーズによると「最低15年は下取り値がある」と話す。

今回のトレンドはマセラティ

過去数回にわたりタネキスポを取材してきた筆者がわかるのは、そうしたイタリア式霊柩車にもトレンドがあるということだ。2024年に発見したのは、以下の3点である。

第1は「ベース車の変化」だ。以前はメルセデス・ベンツが主流だったが、今回はマセラティが目立った。ある出展社によると、近年マセラティは霊柩車専門カロッツェリアへのBtoB需要を積極的に開拓しているという。

ハイテクノロジーも加わる。従来から霊柩車は注文主である葬祭業者の意見を取り入れた高度なカスタムメイドの世界だったが、それをさらに加速させている。一例は「ロンバルド・アウトモーティヴ」社で、顧客の希望を入力するとAIが最適な仕様を選択。デザインや仕様データをNFT(非代替性トークン)として保存することで、オリジナル性を担保する。

第2は、冒頭で記したように宗教感の多様化への対応だ。イタリアで宗教を日常的で実践している人は2001年の36.4%から2022年の18.8%へと大きく減少している(データ出典:ISTAT)。15歳から34歳の間では無神論者が22%を超え、カトリック信者は今や約5割にとどまっている(データ出典:Uaar/Doxa 2024年)。歴史的にキリスト教と深く長い関わりをもつこの地において未曾有ともいえる変化だ。

そうしたなか、従来型霊柩車が十字架を屋根部分に固定していたのに対し、最新の霊柩車は取り外し可能としているものが多く、ユダヤ教のシンボルであるダビデの星など、他の宗教にも対応できるようになっている。また、前述のように火葬が選ぶ人が増加していることから、遺灰を入れた壺の固定器具の充実も図られている。ちなみに、こちらもライトアップ機能付きだ。

EVと霊柩車の高い親和性

しかしながら、今回のタネキスポにおける霊柩車最大のトレンドは「電動化」である。各種優遇税制が適用されたり、欧州の歴史的旧市街に多い一般車両進入禁止ゾーンにも環境対策車として進入できるのが大きなメリットだ。

それ以上に霊柩車とEVの親和性は高い。理由は「静かでゼロ・エミッションである」ことだ。当たり前のことを言うなと怒られそうだが、実はこれが重要である。イタリア、とくに地方部では教会での儀式後、参列者はゆっくり動く霊柩車の後を歩いて郊外の墓地まで行く。EVの静粛性は厳粛な雰囲気を壊さず、かつ参列者に排気ガスを浴びせることがない。

EVならではの問題もある。車両本体価格が割高であることだ。葬儀の簡略化を望む家族が多い昨今、葬祭業者は大きな売上げ増を期待できない。ゆえに霊柩車の購入費用も節約せざるを得ないのだ。加えて、すべての葬祭業者が充電設備を自社内に設置できるとは限られない。これは筆者の想像だが、公共のステーションで霊柩車がチャージしているのも奇妙な光景である。

悠々と追い越し車線を巡航

そのように独特の世界をもつイタリアの霊柩車だが、一般的にそれらは速い。各地のアウトストラーダでは棺や大量の花を搭載しながらも、悠々と追い越し車線を巡航している姿を目にする。

今回展示車こそなかったが、ロールス・ロイス・ゴーストをベースにしたビーエッメ・スペシャルカーズ社製霊柩車「ゴースター」の最大出力はノーマル仕様とほぼ同じ570PS。たとえ全長が6950mmにストレッチされていても、パワーはあり余っている。また会場で会った、あるカロッツェリアのスタッフは、自社製品で二百数十km/hを出したことがあることを誇らしげに話した。

REPORT&PHOTO/大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA

2022年6月、風洞実験施設50周年式典におけるパオロ・ピニンファリーナ氏。(photo:Akio Lorenzo OYA)

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大矢 (OYA) アキオ ロレンツォ (Akio Lorenzo)

在イタリア・ジャーナリスト。音大でヴァイオリンを専攻、大学院では日本で芸術学、イタリアで文化史を修…