「ピニンファリーナ エニグマGT」は同時進行の謎解き型コンセプトカー

ピニンファリーナの最新コンセプトカー「エニグマGT」は同時進行の謎解き型コンセプトカー

ピニンファリーナ・エニグマGT。今回ヴァーチャルで発表されたが、ディテールは想像以上に詰められている。
ピニンファリーナ・エニグマGT。今回ヴァーチャルで発表されたが、ディテールは想像以上に詰められている。
イタリアを代表するインダストリアルデザイン企業のひとつ「ピニンファリーナ」による最新コンセプトカー「エニグマGT」。目下はフルデジタル、すなわちヴァーチャルによるスタディだが、その中身は最新技術を提示するとともに、歴史あるカロッツェリアのレガシーにもしっかりと結びついている。イタリア在住ジャーナリストが解説する。

Pininfarina Enigma GT

電気モーター+水素エンジンのAWD

ミドシップ2+2で、フロントは電気モーター、リアは水素エンジンで駆動する。
ミドシップ2+2で、フロントは電気モーター、リアは水素エンジンで駆動する。

「ピニンファリーナ・エニグマ GT」は2024年2月26日、ジュネーブ・モーターショーに合わせてヴァーチャル公開された。前輪を電気モーター、後輪を2.5リッターV6ターボ水素エンジンで駆動するミドシップAWDである。モノコックのシャシーとパネルはいずれもカーボン製だ。

全長×全幅×全高は4580×1950×1230mmと、依然欧州でも流行中のSUVと比較するとコンパクトに収まっている。いっぽうで2+2の室内空間を実現するため、ホイールベースはゆとりある2880mmを確保している。車両重量は1690kgと想定されている。

スペックは以下のとおり

エンジン出力 325kW
電気モーター連続出力 150kW
電気モーター最大出力 200kW
水素積載量 約9kg
水素充填所要時間 5~6分
最高速 250Km/h(電子リミッター作動)
0-100km/h加速 4秒以下
航続可能距離 約550km(混合モード) 700km以上(100km/h)

最高の空力性能

ヴァーチャルでありながら空力開発の説明は詳しい。2+2としては少数派のリヤミドシップでフロントデザインの自由度が増したことを活かし、前面投影面積(1.96㎡)を実現している。

計4つの可変式エアロダイナミクスも導入されている。

アクティブ グリルシャッター:冷却システムによって生じる空気抵抗を最小限に抑えるため、必要に応じてシャッターが作動。当該部分を通過する空気流入量を減らす。

アクティブ前輪ディフレクター:車輪周辺の整流を行うことで、空気抵抗を軽減。

アクティブ エアロテール:デルタウイングとディフューザーの位置を可変式とすることで、パフォーマンスモードと効率優先モードを切り替える。

アクティブベース・ブリーディング:車両前部の高圧ゾーンを後端に接続することで、車両下部を流れる空気の圧力を高め、空力的抵抗を低減する。

加えて、テールランプ内蔵可動式リヤウイングは空気の流れを促進し、エンジンの周囲を冷却する。

それらのデバイスは、高性能走行から低電費巡航まで、さまざまな条件で最適な状態を作る。最適化されたアンダーフロア部の設計と相まって、空気抵抗係数(Cd)0.24を達成しながら適切なダウンフォースを維持する。Cdに前面投影面積を掛けた値(Cd✕A)は0.48未満で、クラス中極めて良好なものだ。

ちなみに、こうした空力の強い探求心は1972年、当時自動車メーカーでも保有している企業が稀だった実車風洞を敢えて建設した同社の心意気が今日まで息づいていると捉えることもできる。

伝統×最先端技術の妙

伝統は、ドアのスタイルにも見ることができる。乗降は巨大なキャノピーを開いて行う。これはピニンファリーナが過去に手掛けた1969年「アバルト 2000 クーペ」、1969年「フェラーリ 512S ベルリネッタ・スペチアーレ」、1970年「モードゥロ(モデューロ)」、2005年「マセラティ・バードケージ 75」、同じくヴァーチャルで発表された2021年「テオレマ」など、過去のコンセプトカーから着想を得ている。

さらにエニグマ GT では、キャノピーとともにダッシュボードが一緒に持ち上がるアイデアが採用されている。

限りなく透明に近いOLEDスクリーンを含めミニマリズムを追求したダッシュボードには、ユーザー体験(UX)とユーザーインターフェイス(UI)を積極的に導入。拡張現実(AR)フロントガラスも没入型で、直感的なUIの一部になる。「AI運転支援」は人工知能を活用したARによって、従来のナビゲーションを超えるリアルタイムな操縦体験を実現する。

GTの再発見〜ピニンファリーナ社に聞く

エニグマGT発表に際し、筆者はピニンファリーナで2023年からチーフ・クリエイティブオフィサー(CCO)を務めるフェリックス・キルバータス氏に質問を試み、回答を得ることができた。

Q. 前後の重量配分は?
A. 前45~46%、後54~55%と想定しています。これはフロントの電気モーターの恩恵であり、従来型ミドエンジン車の40:60より改善されるはずです。

Q. EV+水素エンジンであると、相応の車体寸法のほうがパッケージングが容易であると思われます。にもかかわらず、大きなGTを選ばなかった理由は?
A. プロジェクトの主目標は、前面投影面積の最小化を含むコンパクトさ、車重、空力、そして航続距離の関係を最適化することでした。そのため水素を多く搭載する必要や、2+2以上の居住性を備える必要はないと考えたのです。

Q. 前後輪の駆動について、各役割は?
A. 低速の市街地走行などでは前輪駆動のフルEVで走行します。以後は走行状況に応じて前後輪間で連続的かつ自動でパワー/トルクが配分されるハイブリッドモードに変わり、AWDまたはリアドライブで走行します。

Q. 同様にバーチャルコンセプトカーだった2021年「テオレマ」から、デザイン開発やプロセスはどのように進化したのでしょうか?
A. デザインプロセスでは、『Blender』『Subd』といったバーチャル・モデリング3DCGソフトを集中的に活用するようになりました。またARゴーグルによって、極めて短時間でアイデアを評価可能になりました。それは色や素材で自動車のキャラクターを創出する、いわゆるCMFの作業とも統合できるようになりました。

Q. 長距離移動に高速鉄道や航空機が利用できる時代、なぜ敢えてGT、すなわちグラントゥリズモの姿を追求するのでしょうか?
A. GTは必ずしも長距離を意味するのではなく、移動することの喜びと関わりを意味します。その喜びは、コンパクトさ、重量配分、スポーティなドライビングにおける広い視界、室内の雰囲気、操縦性といった、GTがもつ特性によるものです。エレガンスとスポーティを併せ持つ唯一無二のクルマです。私たちはエニグマGTを通じて、それらを再発見します。そしてピニンファリーナだけがこの領域で常に実現してきた、動く彫刻のようなクルマとして、エニグマGTが認識されることを願っています。

同時進行型コンセプトカー

最先端技術をふんだんに盛り込みながら、ピニンファリーナらしい上品なデザインに仕立てている。
最先端技術をふんだんに盛り込みながら、ピニンファリーナらしい上品なデザインに仕立てている。

今日のピニンファリーナについて記せば、2015年以降インドのマヒンドラ社傘下となっている。ただし領域は以前同様広範囲にわたり、自動車、それ以外の陸上輸送機器、船舶、プロダクトデザイン、さらには建築までを包括する。

乗用車では近年破竹の勢いで成長中のベトナム「ビンファスト」との緊密な協力関係を構築。建築部門も2018年に運用が開始されたトルコ・イスタンブール空港の管制塔など着々と実績を積んでいる。2025年は創立95周年を迎える。

前述のコメントのように、ピニンファリーナの開発陣はエニグマ GTを、GTの姿を再発見する旅の始まりとしている。そのため、現在は敢えて「enigma」つまり謎に包まれたままとし、その答えを徐々に解いてゆくという。私たちは、歴史あるデザイン企業のデザイナーたちとともに、同時進行型で謎解きを楽しんでゆけるのだ。

REPORT/大矢アキオ ロレンツォ(Akio Lorenzo OYA)
IMAGES/Pininfarina

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大矢 (OYA) アキオ ロレンツォ (Akio Lorenzo) 近影

大矢 (OYA) アキオ ロレンツォ (Akio Lorenzo)

在イタリア・ジャーナリスト。音大でヴァイオリンを専攻、大学院では日本で芸術学、イタリアで文化史を修…