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Ferrari Purosangue
意外と小さくて軽い
出せば売れる──。ラグジュアリーブランドまでもがこぞってラインナップにSUVを加えるが、ご存知のとおりすでにスポーツカーメーカーもその流れに乗っている。もっとも、SUVで潤沢な利益を生み出して、スポーツカー開発に投資するという仕組みに先鞭をつけたのは、スポーツカーメーカーを自認するポルシェなのだから当然と言えば当然だ。目下の話題はフェラーリが登場させた「プロサングエ」である。猛暑到来の前、短時間だが試乗した。
プロサングエはフェラーリ初の4ドア、4シーターモデルである。車名はイタリア語で「サラブレッド」を意味する。はたして鮮やかなロッソ・ポルトフィーノの実車を見た第一印象は意外と小さいと感じた。最近のこの手のクルマの巨大化もあるが、長いボンネット、横から見て傾斜したフロントウインドウ、短いキャビン、絞り込んだサイドが実際よりもボディを薄く小さく見せている。さらにリヤテールランプはSF90に雰囲気が似ており、夜の高速道路で抜かれたらSF90だからしょうがないと錯覚するかもしれない。
実際ボディサイズは全長4973mm、全幅2028mm、全高1589mmそしてホイールベース3018mmだから、最近のSUVとしては標準よりも小さいぐらいだ。例えば「ランボルギーニ ウルス SE」は5123×2022×1638mm、「ベントレー ベンテイガ S V8」は5150×1995×1755mm、「アストンマーティン DBX 707」は5039×2050×1680mmだ。まあこのサイズになると誤差みたいなものかもしれないが。車重は乾燥重量2033kgで車検証重量は2210kgとこの界隈では軽量と言っていい。ちなみに前述3台はウルス2505kg(Kerb)、ベンテイガ2470kg、DBX2245kg(DIN)となっている。
肝はV12と4RM-SとTASVダンパー
搭載されるのはF140IA型6.5リッターV型12気筒自然吸気エンジンで、「エンツォ」に端を発する伝統のフラッグシップパワーユニットである。そのV12にトランスアクスル方式の8速DCTを組み合わせ、駆動方式は4シーターモデル「GTC4ルッソ」にも採用されるフロントデフをエンジン前に搭載する4RM-SシステムによるAWDだ。逆アリゲーター式ボンネットを開けて、エンジンの位置を見たらきっと驚くだろう。エンジンの前端にフロントアクスルが位置しているのだ。その甲斐あって重量配分は49対51を実現している。
V12エンジンや4RM-S以外に、48Vのマイルドハイブリッドシステムによって制御されるマルチマティック製のアクティブサスペンションにも着目すべきだろう。マルチマティック社が開発した「TASV(TrueActive Spool Valve)ダンパー」は、強力なモーターによって素早くダンピング性能をコントロールできることが強みで、路面から生じたエネルギーからパッシブに制御する面と、ドライバーの操作を受けてアクティブに制御する二面性を持ったダンパーだ。TASVダンパーがあるから、プロサングエを作ったと言う開発陣がいるそうだから、珠玉のV12と並んでその価値はあるのだろう。
スイッチ類は初見殺し
リヤドアはヒンジが後ろにある観音開きで、電動で外からも内側からも開閉操作できるのが特徴だ。フロントドアは通常どおりに開く。インテリアはローマ以降に採用された最新デザインを踏襲するが、要所要所296GTBとインターフェイスが異なる。
エアコンは中央のセンターコンソールに埋め込まれたダイヤル内の画面をスライドして操作する。もはや猛暑日がスタンダードになった日本における炎天下で、走り出してしばらく操作方法がわからずにエアコンが始動できず命の危険を感じた。渋滞のトンネルでは空気を内気循環にしたいが、これもわかりにくく手間取った。マッサージ機能(オプション)も試乗序盤に発見したかった。色々初見殺しと感じる部分は多かったが、それだけ新しいフェラーリだという裏返しだ。むしろ一つひとつ謎が解けていくのが楽しくなった。もちろん最大の違いはパワーウインドウのスイッチが4つあること。これはフェラーリにとって新鮮だ。
ステアリングスポークに備わる十字スイッチが過敏なのは、仕様なのかどうなのかが気になった。ドアミラー調整スイッチも過敏で、ちょうどいい位置に微調整したいが、つい行きすぎてしまう。ついでにソナーも敏感で、都心の窮屈な渋滞を走ると、タクシーが横を走るたびに警告音が出た。これは今後改善されるのだろうか。
一定速度以上になると、レーンキープアシストが作動し、ステアリング制御が入る。さらに左右後方死角のクルマの存在を教えてくれるブラインドスポットも備わる。追従クルーズコントロール(ACC)を装備しているようだが、恥ずかしながらその恩恵に与ったのは前述の初見殺しのインターフェイスもあって操作に慣れた終盤だった。なおACC以外にも緊急自動ブレーキ、オートハイビーム、リヤクロストラフィックアラートなどADASを完備している。
走るパワースポットの如く
交通量が減ったところでアクセルを踏み込むと、やはり澱みなく回るV12エンジンが気持ちいい。レブリミットの8250rpmまで回さずとも、走るパワースポットの如くドライバーを癒してくれる。ダウンサイジングの名の下に、小排気量ターボがもてはやされるようになって久しいが、このご時世でも12気筒自然吸気エンジンを作り続けるその心意気たるや見事というほかない。最高出力725PS/7750rpm、最大トルク716Nm/6250rpmを誇るが、サウンドという面では、GTC4ルッソと同様に控えめでグランドツアラー的性格だと感じた。猛々しいV12エンジンを聴きたいならドーディチ・チリンドリに乗ろう。
新開発8速DCTはGTC4ルッソの7速DCTより変速時間が18%速められているという。100km/h走行中の回転数は8速1500rpm、7速2000rpm、6速2500rpmとこの手のクルマにしてはややハイギアードだが、7速のルッソが7速2000rpm、6速2500rpm、5速3000rpmだったので、オーバードライブが追加されたようなものかもしれない。なおギア比はSF90や296と同じだというが、同じ速度でも回転数は僅かに低い(296は順に1600rpm、2200rpm、2700rpm)ので最終減速比が違うのだろう。一方でブレーキはこれもSF90や296と同様にバイワイヤーなのだが、ペダルフィールはそれらと異なり、グニュッとした踏み応えで期待した感触ではなかった。
今回は渋滞の首都高を経て、アクアラインを渡って千葉に行って帰るルートで、0-100km/h加速3.3秒、最高速310km/h超を誇るパフォーマンスを体感することはできなかったが、ステアリングを切った感じはやはりフェラーリである。プロサングエはフェラーリらしからぬ全高から、スタイリングばかりが注目を集めているが、低速域でロックトゥロック2回転などは296と同じで、操舵感の解像度も同様に高い。
初めは敏感なソナーの警告音もあって今ひとつ運転感覚が調わなかったが、渋滞を抜けて以降は白線のギリギリをトレースできるくらいに一体感が生まれてきた。V12エンジンはドライサンプとなっており、車高の低いミッドエンジン車でもないのにと思うが、これも低重心によるフェラーリらしいハンドリングを求めてのことだろう。
限りなくスポーツカーに寄せたクロスオーバー
車高が高いからコンビニの入り口でノーズを擦る心配もないと思うが、それでもフロントリフト(オプション)を備え、さらにラゲッジルームのスイッチで、リヤシートを電動で畳めるなどフェラーリらしからぬ利便性もある。リヤシートを畳んでもなぜか隔壁は残る。ただし隔壁ははずせるので、望めばスキー板などの長尺物も収納できる。隔壁はラゲッジルームの床下にうまく納められる。
運転感覚にフェラーリらしさを感じるのは、座面高がフロアから近いためだろうか。絶対的な視点の高さは、当然ミッドエンジンフェラーリやGTC4ルッソよりも高いが、せいぜい一般的なサルーン程度の高さに感じる。見た目はこれまでよりも少し背が高く見えるが、その走りはこれまでフェラーリが積み重ねてきたスポーツカーの流れに沿ったものだ。限りなくスポーツカーに寄せたクロスオーバーというカテゴライズが正しいように思った。
PHOTO/平野陽(Akio HIRANO)
SPECIFICATIONS
フェラーリ・プロサングエ
ボディサイズ:全長4973 全幅2028 全高1589mm
ホイールベース:3018mm
車両重量:2033kg
エンジン:V型12気筒DOHC
総排気量:6496cc
最高出力:386kW(725PS)/7750rpm
最大トルク:716Nm(73.0kgm)/6250rpm
トランスミッション:8速DCT
駆動方式:AWD
サスペンション形式:前後ダブルウィッシュボーン
ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク(カーボンセラミック)
タイヤサイズ(リム幅):前255/35R22(9J) 後315/30R23(11J)
最高速度:310km/h
0-100km/h加速:3.3秒
車両本体価格:4766万円